太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2015.02.15
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心を成熟させて大人になるために、もう一つ方法があります。
それは慈しみの実践です。

人間は、元々は慈しみの気持ちを持っていないのです。
他人のことは嫌いなのです。
しかし、お釈迦さまが「泣きながらでも、善いことをしなさい。悪いことをやめなさい」と仰ったように、他人を嫌うと自分も嫌われて、自分の幸福が消えるから、涙を流しながらでも慈しみは育てるべきなのです。

人間は、優しくするよりは相手を殺したいという気持ちの方が正直なのです。
仕事をしてお金を儲けるよりは、どこかにあるものを奪う方が簡単です。
それが本来の気持ちなのです。

ですから、泣きながらでも、嫌でしようがなくても、善いことをして生きなさいと、お釈迦さまは戒めるのです。

例え嫌でも、悔しくても、貫かなければならないのです。

例えば、誰かが私に「国のためだから敵を殺せ」と言ったとします。
「いえ、敵にも幸せでいて欲しいですから、絶対やりません」という立場をとらなければなりません。
平和な人が、平和な人を殺そうということは普通ありません。
でも人間というのは、心が弱いのです。
欲があり、恐怖感があって、誘惑されやすいんですね。
欲、怒りに誘惑されて、人を殺すことがありえるのです。

我が儘で、慈しみの心もなく、自分本位で生きているにもかかわらず、やっぱり自分が幸せでありますようにと願ったりする。
幸せになりたければ、「嫌いな人も幸せでありますように」と願うように努力する必要があるのです。
それが、正しい道です。
そうすると、どんどん嫌な人が消えていってしまうのです。


怒りではなくて、「ああ、あなたはこれを欲しいのですね。しかし私にはこれしかないし、困ったねえ」という風になるのです。
あげられない場合には、「相手にもそれがあればなあ」という優しい気持ちが生まれてくる。
そうすると、相手は嫌な人ではなくなるのです。
もっと心が育ったら、「私ではなく、あなたが使っても、私は楽しいです」と、それをあげてしまいます。

とにかく、どんな生命を見たときにも、一緒に生活している命ではないかと感じられるようになれば、素直な生き方になるのです。

それは極度に素晴らしく、絶対的な幸福に出会える道なのだが、これは今の世の中で行われている道ではないのです。





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Last updated  2015.02.15 05:44:51
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