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そんなわけで。実母は亡くしましたが、義母はまだお元気で健在しております。先日近くのスーパーで見つけて買ったカーネーションがとてもきれいで、これを今年の母の日に義母に贈りたいと思ったのですが残念ながら楽天で売っているお店はなさそう。近くのスーパーに入っている花屋さんも現状で「母の日ギフト受付中」とかやっていないということは配送はしてくれない様子。だから、楽天の花屋さんにお願い!どこかでこのカーネーション仕入れて売ってください!!↓↓“バイパーワイン”という品種です。普通の“バイパー”はベージュ地に紫の絞りが入ったもの。これも渋くてきれいでした。できれば“バイパー”と“バイパーワイン”がセットで買えるといいなぁ。「うちで仕入れますよ!!」というショップがありましたらコメントお願いします~!!
2011/04/07
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長いことブログを書いていませんでした。まずは、地震の関係で連絡できなかった方々へのご報告です。あの大地震の前日、3月10日に母が亡くなりました。急変だったので、私が病院に着いたときにはすでに遅く…。昨年11月初めからずっと入院しておりましたが、年が明けてから、母は食事が採れなくなっていたのです。原因はよくわかりません。あれほど好き放題食べてきた人がどんな好きそうな食べ物を持って行っても「食べたくない」と言うようになりました。その状態がずっと続いたので、体の免疫が落ちてしまい、2月初めから肺炎にかかりました。年末の様子では、1月中旬にも退院できるだろうと言われていたのに。最後の2週間くらいはしゃべることもできなくなり、母が何を考えているのか想像するしかありませんでした。こちらが言うことにうなずくなどの多少の反応はありましたが、最後に会った日はそれもほとんどなかったかと…。そして別れは突然でした。死因をはっきり特定することはできませんでしたが、栄養不良、肺炎などいくつかの要因が重なったようです。12日に通夜、13日に告別式を無事に済ませました。亡くなった日に夜遅くまで斎場の人と話し合い、翌日必要なものを私が斎場に届けることに。翌11日、そろそろ家を出ようとしたとき、あの地震が起こりました。あまりの揺れに「ウソでしょ?ウソでしょ?」と心で唱えながらもテレビをつけるとあまりにもな映像。信じられないことでしたが、とにかく家を出なければいけない。母の老人ホームの部屋までは難なく行けました。必要なものを集めて、再びバスに乗り八王子駅へ向かうと…途中でどういうわけかまったくバスが動かなくなり。結局そこでバスを降り、駅まで歩くことにしました。あの時間に甲州街道にあんなに人が歩いていたのは初めて見ましたよ。ここは新宿か! ってくらい。あの日携帯も家電も使えなくなっていたけど、持ち歩いていたiPadのツイッターはできました。それで情報を知ることができ、大いに助かりました。しかしこんなことで本当に明日の通夜ができるのかと心配しましたが…電話番号がわからない母の友人には葉書を即座に出していたので連絡できました。が、やはり電話の復旧が遅れたので、連絡できなかった方が多く、通夜には急きょ受付をツイッターのフォロワーさんにお願いするなど混乱が続きました。今ここで初めて知った皆さん。連絡できずにすみませんでした。通夜の晩にも何人かに連絡しようかどうしようか迷いました。でもみんなもきっと大変だろう。今メールしても、無理して来てもらうのでは申し訳ない…。そう思って、あえて連絡しませんでした。母は、長く病んだとは思えないとてもきれいな顔でした。実は「エンバーミング」という処理をしていただいたんです。Wiki見るとけっこう怖いことが書いてありますが、そこまではしません。ただ、入れ歯をしてなかったのでアゴが歪んでしまい、なんとかして私も手伝わせてもらって入れ歯を入れようとしたのですが思ったように口が開かず、下顎しか入れられませんでした。その辺りをとてもきれいに整えてもらえたのです。母は、体はどうなってもいい、顔だけはいつもきれいでいたい、と日頃から願っていた人なので、処理をして帰ってきた母と対面したときは驚くほどきれいでした。夫が思わず「ねーちゃんよりきれい!」(半ば不謹慎)と言ったほどです。元々、しわもしみも少なく、肌は入院中もツヤツヤでした。日頃のお手入れのたまものだったかもしれません。それが、専用の化粧品で施されたものですから参列してくださったみなさまから「きれい、きれい」「とても79歳には見えない!」と最後まで褒められ続けて逝くことができました。(最新技術あなどれない…)その斎場ではあえて白装束にはこだわらないとのことだったので、服も普段着に着替えさせてもらいました。春らしい、淡いグリーンのブラウスとカーディガン、オフ白のスカートにいつもはいていたレースのショートソックス。ちょっとお出かけでもするかのような、明るい服で母は旅立ちました。遺影も、ちょっとこのときのことも考えて撮ってもらっていた私の披露宴のときの写真で…。ええ、あのド派手なジャケットでした。そして、装花の花がどこから花か区別できないくらい印象を揃えていただいて…。本当にいい式だったね。といとこに言ってもらえました。母はまだ私の部屋にいます。納骨は来週の予定です。もう亡くなってから4週間経ったなんて思えないくらい早く過ぎました。そのあとのニュースがスゴ過ぎましたからね。明日っからこっちゃぁ混むけんよ、今日行くべよ、と父が迎えに来たのかも。(>やや不謹慎…?)母の大きな遺影につけてもらった花飾り。ちょっとしたラウンドブーケみたい。母はこれを持ってまた父のところにお嫁に行ったのかしら。(もうたくさん!とか言ってそうだけど)そして今日は木村拓也コーチの命日ですね…。この1年は長かったように思います。
2011/04/07
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