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小規模ながら革のビジネスを行っている。実は革のクラフトの世界にはまだまだチャンスがあると考えている。今まで革を扱う店は、どちらかというとウェスタン系のお店が多かったように思う。あとは高級ブランドのイタリアやフランスブランドであり、その隆盛は周知の事実である。私もそうだが、エルメスやヴィトンなどをもう持ちたいとは思わない。かと言って、若造が持つような革製品やウェスタン系のものにも食指が動かない。昨今流行のチョイ悪ブームではないが、個性的なちょっと遊び心のある大人が手にできる革製品が、あまりにも日本には少な過ぎるという歪みを発見したのだ。私のビジネスのスタートは社会の歪みを察知することから始まる。同様にシルバークラフトマンがブランドを興し、個性的な大人向けに提案をして一つの産業となったように・・。さて、まだ空いた時間の趣味の段階であるが、先日フリマで販売をしてみた。ちなみにタイトルのメルカートとはイタリア語で市場という意味である。まだまだデザイン的にも完成度は低く、ほとんどがサル真似の商品であり、チョイ悪に値する商品ではないが、臆せず出品をしてみたのだ。たった一日の出店ではあったが、15万程の売上をつくることができたのだ。フリマであるため、周りが100円、500円の商売をしている中、この数字は悪いほうではないだろう。実はフリマのようなリアルな販売以外にも、ネット販売も行っている。しかし、こちらはまだまだコンスタントに販売していくには時間とブラッシュアップが必要である。これから1年くらいかけて小さいながらもブランディング化を行うことができれば楽しいものである。小さいながらも自分のメルカートを持つことができればそれはそれで豊かではないか。頭で何かをやろうと画策している皆さん、案外商売なんてシンプルなものなんですよ。 KEN NOZAKI
2005.11.29
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最近やたら眠い。休みの日はかなり寝ていることが多い。以前の私ならあり得ないことである。あるスピリチュアルな書籍で調べたところ、眠い日々が続くということは人生に大きな流れの変化が迫っており、心が魂の故郷に還る必要性があるため、現実には眠る時間しか魂は自由になれないため、やたら眠くなるのだそうな。こういうときは逆らわず自然に任せるべきだろう。そう考えてみると、最近私の周りで大きな動きがあったのも事実である。私自身の心境の変化、今後取るべき動き、そして天職に向かうべき時期に来ていることの自己確認なども含め、10年間自分をモチベートしていた意識からの脱却が静かに行われようとしている。日々のライフスタイルをシンプルに収斂し、人間関係も極力必要最低限にしていくことを心が望んでいるようだ。最近海辺の土地によく行っている。父名義での購入であるが、将来は建物を建て、シンプルな工房兼アジトにしたいと思っている。ビジネスマンとしての私の人生は30代を以って完結させる気である。IT長者や有名な人物にはなれなかったが、ひょんなことから社長を請け負ったビジネスで、全国展開をを成し遂げ、更に別のユニットでは株式上場を役員としてその瞬間にも立ち会えたし、個人的にはセミリタイアができる程度の楔も打つことができた。次はシンプルで時間を穏やかに味わいながら、自分のペースでできることをやって行きたいと切に思う。これが私の人生の流れだとしたら、自然に従うべきであろう。傍から見たら大人に切れない坊主のような男だが、私自身は自分の魂に忠実に生きていきたいと思うのだ。 NOZAKI KEN
2005.11.24
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秋の陽光包まれる事務所にて今日は一人で作業中。社員60名を率いているが、本部はたった3名(うち1名は事務スタッフ)のみ。母体の東京サイドのオーナーの直近なども含めると、マネジメントに関る人間は6名。否、そのうち2名は母体から来た人物で、通常の組織なら主任程度の力量しかなく、たいして使えない。私は一匹狼な生き方を長らくしてきた男。不慣れな組織の枠組みの中で光と影に直面している。ここ1年自分の会社だと心血注ぎ、このビジネスに邁進してきたが、やはり資本の原則、所詮はオーナーにはかなわない。悪いことにオーナーはかなりのスーパープレイヤー。頭も抜群にいい。私の10歩先を読み行動できる人物でもある。私のつたない立上ノウハウもこの1年で出尽くしたか。1年で形にはしてきた自信はある。私でしかできなかったという自負もある。売上も悪くはない。しかし、今からが事業は大切である。組織の強化、マーケテンィング、お客様から紹介がでるような店全体のマネジメント、現場への権限委譲と責任の認識化、数えあげればキリがない。私は人の心の力を信じるタイプ、オーナーは技術力で勝負をするタイプ。私は人の心のエネルギーが相手に伝わることで波状にお客様に伝わり、結果会社が伸びると信じるタイプ、オーナーは最高の技術を提供すれば、相手(お客様)はなびき評価をくれると信じるタイプ。水と油である。答えはシンプルである。最高の技術を最高のサービスで提供すれば、他に負けるはずがないのである。そう思って私は1年間取り組んで来た。しかし、ここに来てオーナーの干渉が著しい。私も黙っているタイプでないのでいつも議論のし合いである。そんな中、幹部職の連中は恐れて誰も議論に入ってこない。陰でグツグツ言っているだけである。保身も解るが一度きりの人生だろうに。そういう意味で社長の私は孤独である。つまらない犬たちに囲まれて仕事をしている。そんなとき、本田技研を世界的企業に創り上げた本田宗一郎氏の書籍を読んでみた。本田さんが空冷エンジンにこだわっていたときに、若い技術者達がこれからは水冷の時代だと言い張った。本田さんとクビを覚悟に大喧嘩をしたらしい。時の経たぬある日、ある事故をきっかけに本田さん自身も空冷へのこだわりを技術者に詫びを入れ、本田技研は水冷エンジンの開発に力を注ぐようになる。本田さんは語っていた。私に喧嘩も厭わずモノを申してきた連中ほど、その後の社長や役員になっていったと。そして今の世界的企業の結果である。相手がオーナーだろうが、どうであろうが本気で議論を挑み、ビジネスをしない連中が跋扈している我が社にそれほど大きな発展は望めない。これを読んでいるアナタ、犬には決してならないで欲しい。ま、かよわき犬たちは放っておいて孤軍奮闘してみるけどね。それにしても秋の空気感はいいね。 KEN NOZAKI
2005.11.02
