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以前は月3回、2時間くらい通って書いていたのだけれど、
今では家でもできなくなってしまった。
写経に興味を示す人はジジ・ババが多いせいか、
初めて私が行ったときは先生はじめ皆さんとても喜んでくれたのだが…
今頃は、やっぱり若い人(?)は続かないわね~とでも言っているだろうか。。。
何故、写経をするのか?
特に年を取り出すと何故、写経をしたり、般若心経を唱えるようになるのか…
身内の供養のためとか、自分の業を落とすためとか
(ある人に写経をしてみたいといったら、そんなに悪いことをしたのか
と言われたことがあるが)、精神統一のためとか…
実は今ひとつきちんと理解していないのだが、何故か惹かれるものがあって
機会があったらやってみようと思っていたものだった。
それなのに、今はできない。
忙しくってゆったりとした時間がとれないから…とも言えるが、
楽天がその代わりをしているような気もする。
写経をしているときはとても集中力があった。
気がつくと2時間くらいあっというまに経っていることもしばしばだった。
お手本を下に引いていることもあり、それをなぞりながら(初心者だから)
書いていくのでやけに上手に書ける。
褒められるから、自信と充足感も得られる。
墨のにおいもいい香りだ。
墨の香りにはリラックス効果があるそうだ。
だから、というわけではないが、あまり長くやっていると書きながら睡魔が襲ってくる。
「誰かに邪魔されているんじゃない?」 と嫌なことを言う人もいるが、
私はこころが安らぎすぎてしまったのだと思っている。
形から入ると、なかなかできないことでもある。
墨をすらなきゃとか、道具はこれでなくっちゃとか、書道は苦手とか、
決まりごとがわからないとか、お経の意味が分からないとか、信仰が違うとか、
どんなご利益があるかとか、そんなことを考えていたらなかなかできないだろう。
これは写経以外にもいえること。
ただひたすらにやってみることに意味がある。
やりたいことをやっているうちに、雑念とか私利私欲とか、エゴとか、
いらないものが浮かんでは消える。
浮かんだものはそのまま浮かばせておけばいい。
無理に隅に追いやることはない。
しらぬまに消えているかもしれない。
それだけの無心になれたとき、初めて到達する境地があるのかもしれない。
墨のにおいは今日も嗅げそうにないので、墨香というお香で代用しよう。
材料に墨が使われているかは怪しいところだが…
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