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2026.06.03
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カテゴリ: 荒尾の城跡
本村館跡(ほんむら)です。
有明医療センター(旧市民病院)の西北の森になります。

 本村には国道208号線から折れ込む市道(セブンイレブンの横道)が通っており、地元で「山の神屋敷」と呼ばれている集落に入ると左へ急カーブとなっており、この付近の字は大門口であり、地元では“じゃもんぐち”と転化されて呼ばれている。この集落には上屋敷という字名も残っている。
この大門口を左折して300mほど進むと左側高台に「薬師堂」があり、当時、本村館跡(口述)に近侍していた侍たちの持仏堂であったと思われる・堂内には薬師如来と神像が安置されている。この宮の代々の守役・管理者は弥山家であり、宮の行事の際には自ら太鼓をうって神事を行ったという。また早朝にも毎日太鼓をうっていたというが、諸事情により、現在は行っていないそうである。
 この薬師堂全面の小高い所が小代泰経の館(本村館:堀之内)跡である。南側の大牟田荒尾(126号)線側から入ると、荒尾市民病院があり、その左側で一番高い駐車場の奥から郭内に入れる個所がある。
主郭(Ⅰ郭)は横幅約40m、縦幅約50mで、周囲には幅約3mm、深さ約2mほどの土塁・空堀がほぼ完全な形で残っている。この北側のⅡ郭は、主郭の広さの約半分で、ここも土塁・空堀で囲まれており、櫓台跡と思われる遺構が観察される。南側のⅢ郭は主郭の半分ほどの面積で北および東側に土塁・空堀が残っている。館の周囲の大堀跡は、南側にも伸びており、山林の端まで続いている。郭の中で大堀の遺構全体が完全に残されている城跡・館跡はこの他には見受けられず、小代氏の館の内、唯一現存し、今後の保存が一層大事である。
本村館は、竹林となっている。
病院の立替えでも残されて、散歩道として整備される様な話も聞いたが、現在は北の職員駐車場から通路が出来ている。
この館跡の西側が城下町だった様だ。

南端に、四角い土地があったが、見張り台だった様に聞いた。病院建設で分からなくなった。
この土地は、更に西の丘と繋がっており、炭鉱電車のため崩されたそうだ。現県道126号線。

案内板も白杭も、何も無い。教育委員会の保存熱を感じない。





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最終更新日  2026.06.12 15:59:51
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