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そうなった経緯は、取り損なっていた学科の単位を取るためには、
もと通っていたところに戻るか、通うのに時間のかかるここにくるしかなかったからだ。
それにいろいろな先生やその場にくる人にも触れてみたかった。
学科のほうは6月で取れたのだが、だからといって「はい、さよなら」というのは
抵抗があったし、7月からエン・カウンターをするというのでそのまま在籍した。
混合クラスなので、ファシリテーターが2人、基礎クラスの人が一人、
研修クラスの私、あとは専修クラスの人が3人から5人いる。
基礎の人を除いて、エン・カウンターは何回も経験している人の集まり…のはず。
でもなんか、様子が違う。
とにかくファシリテーターがしゃべる、しゃべる!
そして人に振る。端から当てていく…
沈黙がほとんどない。
こういうやり方もあるのだから、慣れていかないとな~と
思っていたのだけれど、どうやら無理みたい。
何のためにここに居るんだっけ…
ここのやり方に慣れようとしている私は、
始めはその人のやり方を受け入れられない自分と対峙していたんだけど、
だんだんとその場で嫌われたくないから自分を出さないように
我慢しているのだと思うようになってきた。
3泊4日のワークショップのエンカウンターにいっているのは私だけで、
他所のエンカウンターと比べるつもりも毛頭ないのだが、
なんか基本的なことがずれているような気がしてきた。
発言した人に対して、自分の考えや経験を言う前に何かすることがあるはずだ。
確かに話を聞いて、自分の中で動いたものを始めに話した人に伝える、
そういうこともエンカウンターなのかもしれない。
それでは、始めに話してくれた人の気持ちはどうするのだろう…
フリーセッションとエン・カウンターの違いをどう捉えているのだろう…
それを少し言葉にして言ってみたら、
ファシリテーターのうちの一人の顔が見る見るうちに変わった。
私の言いたかったことをすご~くオブラートに包んで言ったつもりだったんだけど、
やっぱり気分を害したみたいだった。
エン・カウンターに対する考えのすりあわせをしたかったのだが、
時間切れになってしまった。
きっと今まではこんなことを言うやつはいなかったのだろう。
一般常識で言えば、先生や親、目上の人のいうことは絶対で、
たとえ変だと思っていても従うべきだという考えがある。
でも、どうして変だと思う考えに従うべきなんだろう…
いつから、そういうことに縛られているんだろう…
思っていることを言えないのは何故だろう。
上下関係に囚われ、人の言うことを聞けないのは何故だろう。
言えないことが沈殿していくとどうなるだろう。
それに気づかないで蓋をしていると取り返しのつかないことになるかもしれない。
自分の中に幾つもの仮面を持ち合わせ、その場その場で使い分けているのではないか。
一体、本当の自分とはどういうものだったのだろう…
そして、そういう自分に出会える場が、
カウンセリングでいうところのエン・カウンターの基本なのではないか、と思う。
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