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2021.02.24
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カテゴリ: ・玉名の史跡
建長の塔に来ました。32.94498,130.53447

「210221玉名・蓮華院誕生寺・皇円大菩薩の母」で取り上げた「虎御前の塔」です。
記事にしたので、早速現物確認に出かけました。
「山田のフジ」から左手に入ってゆく小路の左手竹林の中にあります。

建長の塔: この塔は、地元では昔から「虎御前の塔」と呼ばれ、建久のころ曽我十郎?の寵愛を受けた虎御前が、兄弟没後その供養のため各地を?った際この地にて建てたものであると伝えられている。 (後略)


この塔は、建長2年(1250)、藤原太子供養のために建てられたものです。凝灰岩で造られた釣鐘型の塔婆が一基まつられています。主体塔身の高さ97センチ、直径73センチというほかに類を知らぬ巨大さを誇っています。俗に「虎御前の塔」といわれています。
この塔は、相輪と笠を失い現在塔身と基礎だけが残っている。塔身の上部には、穴を穿ち、塔身の首部には線刻で朱にて描かれています。塔身の軸部には、前面に扉形が線刻され、その中に宝塔の本尊である多宝如来と釈迦如来の二仏並座をあらわす種子である「ア」と「バク」を線刻した月輪の中に刻み、蓮華座を刻した上に配している。その彫りはするどく力強い薬研彫りです。また、軸部の後面には、雄健な楷書体で次のような銘文を刻み朱が入れてある。基礎はもと4個の石を用い一段式のものと考えられ、現在は2個しか残っていません。
塔身と基礎は凝灰岩でつくられ、塔身の大きさは、高さ97センチ、直径72.6センチ、首部の高さ18センチ、上部直径50センチ、穴の深さ15センチ、その直径17.8センチである。基礎の大きさは、69×69×25センチと64×61×24センチです。
この塔は、俗に虎御前の塔と呼ばれ、真偽は不明ですが、虎御前が曽我兄弟供養のために建立したと云われています。堂々とした塔身には損傷なく、しかも鎌倉の紀年銘が残っています。文献史料の少ない中世史を知る上で貴重な文化財です。

「虎御前」とは、大野氏の娘(皇円上人の母)の名前では無く、曽我十郎の恋人の名で全国に見られる様です。
しかもこの塔は、それでは無く、藤原太子供養の為との事で、新聞に書かれていたことが頷けます。
「虎御前の塔」とは、間違えて言い伝えられたものの様です。

道の途中には案内板がありました。






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最終更新日  2021.02.24 07:08:16
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