第六章



毎日を楽しく送っている。祭りが終わり、町の中心、つまり塔を目指して歩いていると、
この町での第一村人――ではないが、自分を出迎えてくれたなんとも可愛らしい少年(その時はそう目に映った)がまた現れ、俺の手を引っぱって、どことは言わず街路を外れて町の奥へ奥へと走った。
 出鱈目な色の瓦屋根、チェス盤のような模様の壁、他と比べると少し大きく、なにより崩れた家をコンセプトにしたような姿をしたそれは、奇抜なデザインではあるが役所らしかった。「カラータウン区役所」と木製の看板に焼印の文字がデカデカと押されていた。(後で区役所の所長から聞いた話では、この町は塔を中心に七の区域に分かれているらしい。)
 ここで、入居受付を済ませ、晴れて俺はこの町の住人になった。そしてこの住居区にあたるカラータウンの所長さんから、この町の構造や基本的なルールなどを聞かされた。この町が七つに区分されていることや、その区域の一つひとつについてあれこれ教えてもらったのだが、詳しい町の構造は頭に入らなかった。このカラータウンが町の西側にあることと、住居区の他に工業区、学術区などそれぞれ役割を持って分かれているということぐらいはかろうじて記憶に留めていた。それより、俺はこの新しい町に期待に胸を躍らせていたのだった。開放感への恐怖や、社会からの疎外感はどこか遠くのほうへ行ってしまったようで、俺は、いつのまにか年頃に見合った快活な少年へと変貌していた。
 毎日がとても楽しくなった。朝起きるのが楽しくなった。食事が楽しくなった。とても、とても楽しくなった。ただ、朝起きて夜寝るだけ。三回の食事と町をうろつくだけの意味の無い生活、でも違っていた、今までの生活とは。意味の生活に意味があった。ここは、今までの世界とは大きく異なっていた、意味の無い世界は俺に「意味を見出せ」と執拗に迫ったが、ここは意味のある世界を自由に泳がせてくれた。
「これでは俺はこの世界に飼われている家畜のようだな」と自嘲するような言葉も笑みと一緒でしかこぼれなかった。

 しかし、ふとしたことを思い出したことにより俺は家畜から人間へ戻った。
(…そういえば、あの小僧をしばらく見ないな。)
 区役所に行ったその後、適当な空き家に案内され住んでいた。それ以降ちょくちょく俺を町中引っ張りまわしたのだが、ここ最近姿を見ていなかった。
 俺はこの奇妙な町の探索を始めた。第一の発見物は寝室の電気スタンド台の引き出しから見つけた。まったく自分でも何故だかわからないが、いままで町をうろうろして路地裏のラーメン屋や、柳の木の通りにある妙な小物屋などはおおかた近所のものは知り尽くしていたのだが、自分のうちのこととなると、てんで知らないことだらけだった。床下の貯蔵庫に気づいたときにはすでに二ヶ月が経っていた。この電気スタンド台も毎日見ていたが、まだ触れたこともないかもしれない。
 引き出しを開けてみるとそこには上等な革の表紙の日記があった。かなり古びた感じがしたが、下手な古本屋の本よりはずっと状態の良いものだった。革の表紙からのみ、この日記の過ごした年月が染み出している。さてどうしたものか、とは思うまい。しおりの挟んであるページを開いた。日記の終わりのページのようだ。
「これを手にしているということは、この先に後悔があることを再認識して欲しい。君がここに来るまでの世界のことをよく思い出して欲しい。希望のある世界ではなかったからこそこの世界に招かれたはずである。どうだろう、楽しかっただろうか?もし、今の暮らしが非常に気に入っているのならもう読むのをやめて、こんな日記帳は燃やしてしまったほうがいいだろう。燃やしてしまえばこの本のことが気になることはないだろう。とはいっても気になって仕方がないのは人の常である。そこで読むと心に決めたなら手を煩わせるようなことになってすまないのだが、塔へ向かってくれ。この日記帳を持って。燃やすにしても、まずそれから決めても遅くはないかも知れない。なにぶん不明確なことばかりを書いて済まない、私にも何が最善かは見当がつかないのだ。とにかく、頼るべきはこの世界での記憶ではなく、君の本来の世界での記憶だ。それだけが頼りだ。

 遠き日の親友へ


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