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晩秋になった。最近は私も生活スピードが目に見えて減速中。ただでさえ晩秋は人の心をスローにしっとりとさせる。少々鬱気味な日々を送っている。実に10年ぶりの減速である。人の人生には波がある。今年と来年の私は大殺界だそうな。知り合いの女性の数人から、秋になって人恋しくなって、あなたに電話をしてみた。そんな言葉もちらほらもらったが、なぜか心は少しも動かない。銀座の売れっ子ホステスからも、どこか温泉でも連れていってよと・・。そこまで言われてもまだ私はぐずぐずしている。先日も若い女の子とドライブの約束をしていたが、当日乗り気が急になくなりキャンセルをしてしまった。酷い男である。数年後必ず後悔するであろう。私の与太話はこの程度にしよう。本日も暇だったので40歳になったときのライフプランニングをしてみた。あと3年踏ん張れば、私の人生はそれほど悪いものでは無さそうだ。ということがシュミュレーションできた。つまり、人生最大の苦痛であり、最大の目標だった経済活動から本格的にリタイア可能であることが具体的な数値で示された。その後はキレイにビジネス界から引退して、自分が生きた証を残せる仕事を開始するつもりだ。とある有名な方の本に書いてあったが、人は職業において得意なことをしている人は多いが、好きなことをしている人はほとんどいない。そう書いてあった。私も同感である。そして私も今得意なことで飯を食っている。今、ネット上では安易な起業法を29,800円程度のDVDなどで提案して、小銭儲けをしている連中をよくみかける。あんまり素人さんを騙して欲しくないな。私が見たところ、こういったほとんどのケースは持って3年の商売というところであろう。先日、総計1500万円はする自動レンタルビデオ機4台と会員発行機1台を250万円でどうでしょう。という話があった。堅い筋からの話だ。私は少し他に考えているビジネスがあるので断ったが、そこそこの立地に置けば、だいたい70万円程度は稼げるらしい。利益は50%だそうな。つまり月35万円の利益ということである。そこから家賃10万円程度を引いても月25万円程度の収入は堅いだろう。自由人や週末起業を目指す素人さん、美味しい話は人脈からしか入ってこないことを理解すべし。まずはネットをほじくる前に街に出てチャンスを掴もう。 KEN NOZAKI
2005.10.31
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14店舗。今私が代表に就任している会社が展開する店舗数である。1年間走りに走って14店舗。現在少々食傷気味、同時に精神的疲れも噴出。代表といっても私の上にはオーナーがいる身。事業観の違い、金銭感覚の違い、感性の違い、当然別の個性を持つ者同士なのだからあたり前にぶつかる日々。プロ野球球団オーナーと監督との関係は今の私の環境そのものか。10月25日に37歳になった。見た目は若く見られるが既にオヤジだ。これからは40代を迎える準備と位置づけたい。28歳頃からずっと走りっ放しの日々である。40代はスピードを落として動いていきたいものである。そういうこともあり、海まで15mというローケーション。つまり海辺の土地を購入した。57坪ではあるが将来の夢が買えた。今週の月曜日から自分がオーナーのコインランドリーの2号店の工事が始まった。最近プチリタイアなどという言葉をよく聞くが、そういう意味では2つのコインランドリーで十分プチリタは可能である。私は4つのビジネスを追いかけている。1つは自分の時間を十分費やすビジネス、1つは単にお金を稼ぐだけのビジネス、1つは体を壊そうが、入院しようが収入が入ってくるビジネス、そして最後が儲かるかどうか分からないが夢のビジネス。今まで最初の3つのビジネスは手にしていたが、最後の夢のビジネスだけを手に入れていなかった。それがひょんなことで見つかった。2006年度はそのビジネスにもチャレンジして行こうと心に決めた。 KEN NOZAKI
2005.10.27
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銀座のホテルにいる。横浜、八重洲、銀座と今日で関東3泊目である。長らく書いていなかったが、義務と読者に何か営利的アプローチをするつもりもないのでお許しいただきたい。私も休筆期間にメジャーになりつつ会社役員としての立場、また現在社員40名をかかえ、年内20店舗となるであろう、その業界では注目を浴び始めている会社の社長としての立場をより一層意識せざるを得ない状況に進展したため、なかなかこの場で本音が書けない状況になってきている。本来匿名性を維持しつつも、この時代を必死に泳ごうと試みる私自身の心の叫びをこの場で吐露することで何か皆様の参考になれば、というスタンスでこの場にコラムを書いてきたが、万が一私自身を知る人物の個人的な感情で、この場で私が書いた内容をパブリックな場所に露呈されると、関係者各位に多大な迷惑をかけるという懸念も生じているのも休筆した要因でもある。さて夏の盛りである。単純に夏は良い。旨いビールに薄着の女性、そしてアジア的開放的気分が我が身を包む。我ビジネスも今の時点で8店舗の出店、そしてその全てが健全経営となっている。社長でありながら、自ら特攻隊長を務め、猛スピードで全国各地に出店を急いでいる。たった8ヶ月で8店舗の立上を行った。年内20店舗、来年に30店舗をやり抜く覚悟である。私はビジネスを4つに分けている。単純に金儲けのビジネス、体を壊しても収入が入り続けるビジネス、自分の殆どのエネルギーを費やすビジネス、そして儲かるかどうかは分からないは自分の心が叫び求める夢のビジネスである。何を贅沢な、すき放題言っているんじゃないよ。そう思われる方も見えよう。はっきり言おう。この4つを同時進行させることはそう難しくない。この続きはまた後日・・NOZAKI KEN
2005.07.28
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2泊3日の東京出張の帰りの新幹線22時。居を構える人々の生活の灯が車窓から通り過ぎてゆく。私の30代は新幹線での移動の10年であったと記憶されるだろう。もう何百回新幹線に乗ったであろうか。数えることもできぬ回数である。5月15日、千葉店をOPENさせた。溜まっていた予約だけで32件。物凄い数のお客様が当店を選んでいただいている。それ以上に東京の銀座店は、予約希望者でもう5月はお断り状態となっている。いかに今自分が仕掛けているビジネスが人々に受入れいただいているか、考えると恐ろしくもなる。勿論多くの協力者が居てこその結果である。感謝したい。7月に銀座店を拡大移転させるために、今日は夕方から物件を不動産会社の人間とともに何軒も見てまわった。結果的に2軒ほどの目ぼしい物件を確保でき、私は満足するとともに、どっと疲れが襲ってきてしまった。それもそのはず、13日の金曜日は名古屋でそれなりのポジションの経営者の集まるプライベートの会に参加し、朝3時頃まで飲み、14日の東京移動時には夕食と2軒のバーで飲み、千葉店OPENの当日は、銀座でネェちゃんと食事、その後、元タレントとクラブの現役ホステスと合流し、酒を連続で飲んでいたことも原因である。