PR
Keyword Search
Comments
Freepage List
今日は祝日。
が、午前中ある長女からみの集まりがあって
だんなに娘達を預けて
お友達お母さんとバス電車で外出しました。
午前中だけのつもりで、
帰りはせっかく街中まで出てきたのだから
目の保養にデパ-トなどいろいろなお店をぶらぶらして
帰ろうと思っていました。
ところが午後から同じホ-ルで
”不登校に関するシンポジウム”があって
事前にそれは知っていたのですが、
とくにそのままスル-してました。
ところがお友達お母さん(お子さんが広汎性発達障碍)は
シンポに出られる大学の先生達やお医者さんなどのお話の中で
うわさでおもしろい先生がいて、且つお医者さんのお話タイトルには
不登校と軽度発達の関係のような感じでちょっと書かれており
聴いていかれるという事で、
急きょお昼をはさんで午後4時までの事となりました。
(だんなには帰宅時間が遅くなる事を電話して。)
これが
とても
勉強になりおもしろかったです
不登校のシンポジウムというのは初めて参加したのですが
別な角度から見えて
いつも自閉症関係のみの講演会を聴いていた私にとっては
すごく新鮮で
多分不登校関係の世界では有名でいらっしゃる
スク-ルカウンセラ-の先生のお話もあったのですが
すごく分かりやすく不登校について教えていただき
最後にその先生は
”以前は自閉症のお子さんと走ったりして 遊んだ。”
とか話を聞くと私的には
ぐっと親近感がわきました
不登校の子のかかえている心深い悩みは
その子の背負っているたくさんの様々なプレッシャ-があって
例えばそれは親のその子に対する期待度が大きい場合
それに素直に純粋にちゃんと応える事のできる
いわゆる優等生のお子さんは
ある時、自分の力ではどうにもならない
壁につきあたった時
”僕は優等生であるべきだし、今までも当然のようにそうしてきたし、
そこからはずれる自分自身について許されないし
受け入れられない。親たちの期待も裏切れないし、でもどうしようもない。”
現実として直視できないらしいから、
例えば不登校というある一つの逃避という形になると
いうお話なども聞きました。
そこで思い出した事があります。
ここに書いてよいかちょっと迷ったのですが・・・。
私が中学校1年生の時
同じ中学校の同学年の男の子がお亡くなりになりました。
高いマンションから。
クラスもぜんぜん別だったし、
出身小学校も違っていたので
はっきりとは知りませんでしたが
それを聞いた時
私の当時通っていた塾で
塾内クラスにその男の子と同じ小学校出身の子がいて
塾の先生にその子が
「彼はとても頭が良かった。
常に成績は1番だった。
だから親はかなりの期待をかけられていたらしい。
休み時間も帰宅の時も常に単語帳を見て歩いているような
そして、それにしっかりずっと応えてこられた男の子だった。
ある定期テスト後の
職員室前に
はり出された順位表には
1番には違う生徒の名前があった。
その後だったらしい。
心が弱かったのかな。。」と。
それを聞いていた塾の先生は言った。
「人は絶対に自ら命をたってはいけない。
1番が2番になっても絶対に!
塾のクラスはシ-ンとなった。
今でも鮮明に切り取られた場面のように覚えている。。
(この塾の先生は恩師だと思っている。数学国語以外の
いわゆる脱線した授業で人生の形成の大事なお話とか
命の大切さとか教えてもらったので。)
その当時は彼の気持ちがよく分からなかった。
だからみんな「心が弱かったんだね。」って言ってた。
でも私が大人になって今 思えば
彼の心境は想像を絶するところにあるほど
追い詰められてしんどかったんだと思う。
逃げる方向を違う方に
選択してくれればよかったのに。。
本当に逃げてくれればよかったのに。
とても語弊があったらごめんなさい。
家族としては現実逃避で逃げてくれてもいいから
命だけはもっていて。
生きるほうで逃げてください。
生きていてくれるだけで家族は充分です。
これは大人になったからいえる自分の意見。
13歳の男の子には
耐えられなかったんだよね。
すごいすごい考えさせられた
そしてあらためて心がぐっとくる
講演会でした。