これだけ情報分断化の世の中。
それぞれが自分の好きな媒体で好きな情報を得る。
テレビを見る層と見ない層が生まれて価値観はますます多様化していく。現実世界に起きている出来事、いわゆるニュースは受け手の解釈次第でその意味が二次的三時的に変化していく。
同じ情報を観ていても、観るものによりその受け取った内容が大きく異なっていく。
世間に俗する我々は、どこかで折り合いをつけながら、そんな現実と忖度しながら日々を生きている。多数派に属していた方が安心するからだ。
自分の本当の意見を秘めた形で他人に合わせている。今の多数派は長い時間をかけて作られてきたが、壊れるのは一瞬だ。昨今の怒涛の世間の変化により、それぞれの価値観はそれぞれに分かれて、多数派は存在しているようで存在していない。
この感じは従来の常識と言われる概念にも当てはまり、常識という言葉で日々のあらゆる出来事について自分で考えることを忘れている。
常識一つですべてを片付けてきたが、本来は個別の状況に合わせて一緒くたの判断ではなく、適切な解答解決策がその都度示されるべきなのである。
ニュースとは本当に都合よく編集されている。
世界中からよくもまぁネガティブな情報ばかりせっせと集めたものだ。2年前から始まったウィルス騒動でも同様、毎日毎日感染者数を発表する。まるで感染者が少ないと都合の悪いように増えました、大変だの繰り返し。
暑い日々が続く。几帳面な日本人は未だにマスクを手放せない。しかし多くの人は周りに合わせながらも気づいている筈だ。実はもうどこでかかってもおかしくないウィルスなのだと。
陰謀だ人口削減だと一部の界隈ではワーキャー騒がれているが、そんな感じでもない。ただ何かの流行病は確実に存在していて、それが果たしてスペイン風邪の様な危険な代物であったのか、今後検証が進めば明らかになるだろう。
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