いずれにせよ、私は昨年の7~9月に大きな衝撃の渦に巻き込まれ、とても大切なものを幾つも失うと共に、5年間住んだ東京からの撤退を余儀なくされ、大きく人生を方向転換せざるを得なくなったのだ。そして半年間、また再び正攻法で東京の地にビジネスを携えて帰還できる嬉しさは一塩である。私は銀座という街がとても好きだ。麻布や恵比寿、代官山などを好む連中も多いが、歩きやすさ、街としての品、東京駅からのアクセスの良さなど、全て勘案すると、やはり私の東京ビジネスは銀座でしか考えられない。ただ、以前と大きく違うのは、過去この地で一緒に過ごした人達の残影とでしか出逢えないということである。新幹線の車窓から見える家々の灯のように、人も通り過ぎてゆく。20代後半から数年間夢を共有したビジネスパートナーの顔、30代前半、私を東京に呼び寄せてくれた魅力ある感性を持つ経営者、同じ年齢、同じ感性だということで意気投合して多く企画を一緒に企てた仕事人、ベンチャーに身を投じる若手経営者の数々、濃密な時間を共有した忘れ得ぬ人の顔、東京で時間を共有したそんな人達の顔をぼんやり思い浮かべながら車窓を眺めると、いかに人は移り変わってゆかざるを得ない生き物なのだということを思い知らされる。全てはここにあり、全ては立ち去ってゆく。この夏から秋にかけ、関東に3店舗。沖縄、九州に3店舗展開する予定である。こらから私はこういった地で、どんな出会いと、別れを体験するのであろう。明日は、私が家族のように10年以上付き合っていた社長が、いよいよ倒産の期に瀕しているために相談に乗らなくてはならない。私と時間を共有している人達がどんどん生きる形を変えてしまうことに寂しさを感じる夜の新幹線である。 KEN NOZAKI
2005.05.17
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軽い五月病か。つくづく人はアナログな生きモノだと思う。社会がとてもシンプルだった太古の時代、人は自分のハート(心)の状態を素直に受入れ、自然と調和をして生きていたのだと思う。だが、高度化された現代社会では見えない世間やモラル、常識、責任、立場、そんなものに自ら縛られ、ハートの状態がどうであれ、その窮屈な枠組みに合わせて生きていかざるをえない。こんな私でさえ、ときどきそんな罠に陥ってしまう。とても窮屈であり、叫びたくなる。過去の話だが、小学6年生のとき転校した慣れぬ学校で、受け入られようと1週間程度いい子を演じたことがある。でも実は前の学校では子分を何人も従える横着者。そんなヤツを演じ続けることなどできなかった。ある日、家の近くの山に登り大声で叫んだ記憶がある。次の日から素の自分に戻ったのは言うまでもない。従業員もそれなりにいる私だが、組織を持つこと、組織に縛られることほど避けたいことはなかった。運命のいたずらか、人は自分とは違うのだ。そこを折り合いながらビジネスを行ったり、人生を共有することが人間的な成長なのかも知れないが、人はもっと自由に生きれるんじゃないかと、今でも思っている。ということで私が所属した外資系クレジット会社で若くして副部長にまで登りつめ、40台前半にして引退し、今は悠々自適と1体数十万円~数百万円のアンティーク人形の販売とカフェをのんびり経営している兄貴と慕う人の所に数年ぶりに油(ホット一息)を売りにいった。「お前は相変わらず忙しそうだな」「バリバリやるのは30代までにしておけよ」「俺はこの人形が月に数体売れたら何とか食えていけるよ」悲しいかな、軽い五月病の私にはスポンジが水を吸収するようにハートに入ってくる。若い頃、お金さえ掴めば自由になれると信じて我武者羅に駆け抜けた。28歳頃からは月収も100万円を超え、ある時期は発生ベースで1流のプロ野球選手に近いときもあった。高級クラブに散歩のように毎日顔を出し、服や小物も値段を気にせず気に入ったら買った。高級マンマンションにも住んだし、海外へもしょっちゅう出掛けた。よくTV番組でお金持ちやセレブの特集で、何億の豪邸に住み、車は高級車を何台も保有、高級料理を食べ、ブランド品の山に囲まれて生活している姿を見るたびに私は苦笑してしまう。お金ではハッピーを手にできないことを知ったからだ。自分論ではあるが、本当のハッピーは、本質をいつも外すことなく、いつまでも瑞々しい感性を失うことなく生活できることである。では今日はここまで。社長業に戻るとしよう。 KEN NOZAKI
2005.05.13
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名古屋にニつある事務所のうち、築30年をくだらない公団分譲マンション最上階の事務所にいる。ここは事務所というよりアジトというほうが似合っている、そんな部屋である。夕方18時、窓の外からは太陽からの黄昏の光が差し込んでいる。私はこの時間帯が好きである。闇に変わるにはまだまだの時間、しかし、今日一日がぼんやりとその存在を終えてゆくことを認識させる時間帯・・。今日の私はついていなかった。朝、かなりの振込をさばこうと銀行に向かったまではいいが、多くの振込を行う私に背後の声。「まだ終わらないの、待ってるんだけど!!」。その声に、すんなり譲ったまではいいが、私も次の予定を急いだため慌てて会社の通帳とキャッシュカードをATMに忘れてしまった。気がついたのはその30分後・・。多くのいらつきの声、時間に余裕の無い私の生活、人間の頭の処理能力など、いとも簡単にフリーズしてしまう。昨日は現ビジネスで事業観の違いが露呈し、そのまま自分の感情を抑え込んで眠った。人と自分は違う、あたりまえのことである。私は自分論で生きる人間である。だからこそ自分でビジネスを行う道を10年前から選択している。今の私は一体どこに向かっているのだろう。そんなことを考えはじめるともういけない。飼いならしている獣が頭を擡げてくる。自分を落ち着かせねば・・。今日は自ら仕事を放棄した。そして、付き合いの長いビジネスパートナーの車に乗り込み、彼が向かう先に便乗させてもらった。車に乗り込んでも分刻みに携帯が鳴り響く。もちろん私は平静を装う。ビジネスマンとして相応しい声のトーンで応対をこなし続ける・・。こんな日に限って、普段はあまり電話をしてこない連中から立て続けに連絡が入る。その中に1件の苦痛の声、聞けば手形が落ちないという。つまり、お金を貸して欲しいという悲痛の声。今回でもう3回目である。そのうちの1つはまだ返してもらっていない。さてどうするか・・。こんなときに自分自身が試される。私とて以前のような金もない。返してもらえないならそれまでのこと、15分後に彼の口座に入金をした。まだ私の獣は落ち着いていない。車から降り、今度はスターバックスで休憩を取った。抹茶フラペチーノを思いっきりこぼす。やはり今日はどこか壊れている。基本に戻ろう。自分が自分として存在し続けるために・・。夕暮れの太陽が優しく見える。私の獣も少しはおとなしくなってきたようだ。そんな今日が暮れていく。KEN NOZAKI
2005.05.10
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GWは溜まったマイルを消化しようと、近場のサイパンに出かけた。日本からわずか3時間程度フライト、お手軽である。2005年になってから2度目の海外であるが、今回は完全な骨休みである。何も格好をつけるわけではないが、私の場合日本でゆっくりしていても心の芯に染み付いた疲れが取れることはまずない。そういう意味では、パチンコや家でごろ寝でストレスが解消されるオッサン達が羨ましくもある。つい先日も銀座の飲み屋で酔い、経費で落とせるからと馬鹿なお金を使ってしまった。気がついたらOLの月収位使っていた。悲しいかな、成長しない自分にまた直面してしまう。世の中に還元もいいところだ。この日記を読んでいる諸君に言っておくが、有名になろうが、事業で成功しようが、お金を掴もうがそれほどモテることもない。全ては幻想である。成功する=感受性もかなり鋭くなっているのだから、人の浅はかさや、計算や企てもかなりの部分を見抜けてしまうのだ。つまり、ガキの頃や若造のように素直に異性に夢中になれないのだ。日々色々なねぇチャンからメールが入るし、かなりいい女からの連絡も多いが、私を夢中にさせるものではない。そういう意味でも、費用対効果が高く心を満足させてくれるのは、私にとっては旅である。サイパンは何もない島。広い道とコバルトブルーの海、低層の住宅が程よい距離間で並ぶ島。多くの人は、サイパンなんてつまらないという。しかし、私はブランドをDFSで買い漁るほどブランド品に興味も今はいないし、(というかDFSに売っているブランド自体、私の興味を惹くものですらない)加えて、ここぞとゴルフやマリンスポーツに勤しむ輩でもない。つまり何もすることがない。これこそが最上の喜びである。強い太陽に焦がされ、砂浜に寝転び、海を何時間も静かに眺める。夕暮れ、まったりとした空気の中で、バーでグラスを傾ける。これ以上の幸せが一体どこに存在するというのか。都会のスノビッシュな高層マンションにも住み、東京の夜景を眺めながら酒も飲んでいたが、何もない島で寝転ぶ程の満足は得ることはできなかった。ま、そんなことで心の95%の澱を吐き出し、JAPANに戻ってきたというわけである。13階の窓からは日本らしい夕暮れ、しかし、まだまだ私は作成しないといけない作業が山のように待っている。疲れたら海外。これしかないね!KEN NOZAKI
2005.05.07
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穏やかな春を迎えた。日々の業務の忙殺される私は、世界でも稀に見る美しい花、桜をじっくり眺めることなく春の熟成を迎えてしまった。昨年のこの頃から、よくタイに出掛けた。知り合ったタイ人に、桜の写真が欲しいと言われて、写して持っていったことが、ついこの間のことのようだ。そのタイ人からは時々英文でメールをもらっていたが、私が忙しいとメールにことあるごとに書いていたら、知らぬうちにメールが来なくなってしまった。身から出た錆とはいえ寂しいものである。ゆったりと時間の流れる、かの国には忙しいという概念もないのだろう。忙しさの中で、私は一体何を得、何を失っているのだろう・・。大きな流れに自ら飲み込まれた私には、それを考える余裕もない。幼い頃、私は春が好きだった。春になると、何かが起こる気がした、何かが変わる気がしたものだ。嬉々として、柔らかな日差しの照りつける近くの野山をかけずりまわった。つくしを採り、新しい友人との遊びに夢中になったものである。クラス替えになると、必ず決まって1人、2人は気になる女の子が現れたものである。そんな中の一人から、ほぼ全てのクラスの男の子や私が牛乳のキャップを集めているのを知って、ある日当然、「これ、あげるね」と、紙袋一杯の牛乳キャップをもらったことがある。クラス1の人気者の彼女がなぜ、私のためにコツコツと牛乳キャップを集めてくれたのだろう・・。小学6年のときに私は引越しをした。引越しの数日前、学年でも人気の高かった女の子から告白された。それは確か、春の日の雨の夕方であった。誰でも、春には淡い想い出があるというものだ。この季節になると昔海辺の道をバイクで気持ちよく走っていたことを想いだす。毎年、私自身時間の流れは速まる一方である。今年も知らぬうちに夏を迎えるのだろう。今年は全ての時間を仕事に捧げよう。所詮仕事、されど仕事である。年内に15店舗まで展開するつもりだ。来年には30店舗、その次の年には50店舗・・。先日30日間の免停通知が来た。たまには違う時間の流れに身を置きたいと、朝から免停講習に出かけた。一方的に話を聞かされるのは辛いものがあったが、学生時代に戻ったようで不思議な気分である。この歳になると、そうそう誰かから指導を受けることもない。自分と向き合い、プレッシャーと使命感の波の中に呑まれてはいても、ときどき必要になるのは、日常からトリップできる特別な時間を持つことである。夜な夜な飲みに行ったり、若い頃のように熱く夢を語るようなことでは、もはや我が魂を宥めることなどできないのだ。この春20年前からずっとやりたかった、あるスポーツを始めようと思う。では、新幹線で移動に向かおう。 NOZAKI KEN
2005.04.25
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京都店をOPENさせた。明日は静岡店をOPENさせる。正直私の体は限界に近く疲労が蓄積している。特に首周りは慢性的な疲労がこびりつき、昨日は念入りに首に集中して疲労回復効果の高いジェット水流をあてつづけた。同時にひたすら泥のように眠り続けた。この程度のことだが、まだ36歳の身。今日にはかなり回復している。私がこのビジジネスを行ってからというもの、連日何人もの人間が何かを取引しようと私の携帯に電話をかけてくる。以前からお世話になっていたり、高い提案能力を持つ人物からの電話であれば時間も空けようというものだが、そういった連中の90%に、私は興味も用もない。分刻みで業務をこなし、次から次へとやるべくことが発生する我が身、社長という立場にいることも加え、忙しいという文字の如く、心を亡くしている状態が続いているのだ。本来ならもうこの時期にはセミリタイアを実現していたであろう。元もと私は社長などには向かぬ身であり、興味のひとかけらも無かった身である。運命のいたずらで、たった数ヶ月で15名の社員がいる会社になってしまった。この調子で行くと50名の社員にはなろうというものだし、100名になってもおかしくはない。少人数高収益、独創性の高い、オンリーワンビジネスを目指し、ひたすら実行していた私としては、大いにとまどうというもの。しかし、人は流れていく。6ヶ月前の私と今の私では別人の環境にいる。ということは、また6ヶ月先にも環境が大きく変化している可能性もあるのだ。とにかく人生でバランスを取るということは非常に難しい。ビジネスとのバランスを取るためにも自分を解放する何かが必要である。趣味、酒、旅、女、車、釣り、ゴルフ・・。ほとんどの男は、こういった何がしかでバランスを取っていることであろう。