第八章



 わけもわからぬままに、肌寒い迷宮を一人の少女はさまよっていた。
彼女はこれを夢だと思っている。
いや、夢であるのというのは、実は限りなく真実に近い。
夢と彼女の現在の状況において差異はない。どちらも非日常の世界だ、
彼女の主観に基づいた判断ではどちらもおなじことであろう。
そしてまた、同じくしてこの世界の住人の主観からしてみれば、
彼女の世界もまた、夢と同じである。自分の足の着いた世界が自分にとっての現実であり、それ以外は非現実である。
人間の主観から生じる矛盾は…であり…

彼女に膨大な思考が流れ込む。
彼女はこの膨大な情報をただの流れとしてそのままに受け流す。
その感覚はうとうとと眠りにつくのにも似ているし、
寝起きの時の感覚にも似ていた。確かに流れる情報はすべて見ている、
だが全て儚く消えていく。全ては混沌としていて溶け合っている。
自分の思考なのか、外から流れてくるのか、
見当がつかない程の数限りない思考が彼女に流れる。
彼女が迷宮の奥へ奥へと歩み進むと、思考はよりリアルな感覚に。
時に視覚を支配し、意味のわからない言葉、他愛の無い会話、幻聴。
風が吹いたような気がした。…それが幻覚なのか判断はつかない。
自分が今何をしているのかわからない。
あるいは本当に溶けてしまったかと思うと不意に、
意図せず笑みがこぼれた。クスッ、と意味も無く。
ドック、ドック、ドック。自分の心臓の音に聞惚れる。
自分の呼吸に命を感じる。気づけば感覚は元に戻り、
体は彼女のものとなった。
五感を取り戻し、思考も流れてこなくなっても
まだ寝ぼけた感覚が残っていた。目に見えるものは絶えず流れて、
まだ続いているのかと思った、しかし、それはなんと言うこともなく
彼女自身が走っているだけのことだった。
立ち止まると胸がはちきれんばかりに鼓動は早まり、
息は乱れている。今、鏡を見たら今の自分はよほどひどい格好だろうな、
と思った。何故か無性に可笑しくてたまらない。
「ハハッ、ハハハ、ハハハハハハ――――」
 わけもわからぬままに、肌寒い迷宮を一人の少女はさまよっていた。
一人の少年に好かれていた少女、アキという名前の少女、
大人に誉められる少女、
そういった付属品は彼女から一つ一つ剥がれ落ちていった。スリムアップ。必要だと思っていたものも、なくなれば清々しい。
軽快なステップで迷宮を駆ける、出口は近いように思えた。

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