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ジョンリーフッカー @ Re:Stray Cats(04/06) お久しぶりです。私も大好きです。
August 10, 2004
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カテゴリ: カテゴリ未分類
なんだか小難しいお話ですが、
近頃よく思うのが、何かものを考えるときのあり方。

いろんな意味で「壁」にぶつかっている、あるいは、停滞、平たく言ってなんとなくうまくない、充実感がないって感じがしている。ま、そうした一種の「閉塞感」を払拭したい、したくなる。そんな時、ふと今の考え方、あり方に限界があるのではないか、何か新しいもしくは違ったやり方なりを見つけなければならないような気になる、なっている。

認識や認知の面で何か新たなものを見いださせたとしたら、たぶんそこには新しい展開、必ずしもイイものとは限らないが、待っている、といった錯覚のようなものを覚える。

何が内部で何が外部かなんて哲学的なことを考える訳ではないのだけれど。
例えば何かを認識したとき、それは「内部」として認識されたのか、それも「外部」なのか。感覚で捉えたものを具体的な文字としてそれを捉え直すとした場合、そうした捉え方が必要ではないか。
例えば、目の前に何か物体があり、それを目で捉えた時点で、その物体はまだ外部に存在するものとして位置づけることができる。しかし一旦その物体を手に取り、実感した場合、それはもうすでに内部に取り込まれた存在、経験としての存在になりはしないか。
例えば言葉、文字で知っていても、それになんら利害関係や具体的に何か自分自身に影響するモノがない場合、それは自分にとっては現実ではないはず。自分にとって何か関係がある、影響があると言う場合、それは現実化する。
外部にある状態ではそれは、ただそこにあるだけで、自分自身には一切関係がない。現実ではない。

現実とはなにがしか自分に影響をもたらすモノ。それ以外は現実ではない。
現実と非現実、存在と不在、内部と外部・・・
実際にいま身の回りにあるモノをそうした捉え方で整理してみる。そうすることで、自分にとって重要かそうでないかが判断できるようになるだろう。





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Last updated  September 26, 2004 01:04:50 AM
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