灰色新都市



 何の為に生まれて、何の為に死ぬのか。
知れば知るほど、空しい、馬鹿らしいと思った。
みんな薄々気付いてはいる。
ただ見えていない振りをして生きている、現実的な大人の考え方をして。
 僕も考える意味は無いこと、わかっていた。
陰鬱な東京の空がそんな卑屈な、妄想を、作り出したのだと思えば、
また元の平和だが、憂鬱な日常に戻れたのかもしれない。
退屈な、だが苦労の無い日々。
 真実を見てしまった。否、見えてなどいない。
真実のあるべき空間を見たのだ。
引き返せないところまできた、いや違う。元々帰る場所など無かった。
居場所などは無かった。全ては思い込みだ。催眠だ。
社会に、人間に、人間の作り出した社会に、その歴史に、
真実は塗り固められていた。誰にも罪は無い、人間が知恵とか言うものをつけていくうちに自然と出来てきたものだ。
傍から見ればダイアモンドのごとく絶対的な強さを持っていそうな、
本当は薄いガラスのように繊細な、生存理由というもの。
 人間は考えれば考えるほどそれが無くては生きていけなくなった。
神仏、霊、なんでも考えてきた。
何かに支えてもらわなければ不安で生きていけなかった。
だが、今はそんな知恵も科学の爆発的な発展に敵わず、
神とか仏とかは、科学の太鼓判がなければそんなものには頼っていられないといったシビアな社会だ。
神の御加護を受けられなくなった存在理由は無防備だ。
もはや人間が何処まで信じられるか、いや騙され続けるか。
『生きる意味』が心霊やSF以上に非科学的な信じようも無い
空虚な妄想であるといつ知ってもおかしくない、
首の皮一枚でつなぎとめられている真実。
僕はまだ知らぬ人々にこんな考えを教えようとは思わない。
その空しい歴史の作り出した嘘を助けてやることにした。
 僕はまだ希望を捨てちゃいない。
もしかしたら、
ほんの僅かでも人生に価値は存在するのかもしれないと。
 絶望してはいない、最後の砦だ。矛盾を見過ごすことにした。
 希望のあるうちに死にたいとは思っていない。ただ光が無ければ、消えさえ出来ない。
許してください、僕は理由がないと、支えがないと、
生きていけない弱い人間でした。
僕がいなくなって悲しいですか、そうであれば嬉しい。それが、その気持ちが希望なのかもしれません。
 情の炎が消えるまで生きてください。
物事に価値というものが存在するのであれば、情の一つだけでしょう。
それ以外に持つべきものなんて本当は何も無い。何も無いけど、何かを持っていないと不安だから、金が欲しいのか。
 決意の後は色々見えるのものか、
友人や親が自分をどう思っているのかわかった。
 芥川龍之介の遺書を前に読んだことがある。
あれは作品ではないのか、と思った。
 心が静か、というのは初めて感じた。

追伸、僕のいなくなった後僕の机に花瓶なんて置かないでください、それはもううんざりです。


 この遺書を残して、僕の親友はその後一度も姿を見せなくなった。
真冬の夜、僕のうちのインターフォンが鳴って、
戸を開けたらこの手紙が残っていた。雪が降っていたが、
なぜか足跡は残っていなかった。
この手紙が遺書なのかどうかも本当はわかりませんでした。
彼はその後何年たっても、
見つからなかった。
葬式には参加した。
でも、なんだか自分には彼が死んだようには思えず、涙はなかった。
彼は、消えたのだと思った。なにも考えず、そんな気がした。
残された手紙には死ぬなどとは書いてなかったし、
それに彼の遺体は見つかっていない。
 当時十五だった彼がそのままどこかへ去って、
暮らしているというのは、ありえるわけも無いのだけれど、
死んでいないと思っていた。

 それから三年たった、俺も決意した。
 手紙と一緒にあるものが置いてあったのだ。
鍵のような、金属で出来た物だった。
メモが添えてあって、
「使ったら後戻りは出来ない。きっと後悔する。ただ、君には希望のようなものを見せることが出来る。」
と記されてあった。
親友の字ではない。
 メモはとりあえず机にしまっておいた。
その金属のものに、「肌身はなさず持つこと」と刻んであったので、
その通りに三年間風呂に入るときでさえ放さなかった。
 ついには三年間、これがいったいどういうものなのかもわからなかった。でも、当初はともかくあまり気にしないでいた。
しかし、今となって俺の頭はこれしかない。
いや、これ以外のことは考えたくないのだ。失恋、こいつが俺に重くのしかかってくる。生涯を捧げてもいいとさえ思った。
俺には彼女しかいないと・・・全ての人間がひどく冷淡に思える。
俺を嘲笑っていると見える。木々も、花も、ああ、うっとうしい!
 死にたい、いやできれば死にたくは無い。
俺を嘲笑う奴らのいない清い所へ行きたい。
しかしそれは、ああ神の最後の御慈悲による死によってのみあたえられる。
 あいつのように消え去ってしまいたい!
 そして俺は恐らく、アイツと同じようにこの世界から消えた。

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: