ピアニスト 丹生谷秋子のブログ

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April 21, 2006
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カテゴリ: 生活


しかし二人の人生において時々は重なり合うことがあった。
部活が一緒だったりバンドが一緒だったり。ピアノをやめていたときは一時期
一緒に働いたこともあった。
しかし強烈な印象の妹と私では当然あちらが優位に立ち
誰もが、私を名前でなく「レイカちゃんのお姉ちゃん」と、呼んだ。
そんな私が自分を取り戻したのはピアノのブランクを克服しそれで
身を立てるようになってからである。

私=私になるために 必死になりピアノにすべてを費やした、この10年間。

妹もその間は自立し外国へ旅立ちそれから二人の生活はまったくクロスすることは、なかった。

そして「レイカはたくましいから大丈夫」と思い込み、鋭敏に連絡を取り合うこともなく瞬く間に8年間は過ぎ去っていったのである。


今日、彼女を
病院に連れて行き一緒にCTやレントゲンの写真を見た。

すでに癌は様々なところに転移していた。胃、肝臓、腹膜、卵巣。

担当医から体にメスは入れずに抗がん剤で治療するといわれた。
抗がん剤には三種類あり最終的に脱毛の副作用があるものを使うそうだ。

その前に、効果があれば、それを使わなくて良いらしい。

「使うときはかっこいいヅラをプレゼントするよ」とか、「ベリーショートにしたら髪が生まれ変わるよ、髪と一緒に第二の人生だよ」とか、冗談を言ったり、「抗がん剤で食欲がなくなる前に食べたいものを食べよう。」と、子供の頃家族でいった焼肉店にいき楽しく時を過ごした。
レイカは最近子供の頃を思い出すのか、
その頃食べていたあられやせんべいや大好きなチーズケーキを買い込んだり漫画を読んだり思い出話をしたりする。

3人でいるときは楽しく時を過ごしたが その後私は仕事に行き終了後ひとりの家に帰ると、
涙が出てきた。
なんで、もっともっと連絡取ったり、時々はあいにいったり、しなかったんだろうって。

母や、末の妹も「レイカは強いから、大丈夫」と、おもっていた。

私はそんな母に「本当は弱いところがありやせ我慢してるとおもう」と、言ったことが、ある。

今回、その強さで、この病を克服するに違いないが 彼女の透き通るような白い肌やあどけない素顔を見ると、とっても小さいの頃の妹に見えて、なんだか悲しくなった。


きっと明日、妹はそんな私を笑い飛ばすに違いない。

皆さんも、かけがえのない人を、大切に。








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Last updated  April 22, 2006 12:23:04 AM
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