私はやはり酒と旅であろうか。なぜなら自分自身を喪失させることができるからである。何者でもない自分になれることがいかに大切であるか。途中下車のない、人生の急行列車に気がつかぬまま乗せられている殆どの連中は気がついているのだろうか?私は知る由もない。また、何者かでいることにこだわる猛者、つまり成功した人間やビジネスエリート、凄腕の経営者などは、どんどん深みに嵌っていく。高級車に乗り、若い女と遊び、夜な夜なグルメ、私もこういった連中と同じような行動を取ったこともあるが、それほど面白いものでもなく、何よりも何者かでいることを維持しないと、それは手の平からあっさり滑り落ちて行く性質のものである。彼らは、所有とこだわりの束縛から永遠に解放されないのだ。人は生れたとき、誰も何物でもなかったし、少年時代くらいまではそうであろう。その頃は精神的に全てがパーフェクトに近い状態であったのではあるまいか。人の苦悩は、何物かになろうとしたときから始まるのだと思う。リトルリーグでレギュラーになる。あの有名高校の学生になりたい。でも、あなたが何物になろうと、どれだけ地位や名誉、お金を手にしようと、生きる本質を魂で捉え、ニュートラルに生きるほうが本当は豊かじゃないのか、そういったことを日々考えつつ、理解し、私は何者かを演じている。私が何者かでいることを放棄したとき、あの人は偽物だった、嘘つきだ、裏切られたと、責任を放棄した、と思う人もいるのだろう。私の感性は、特にこの国では法に縛られ、世間に縛られ、モラルに縛られ、信用に縛られ、立場に縛られ、とても窮屈がっている。いつの日か、何物でいることから開放され、魂の故郷に戻れる日を手にしたいと思う。あるニ人の偉人が言っていたが、運命は決まっている。しかし同時に自由であり、変更可能であると。最近何となくこの意味が分かりかけてきたような気がする。嘘のような話だが、自分の先を読むことができる、あるものもの入手することができた。ここでは明かすことはできないが、自分で見つけることができるはずである。 KEN NOZAKI
2005.04.06
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名古屋で3名の新スタッフ候補の面接をたあと京都に向かった。今手掛けているビジネスの2店舗目の引渡しがあったからだ。後2日後には静岡の店も完成し、引き渡される。忙しさも峠を越えた。しかし、成熟ビジネスに参加している身、先行組の牙城を切り崩すためにも今度は一つ一つのことを深堀していく作業が待っている。私は数年間、このビジネスをどこまで大きくできるかというゲームに体を張って参入する。だからこそ、しょぼい結果に終わるわけにはいかないのだ。全国の誰でもが名を聞く店にまで上りつめる気でいる。そして、それだけの能力が手前味噌だが、私自身、そして私が今までの人生上で築いた人的ネットワークをもってすれば十分可能だと考えている。ビジネスは麻薬のようなもの。恋愛や欲しいものは手に入るまでが愉しいが、ビジネスは日々自分自身と否が応でも向き合わされる。だからこそどこまでもクリアし続けないといけない。クリアするたびに快感を得る。とても困った麻薬である。私は小手先での金儲けはかなりこなしてきたが、今回は性質(たち)の悪い女を相手にしているようで日々気が抜けない。ま、明けない夜はないのだから何とか動いていくだけだ。昨夜は、先斗町で旨いものをしこたま食べた。もう10年近く通っている店である。その近くの老舗のバーにも7年振りに顔を出した。テンポの良い会話とラリックの器、バカラのグラスでバーボンソーダーを何杯も放り込みながら深夜2時まで飲(やり)続けた。私に酒は手放せない。これから全国に進出していく。その街々でこんな飲み方ができることを愉しみにしていくのもいいものである。バーを出る。先斗町の殆どの店の灯は消えている。もう春だというのに肌を刺す寒さだ。ジャケットの襟を立て背中を丸める。酒で何とかごまかして埋めた、私の心の隙間に寒さが忍び込む。漆喰の真夜中の夜空には雪が舞っている。もう1軒行こうと思ったが、そのままホテルで眠った。 KEN NOZAKI
2005.03.27
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前号を書いてから1ヶ月以上の時間が経過した。この間私はビジネス一辺倒であり、コラムを書く余裕さえ取ることが難しかったのだ。許されよ。私は3月末~4月初めにかけ、3店舗同時に立ち上げる段取りをしていたのだ。忙しさの峠は越えた。東京汐溜のホテルにいる。先ほどまで某老舗ホテルにて結婚式に参加をしていた。長い披露宴であった。ナレーターは新郎の妹の友人である某TV局の女性アナウンサー。身近で彼女を見るとごく普通の女性であるが、さすがに知性に溢れていた。終焉は午後20時30分、日々の疲れを癒そうと併設のスパに向かった。ホテル滞在者は3000円でスパを利用できる。都会のど真中でリゾート気分、なかなかいいものだ。時間的には45分程度であったが、ある程度のリラックスを得られたことに私は満足をした。最近東京に宿泊するときは、あえて最近OPENをしたばかりのNEWコンセプトホテルに好んで泊まることにしている。今の私は、過去5年自らが築き慣れ親しんだ方法論や価値観を全て壊すべきだと考えている。この方法で築くことのできる人生の限界を感じたからである。そんな気分の私に、こういったNEWコンセプトホテルは上手く心を刺激してくれる。自分で言うのは何だが、今回のビジネスで私は全国展開を成し遂げることになろう。スタッフとて50名以上、否100名を超える会社となる可能性もかなり高い。多分、3年以内にそういった状態になろう。その頃には、この5年間無理をした幾つかが報われることにもなろう。そういう意味では、このコラムを読んでおられる皆様は、私というビジネスドンキホーテの人生劇場の一部が垣間見れるというわけである。多くの成功者や有名人が世の中にいるが、その人の苦悩や日々の行動を垣間見る機会などまずはなかろう。成功を手にしたから、有名になってから取材や出版を通じて彼らの多くはメッセージを発するが、私のようなチャレンジの真っ最中にこういった発信をしている物好きなど殆どいないはずである。私も文から何かを感じてくれると嬉しいものだ。人は死に向かうまで、彗星の尾の如く、人生の数多くの塵(ちり)を撒き散らしながら流れていくしかない。それが生きることの掟であり、性(さが)である。5年前の私、10年前の私自身を想い出すと、まるで懐かしい友人と出会ったような不思議な気分になるのだ。今こうやって、東京のウォーターフロントの夜景を左手に眺めながら、カウチソファに寝転んでいる今の私を、何年か先の私自身が記憶の中の破片を辿っていつか会いに来るのであろう。だからこそ、今日そのものを個性的に生きる自分自身でいたいものである。インディビジュアリティ。人はそう生きてこそ幸せである。私の定義の一つである。春の足音が聞こえている。歳を重ねても、春には何か心を浮き足立たせるものがある。今年の春は例年にも増して忙しくなりそうだ。まずは4店舗出店達成に独酌!KEN NOZAKI
