太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

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2015.02.27
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何も見ないのではなくて、客観的に物事を見るとはどういうことか?

例えば、自分が医学を勉強したいなら、客観的に「どんな大学がいいか」を調べて、それから自分の能力を見て、「自分はどんな大学に入りやすいか」と考えてみる。
ちょっと自信がないというなら、「どのくらいの能力があれば、その大学の試験に合格するのか。そのくらいなら、自分もそのくらい努力しよう」と考える。
それは、主観的に比べるということではなくて客観的なのです。

経済のことなどでも、色々な国と比べることも客観的な勉強になる場合は問題ないのです。
客観的に、自分の次のステップヘ進むためのバネとして使うというのならいいのです。

主観的に見ることが「慢」であって、暗いエネルギーなのです。
少し理解しにくいですか?

例えば、子供には「みんなやっているでしょう」と言わなければならないことがあります。

そうではなくて、「みんなやっているんだから、あなたもできますよ。簡単ですよ。あなたもやってみなさい」と言う。
すると、みんながやっていることを見て、「自分にもできること」という自信につなげることができます。
ほんのわずかな差だが、違いますよね。

ですから我々が成長するためには、知識と智慧を持って客観的に物事を判断する。
物事をよく見、よく理解する。
主観的には見ないという姿勢が大切なのです。

主観的な見方を、客観的な見方に変えることです。
例えば、自分の子供を叱る場合も、主観的に叱るから結果がでないのです。
客観的に叱ってみてください。
すぐ聞いてくれます。

ただ自分が怒って、自分の好みで怒っていろいろと言ってもあまり聞いてくれません。

相手のことを考え、「こういう行動をするとこういう結果になる。だからそうすべきではない」と考えて話すのです。

(注)「叱る」と「怒る」は違います。
子供を叱る場合は、主観的に叱らず(怒る)客観的に叱る。
会社の部下を叱るときでも、主観的に叱るのではなく客観的に叱る。
むしろ叱るというよりは、「相手に善くなって欲しい」という気持ちを込めて、本人が自分で考えられるように、状況を理解する手助けをしてあげることです。


結局は、自愛の心を捨てて、まず他人を喜ばせることを考える。
すると、相手も善いお返しをしてくれるので、自分も楽しく過ごせるということですね。
決して、この逆ではないということです。





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Last updated  2015.02.27 05:47:45
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