第九章



 ひょうたん型のライトの強い光に照らされて、
壁には大きな影が出来ている。一歩進めば影もまた一歩進む。
この、ぴったりとつきまとう暗闇には
何十年と共に生きようと慣れ親しむことはできないだろう。
ここまで身近で限りなく自分に近いものはそうそう他に無いというのに、
愛着とかそういったものは一切湧いてこない。
 階段を下りながらレンガ造りの壁に映る自分の姿を見ていた。
カツーン、カツーンと足音が響き、それに合わせて影も階段を下りた。
思うに、鏡は人の外面を映し、影は内面を映しているのではないか。
そうでなければどうして俺の影はこんなに頼りないのだろうか。
影を見れば見るほど不甲斐なくなってくるので、
まっすぐ前を見据えてすこし足早に残りの階段を下りた。
 それにしても、どうしてこんな地下に
自分はためらいなく進んでいくのだろう。
消えた親友に会うため、
それとは少し違ったものがあるような気がする。
不思議な町の新鮮さや、それに対する好奇心。それを起こさせた心、
そんな心に変えたこの町。
そして、これは予測だが、そんな町と深く関わっている親友、
彼が呼んでいるのだろうか。
そうだとして、彼はどうして俺を呼ぶのだろうか。
呼びかけるのはいつも俺だった。
それはただ、一人では何も出来なかったからだが。
 小学校に上がりたての頃、柿を盗るのに彼を誘った。
自分で言い出しながらも、怖かったので彼を先に行かせた。
彼は勇敢にも木にのぼり、渋柿を食べ、柿の木の主に叱られた。
俺はただ見ていた。不甲斐ない。
階段が終わった。煤けた木戸が一つ。そして鍵穴が一つ。
肌身離さずいつも一緒だった親友の形見。
こいつを鍵穴に突っ込んでまわす。
ガチャリ、この扉を開けたら片身で無くなるかもしれない。
頼りなくても、不甲斐なくても、ずっとついてきた俺の影。
未知へと踏み出す相棒としては心細いが、ないよりまし。重い扉を開けた。

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