2005.03.06
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2月3日東京18時22分、赤坂プリンスホテルの17階の部屋より。今でこそ幾つものスノビッシュなホテルが都内に建ち並んでいるが、ここは過去一世を風靡したホテルだけあり眼下を望む眺望はさすがに気分がいい。部屋の広さも十分確保されている。このまま外に足を伸ばさずともこの部屋で朝まで過ごしてもいいな..という気分。昨夜も朝方まで知人社長T氏と酒を酌み交わしていた。加えて日々のハードワークで私の心と体は限界ギリギリ。ただ寝るだけならビジネスホテルで十分事は足りる。せめてものご褒美、そこそこのホテルに泊まることは許されよう。19時より友人と落ち合うはずだったのだが急遽彼に用事が入り、私の予定がすっぽり空いてしまった。他の人間を呼び出して夜の街に繰り出してもいいが、なぜか今日は独りでいたい気分。後で酒でも買い込みホテルの部屋で独り飲ろう..男(いや、女も)は時々独りになることは大切なのだ。日々のしかかることを体で受け止め、疲れ果て、そして眠る。私の場合はこの繰り返しと言っても過言ではない。何を求めてこんなに走っているのだろう?自分でも良く解らない。大切な何かがいつも指の隙間から滑り落ちているような暮らしぶり。赤プリには5ヶ月前過去の人物となった事務所前の道を歩いてやって来た。信じて交流をしてきた人物である。彼のビジネスに可能性を感じ、自分なりにプランを描き、3年間の月日を費やしてリスクを賭けそれを遂行した。だが夢と成果が掴めそうな目前に彼からの裏切り。どうにもならない過去のこと。ある意味崩れ落ちて良かったのだとも思う。彼の事務所前の街並みは何一つ変わらない。私の暮らしと心だけが静かに変わった。そのことに戸惑う自分。だが全ては流れている。何一つ留まるものなどこの世の中には何もないのだ。自分で仕事を行うようになり多くの人達と出逢った。多くの人達が私から過ぎ去り、私自身も多くの人達の前から過ぎ去った。多くの魅力ある人物とも出逢い、多くの素敵な女性達とも出逢った。毎日がお祭りのような日々。8年間続いた。膨張拡大を繰り広げた私の第一ステージの幕が下りた。今の私に残っているのは燃えカスなのだろうか..見慣れた街並みや景色はそのままでも確実に第二幕が始まっている。36歳、もう若くはない年齢にはなってしまったが、第二幕は、第一幕とは違う人間劇を演じていこう。また多くの人達と出逢うだろう。夕食を一人で食べるのも味気ない。数人に連絡をしてみる。今夜に限って誰もつかまらない。1年に1、2度の珍しい夜。独り街に出てみる。有楽町線で銀座に向かう。食べるならしんみりラーメンだ。私の好きなラーメン屋に向かう。時計に目をやる。まだまだ夜は若い。一瞬クラブにでも飲みに行こうかと頭を過ぎる。だが数時間気分を良くしてもらうだけで7、8万円払う気分に今宵はなれない。酒を買い込みホテルに戻ることにする。東京湾というルポルタージュ本を買い込んだ。ソファに寝転び、本と夜景を眺めながらの独酌。悪くはないな..東京駅、朝。「グリーンシートも株式店頭公開並に活発になるそうだよ」。どこかのビジネスマンが語っている。3月、私が監査役をしている会社もグリーンシートに登録になる予定だ。私はコートの襟を立て静岡に向かった。冬 NOZAKI KEN
2005.02.03
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005年が明けた。6日から仕事をスタートしたのだが、時間が取れず、このコラムを書くのが今日、1月16日になってしまった。私ごときのコラムでも見に来ていただいている方がいるのと、私自身の頭や心の整理にもなるので、時間とのバランスを取りながら今年も何かと書いて行くたく思う。ということで今、実はバンコク(タイ)に来ている。2004年度はタイに4回程行っているので今回で5回目である。空港を降り立ったと同時に熱気に包まれるかと思ったが、今回の滞在期間中は割りと涼しく過ごせている。日本で言うと秋のような気温である。2005年から再構築を考えていたビジネスに必要なビデオ撮りの仕事を兼ねて来てはいるが、やはりタイはのんびりできる。お正月で休んではいるが、体の疲れは取れても、心の疲れまではそう簡単に取れるものではない。それは国内の高級温泉旅館に泊まっても、夜な夜な夜の街に繰り出し、楽しく飲んでもそうである。私に限って言えば、高級マンションに住み、非日常的仕様の外車を乗り回し、仲間とワイワイ騒いだところで、キッチンの壁に染み付いた油汚れのように、心の疲れまでは決して取れることはない。ところが、海外に旅をするとすっかり素に戻れる自分がいる。雑踏に呑み込まれ、多人種の交じり合うこのような異国に来ると、心の底から、力まなくてもいいのだと自分の潜在意識が脳に指令を出すのだろう。1日の流れが、日本の3日分相当に感じられるほど、ゆったりと流れるように思うのだ。今回私が現地で使ったお金は日本円で3万円である。驚くなかれ、3日間経過した今でも私の財布にはタイバーツがそこそこ残っている。感覚的には日本で同じようなスタイルで過ごせば、軽く15万円程度使って過ごした充実感なのだ。先ほども、日頃のハードワークで凝りに凝った私の上半身をタイのおばちゃんが1時間揉み解してくれた。たったの300バーツである。すっかり気分の良くなった私は、ホテルの部屋でこうしてこのコラムを書く気になったというわけだ。私は、日本にいるといつも頭の中は秒刻みで色々なことを考えている。一種のクセである。それは、まるでお経のように脳裏をこだまし、私自身の心を縛り付けてくる。「こうでなくてはならない」「もっと力が発揮できないものか」「自分の責任と義務」「社会の一員として、大人としての立ち振る舞い」「○○才にはこうしていたい」「もっとやれるはずだ」・・。いつも私はこういう言葉に支配され続け、自分を鼓舞し、マシンのように実行して行く。1年が異様に早く、それでいて一進一退の日々。幾つかのビジネスを進行し、多分人から見ればオモシロ可笑しく生きているように見えるだろし、自分でもそう思う。でも、このようなゆるやかな時の流れに身を委ねていると、そういったものなどどうでもよく思えてくるのだ。そして心からリラックスする。だからこそ、こうして時々自分を支配する「Do more」と脳内でこだまする言霊から私自身を解放させてあげないといけないのだ。昨日、ある店でタイ人ダンサーの踊りに魅入っていた。エッチな店ではない。彼女は可愛く魅力的で、実に楽しそうに踊っていた。なんだか、そのダンスを見たことで、私自身もまた意欲的にビジネスをこなそうと思ったのであった。心もニュートラルに戻った。さぁ、明日の朝からは現実の国、日本である。今年も飛ばすよ! KEN NOZAKI
2005.01.17
