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2020.09.17
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テーマ: 史跡巡り(781)
カテゴリ: ・・筒ヶ岳城
⑲、そして本丸の石垣を見ます。

中央登山コースでは、この石段がラストになります。
観音岳経由で登って来たら、この右(南側)から本丸に来ます。

⑳、石垣のアップです。

荒尾史学会で使っている、筒ヶ岳城の説明文です。
 筒ヶ嶽城は小岱山の最高峰標高501.4mの筒ヶ嶽山頂に築かれている。
 筒ヶ嶽城は筒ヶ嶽山頂の主郭を中心として南の曲輪群、北の曲輪群、そしてその東の曲輪群に大別することができる。主郭部から南曲輪群にかけては戦国時代末期に改修されたと思われ、深く長い空堀と西側に巡らせた横堀により防御を固めている。全体的に遺構の状態も良く規模もよい。
 主郭部は南北二段で北側の山頂の曲輪の西側面に城内で唯一の石積が残っている。
 南の段には財宝を収めた底なし井戸の蓋と伝えられる巨石が残る。南下には横堀が巡らされ直ぐ下に南曲輪と区画する堀切を設けて遮断している。
 北下には南北に長い削平地があり、主郭の東下に帯曲輪となって伸びている。北端は小高くなり、北側の堀切に面して土塁を設けている。
 西の針の耳に通じる尾根の根元には二重堀切を設けて遮断している。
 主郭部の北にある北曲輪群は主郭との間に大堀切を設け、それに面した南西側にやや土塁状の土盛りを残す。北に向かって小段が続き、その先端は西側を竪堀、東側を垂直に削り落として土橋にしている。


さらに、筒ヶ岳城が歴史にあらわれるもの、を「荒尾市の文化財」より転載する。


これにより、小代氏の城であったこと、
敗戦はあるが、筒ヶ岳城が落ちた事は無さそうだ。

最後に、西田道世先生の講演資料から以下を掲示して、筒ヶ岳城を終ります。

江戸期の図面なのですが、「小代山」です。
今は、「小岱山」です。






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最終更新日  2021.02.19 14:10:53
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