お食事


四畳半のアパートで一枚10円のフリーマーケットの品物にトマトサラダとトーストをのせて、ちゃぶ台の上において手づかみで食べた。
日曜でもないのに昼まで彼はぶらぶらしていた。
公園のベンチで二時間ほど寝たり、コンビニでビールと週刊誌を買ってきて、ブランコで揺れたりしていた。
犬を連れた四十そこそこの男が不審そうに吉水は見られたが、
吉水もまた哀れんだ眼差しで眺めていた。実に五分程度の時間だったが吉水はその男と分かり合えたように思った。
キーッ、キーッ、とブランコで揺れながらビールをグイと飲んで週刊誌の大げさな見出しを眺めた。
プロ野球の記事で『六年ぶりに優勝!』六つ球団があるのだから別にごく自然なことのように思えるのだが、誰もそんなことを気にしないようで、
優勝セールだの記念グッツだのがデパートを彩っていた。
アルコールで気分が良くなってきたところに一匹の野良犬がやってきた。
からかってやるかとその犬を呼んだ。なかなか人になれているようで、尾を振りながら走ってきた。
ポケットに手を突っ込んで餌をやるふりをしておちょくってやった。
 昼時になると吉水はシャキッとして歩き始めた。
犬はついてきた。
通りがかりの弁当屋でトンカツ弁当を買って電車に乗った。
がら空きの車内でも彼は立ったまま外を見ている。目を凝らして何かを探しているようにも見える。ただぼーっと考え事をしているようにも見える。
吉水はスーツ姿である。
サラリーマンは電車の中では浮いた存在ではなかった。
特にここいらでは一日中電車に乗っているサラリーマン風の男などいくらでもいた。
ふと、彼は時計を見た。午後0時丁度である。窓の外に目線を戻した。
現在の温度と時刻を表しているらしきものが見えた。
彼の時計は十分ほど早いようである。外は13度と冷えている。
男は寒さに身構え小走りで電車を降りた。
 駅前のさびれた通りをとぼとぼと歩く。
消費者金融やら古着屋やら、
バブルの終わりごろの薄汚れたテナントビルが立ち並ぶ
駅から20分ほどの場所。
昔の西部劇の見せ掛け倒しの張りぼてのように
前面だけを着飾ったそれらをぱらぱらと雨が濡らし始めた。
疎らな人並みも散り散りに怪しげな雑貨屋や喫茶店へと姿を消していった。吉水もまた、古めかしいアンティークショップにひとまず雨宿りと決めた。しばらくは止みそうにない。
 店の中は静かだ。時計の音がコツコツと響いている。
店主は奥にいるのか見えない。
ありがたかった、好き勝手に話されるウンチクは苦手である。
陶器のポットや凝ったデザインのナイフ、天使の像、
それに招き猫なんてものもあった。
どれも薄暗い店内に同化し
店の一部としてこのお店に染み付いているようだった。
しかし、それらの隅にひっそりといる魚のオブジェだけ浮きだって見えた。色彩が強いわけではなく、奇怪な格好なわけでもない。
吉水は凝視した。それは少し生臭い感じがした。
躍動感とか、力強さとか、そうではない。打ち上げられた魚の焦り苦しんだその後の姿に見えた。同情を誘うわけでもない食物としての姿だった。
たまらなく生々しい。雨はまだあがらない、それでも彼は店をとびだした。廃ビルにもぐりこみ弁当を食べた。やはり調理されたものは生も死もなかった。
うまいかまずいかである。皿の上には生き物の姿はなく、
料理があるだけである。


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