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自分の事務所にいる。外は冷たい空気に包まれている。冬らしい風景が眼下に広がる。私の事務所は13階、今回立上げた店は9階。いずれも最上階である。最上階は気分がいいものだ。しかし、ある年齢を過ぎれば目の前に海が広がるような場所に平地に平屋の和風を建てて住んでみたいものである。価値観は齢を経るごとに変わるもの。その時々で一番心地いいものや空間に触れることが一番の幸せなのだと思う。若造なら見果てぬ夢を追いかけ、いい女や車、ビックマネーを掴もうと思うのも自然だし、私の齢(36歳)頃なら自分の力量の中で心地いい仕事や仲間と触れ合いたいと思う諸君も多いだろう、もっと歳を取ったのなら、ただ穏やかに日常が過ぎ、盆栽や小鳥に語りかける日々こそが最上の幸せなのかも知れない。どの年代が優れている、優れていないとかいう問題ではない。人は、否、動物はそのようにできているものだと私は思う。キャンキャン動き回った仔犬も、年老えば陽だまりで一日中のんびりしているものだし、だからこそ、その時々で価値を感じることに精一杯向き合い、アクションを起こすことが大切だと私は信じているし、少なくともずっとそうやってきている。いよいよ今年も終わる。さらば2004年。くどいようだが今年は走りに走った一年だった。自分の環境も大きく変化した。昨日今回のビジネスの関係者一同と酒を酌み交わした。今回の事業はオーナーと経営を任された私とのコラボ事業である。そのオーナーから来春にはあと4店舗の立上のオファーをいただいた。都内の高級マンションが買える程度の資金を、ビジネスで有効利用して欲しいと彼はいう。すでに富も名誉も成功も成しえた彼でさえも、まだまだ夢を見ている。私も酒を酌み交わしながら同じベクトルで夢を見ている。夢を語ることは楽しいものだ。だがしかし、夢は空想や夜見るものではない。昼間、己の力で実際に手にするものである。やってやるよ。そのための修羅場はくぐり、素地を自身つくってきたつもりである。そういう意味でも2005年度はスタートから飛ばすつもりだ。同時にあと2つの事業も構築する。3つとも全く違う事業だが、この3つの事業に絞れば必ず結果は出るだろう。その喜劇をここの場で披露しようじゃないか。動けば動くほど受ける傷も落胆も多い、人の醜さや汚さも目にするものだ。しかし、そういった中に身を置いてこそやってくる本物の情報や話もあるのだ。理屈や計算どこかで聞いた理論だけを振りかざして、したり顔をしている者に価値ある種子が手に入ることなどはない。私が種子とあえて言ったのは、種子は自分で育てないといけない責任があるからである。初めから果実が手に入ると思うのは、20歳そこそこの小娘だけにしてもらいたいものだ。今私の手元に3つの種子がある。3つとも精魂込めて育てることができれば、いずれ大きな果実が成ることであろう。途中、雨風に晒され、時には日照りが続き萎れ、または小動物に食べられそうになり、その存在自体も危うくなることもあるだろう。それでも手に入れた種子は撒き、育てねばならぬのだ。そんなことを思いつつ・・KEN NOZAKI
2004.12.29
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クリスマスのイルミネーションが華やかに目に入りはじめた。街角の人々も幾分浮き足立っているように見える。毎年、毎年繰り返されるいつものことである。こういった華やかな街の彩りに対して、若い頃ほど別に何とも思わなくなっている自分が寂しい。あらゆることに年々感動をすることが少なくなっている。翻り、辛いことや淋しいこと、そんなものにも鈍感になってきている。つまり、淡々と日常を過ごしているのだろう。人の喜怒哀楽は殆どすべて人間関係からもたらさせるもの。人は、それぞれの事情があり、それぞれの考え方、そして、それぞれの器や思惑を内包しながら人生を生きている。そういった関りをし合うことの中から喜怒哀楽が生じている。そう思うと、なぜか淡々と生きていけるから不思議である。さて、今年も何とか生き延びた。そしていつもの年よりも多くの爪痕を心に刻み込んだ。我が店も今月の目標売上を50%以上、現時点で既に上回るペースで快達している。2005年の始動に向け、今年最後の月くらい自分によくやった、と言ってあげたい。そのためにも手を抜くことはできない。人には全てが変わる、変わらざるをえない時期というものがある。今年の私は正にその時期であった。自分論で何とか生きてきたが、その壁を打ち破る必要性があった。すばしっこく何でもやってきたつもりだが、やはり、正攻法には勝てないことにようやく気が付いたのだ。先日も朝、眠気眼のときに、私の携帯にメールが入った。「こんにちは。ひさしぶり覚えている?とりあえず画像を見て。覚えてくれていると思うから・・」とあった。ぼ~っとしていた私はその画像を見ようとした。するとどうだろう。いきなり出会い系サイトに登録されてしまったのである。しかも、何日までに31,500円の会費を入金するように。と返信が来た。こういうビジネスをしている連中に言いたい。あさましいことはやめな。お金を稼ぎたいのは分かるけど、そんな手段で手にしたお金では次の展開には使えない。なぜかって・・。それが天の決め事だからである。そうやって稼いだお金は、せいぜい夜のお店の放蕩使いに流れるだけ。そこに流れた、あんたたちが悪知恵で稼いだお金を、高級飲食店や美容、ブランド品にお金を使う。つまり、最後には正攻法でビジネスしている人達にそのお金が流れるということだ。悪知恵をプラスに生かし、心を改めて、そういった世界で勝負してみろよ、と言いたい。ま、どうでもいいことだけどね。思っているほど人生は短い。去年のクリスマスからもう1年である。もう1年か・・。そんな風に思っているのは何も私だけであるまい。こんな風に時は足早に過ぎ去っていく。後悔をしないためにも世の仕組みは理解しないとね。PCメールを開けてみる。一緒にビジネスをスタートしたドクターからのメールである。厳しい時期にOPENした割には順調なようですね。春までにはもう1店舗考えたほうがいいかも知れません。資金はあります。見解を示してください。と来ていた。正攻法は楽しいものである。私は、ずるい世界も汚い世界も他人よりは見ているだろう。そういった世界を好きで覗き込んだわけではない。しかし、何も背景を持たぬ私自身が一気呵成に上昇するには、多少荒っぽい動きを必要としたのも事実である。また、そのチャンスもあった。世の中はきれいごとだけではないからだ。しかし、もうその季節は過ぎ去り、進むだけ進むしかない片道切符を手にしたのだ。そんなことを思いながらクリスマスソングの流れる街を歩くのであった。 K.Nozaki
2004.12.14
