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昨日はらんぐ(私のペット)の写真を登録するのに時間がかかってしまった。
機能一杯のパソコンも私にかかったら、メールの送信とレポートの保存、ネットサーフィンと
TVを見ることくらいにしか使ってもらえずかわいそうなことを改めて実感。
画像のの読み取りは問題ないのだが、楽天に登録できる50Kバイトまで下がらない。
小さくしてもダメ。どうすればそうなるのか? 誰に聞こうか…
本屋に行ったほうが早いか… そうこうしているうちに時間だけ過ぎていく。
あ~でもない、こ~でもないと検索しているうちに、やっと縮小ソフトを見つけた。ふ~
知っている人に聞けばすぐできることを、聞かないで自分勝手にやるから
時間がかかる。自業自得だ。
これは私の悪いクセでもある。
特に学生時代は、みんなが当たり前に知っていることを、
自分だけが知らないと素直に聞けず、後で調べたりしていた。
興味のないふりをしたこともある。
なんとも卑屈な性格をもつやつだ。
知ったかぶりをして嘯くことはなかったが、きっとバレバレだったことだろう。
私はあなたたちとは違うのよ… 一緒にしないで… もっと大人なんだから…
個を認めてもらおうと思ってした行為がそれだった。
カウンセリングの勉強仲間の娘さんがこの春高校へ進学した。
親元から離れ、学生寮で暮らしている。
その学校の教育方針のひとつに興味深いものがあった。
「生徒ができるものはできるだけ生徒にやらせる」
この標語だけでは当たり前のことと取れる。
友人から聞いた話と私の解釈ではずれているかもしれないが、
大体こんなことではないかと思っている。
ある生徒が自分でできると思って始めたことが、途中で上手くいかなくなってきた。
誰かが助けてくれるかと思い、何処からか手が差し伸べられるのを待っている。
教師も親も危険ではない限り、できるだけ何もせず見守っている。
やがて、何処からも助けが来ないことに気づいた生徒は
次に何をするかを自分で考え、行動に移す。
それができそうで、手伝ってくれそうな他の生徒に助けを求める。
助けを求められた生徒は自分が頼りにされた喜びと手伝えたという自信を得、
助けてもらった生徒は他人の思いやりと自分の中の勇気を見つける。
標語にするとイメージがだいぶ変わるが、こういうことかな~と話を聞いて感じた。
できると思ったけれど、できなかったということを素直に認め、助けを求める。
できなかったと認めることにも、助けを求めることにも勇気がいる。
上手に依存することをこの時期に学べると、
自分はできないダメなやつなんだと思わないで済むような考え方になれる。
それは相手側にもいえて、押し付けることがなくなる。
そしてその考え方は豊かな人間関係を築く上で必要不可欠な気がする。
これは当たり前のことなのかもしれないが、
やっているようで、やっていないことでもあると感じる。
生憎こんな高校時代を送れなかったし、今更やり直しは効かないし、やり直す必要もない。
そう、今からやればいい!
分からないことは分からないと、
知らないことは教えてほしいと、言えばいい。
自分が求めるところに、教えはある。
求められない自分は何故、求められないのだろう…
無心に砂遊びをしている子どもからは、純真さを。
本能のままの動物からは、あるがままの大事さを。
年齢や上下の関係なく、見つけようと思えば教わることはたくさんある。
それを曇らせているものは、自分の方が優れているという優劣意識にしがみつく偽安心感に他ならない。
そんな生き方は自分を狭くするだけ…
いらないものはできるだけ、取っ払っちゃうと身軽になる!
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