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店を立ち上げて10日間が経った。我が疲れも濃厚となり、朝起きることも辛いのだが、何とか毎日1件程度の予約が入っている。スタートとしては決して悪くはない。ただ、なみいるツワモノどもと戦っていかないといけないのだから、一寸の余裕もない。ま、こういう世界に、自ら再び足を踏み入れたのだから抜かりなくやっていきたいと思っている。幸い、アイデアは泉の如く湧いてくるので、私は、しばらく施策には困ることはないだろう。疲れが溜まっているのだろう。こういう時は大きなものに包まれていたいと感じる。穏やかな海、荒ぶる海を日長眺めていたいものだ。海に釣り糸を垂れ、魚の心理を読みながら、ぼんやりと時間が過ぎていく。10年前ならこういった時間をいくらでも作り出せたのだが、今ではこんな小さなことさえままならない。時間は作り出すもの。そんな声がどこからか聞こえてくるのだが、したり顔で言うんじゃない、やる時はやらねばならぬのもこれまた人生である。11月の暮れ、その戦いの日々が私に再び訪ずれただけ、ただそれだけのことである。毎晩東京の街で飲み続けた虚構の日々が風の音とともに過ぎ去って行った。もはや記憶に小さい傷として残る幻の残骸である。地下鉄に乗ることが多い。私の前にほのぼのとしたカップルが並んで座った。彼女は終始、小動物のような目で彼の眼を覗き込みながら、彼に甘える素振りをし続けていた。20代の半ばから後半程度カップルであろうか、二人の間に流れる空気は見事に調和していた。ニ人とも何を語るのでもないが穏やかな絆で結ばれているのだろう。私は、降りるまでこのカップルの穏やかな空気に自分自身も癒された。駅を降りた。沢山の人の群れ、現実という名の人波を掻き分けながら私は冬の足音がもうそこまで来ている街に呑み込まれていった。誰かの歌でもあったが、全てはここにあり、全ては立ち去り、そして全ては変わって行くのである。「いい立地が見つかった」友人からのメールである。車を現地に走らせる。なるほど申し分ない立地だ。2店舗目のコインランドリーの企画、今回はほとんどお金を動かすことなくこの立上げが可能となる。負け続けた今年のビジネスアクション、私の空っ風もそろそろこの辺りでやんで欲しいものだ。乗るか反るか、ビジネスも恋愛もただそれだけのことである。とてもシンプルなこと。考えることなど何もない。大切なのは失敗したとき、自分の責任でそのことを咀嚼し、立ち上がる勇気があるかどうかである。眼をつむってみる。胸に手をあててみる。耳を澄ましてみる。OKまだまだ行くよ!俺は。誰に語るのでもない。自分の心の声を聞いているのだ。このリズム、この鼓動、このヒリヒリ、私に、それが聞こえなくなるとき私は生ながら死すだけの存在となろう。否、ゆっくり穏やかに、波のようにそう朽ちてゆければ幸せなことであろう。それにはまだまだ私は若すぎる。全ては一瞬で変わり、手にした全ても借り物である。多くの人が一瞬の幻を求め、自分劇場で演じている。本当に所有できるのは自分自身の魂だけである。朽ちゆく秋風に吹かれつつ、何となく私はそう思った。今年も終わる。KEN NOZAKI
2004.12.05
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25日名古屋駅に今年3件目の店舗をOPENした。今回は私、及び私関連での出店ではなく、ある著名なドクターとの共同事業である。今回はかなりのエネルギーとスピリッツ(魂)を吹き込んでこの事業を開始している。そして多くの皆様の協力をいただきながらのOPENであった。この立上げは、私や私関連の人脈でほぼ全ての立ち上げを行うことができた。関与していただいた皆様にこの場で再びお礼を言いたい。私は俗に言う(と本人談)立上げ屋である。だから立上げまでは、まず他人にそう負けないエネルギーとスピードで持って、どんな業種・業態であろうと立上げを行うことはまま得意である。ちなみに今年だけでも4種の業種の立上げを行った。だが、しかし今回はそれを経営するという使命が私には発生している。いくら著名なドクターを前面に出してのビジネスだとしても競合蠢く美容ビジネス、しかも、既に成長期を越え、成熟期に入っている今回のビジネスで勝利を収めるのは並大抵なことではない。損益分岐に至らない月が3ヶ月は続くと読んでいる。本日もある有名な媒体に広告が掲出されたのだが一件の問い合わせも入らない。この業界ではよくあることである。ま、私はそんなに焦るつもりはない。何故ならこのこと自体は折込済みだからである。上質なワインほど熟成させるための儀式を慎重にしていかなくてはならない。私の計画では3ヵ月後の2月以降がまずは第一の熟成の時期であろうと判断している。そして、数度の熟成(ブラッシュアップ)作業を行うことにより、他にはまず負けないスキームが完成させることができると確信している。その時は、他の店のように広告費をジャブジャブ使って集客することもなかろう。今年もいよいよ約1ヶ月を残すのみである。今年の私は、正に波乱万丈。モスキート(蚊)のように軽快に動きまくり、美味しいと思って吸った血(ビジネス)が実は毒ばかりだったという1年であった。危うく再起不能に近い状態まで追い込まれて地面に叩き付けられたが、どっこい何とか地面からフラフラしながらも飛び立つことができた。そのエネルギーとなったのが、私にとっての夢と勇気とa little money(チャップリンの言葉)なのだ。今の私の夢は、昔のように大金を掴むことでもない。己の信念をジャイロとして粛々とやるだけである。そして、その行動のための勇気も失っていない。動けば、チャレンジすれば、傷つくことは当たり前のように発生するのだ。そして、自分にとって価値ある信念に基づいて動いた結果、手にすることのできた対価がlittleなものでもいいではないか。お金だけでいえば20万円程度しか手にできなかったとしても、自分にとっては大きな対価なのかも知れないのだから。良くも悪くも資本主義社会、お金=その人の価値だと安易に方程式が成立しているが、私は大きな損失(お金も、人も)を経験したことで、この呪縛から少しは開放されたような気がする。叩きのめされたら、休めばいい。ハートがとことん傷付いたのなら、海でも1日中眺めていればいい。大切なのは、次に又出港する勇気を持つことである。私の周りにも、ウジウジした連中がまだいる。難破(損失や失敗)したのは荒波のせい、天候のせい、甘いこと言うんじゃないよ!てめえの舵取りがマズかっただけさ。人生は短い。さぁ、明日は1件位予約の電話が鳴るだろうか。KEN NOZAKI 拝
2004.11.26
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疲れが蓄積していた。私の場合は耳鳴りがし始めるとその限界点である。根を詰める、そういうものでもない。わりと自分の集中力や心のクセを分かっているつもりなのだ。仕事人間のように徹夜をしたり、休みを潰してまで仕事をすることは滅多にない。私は、バランスが取れてこそいい仕事ができ、アイデアが浮かんでくると思い込んでいるので、世間で言われるような仕事一徹のような姿を晒すこともない。そうは言ってもビジネスは戦争である。日中はかなりの集中力を使って、その戦いに参戦しているのだ。話が長くなったが、疲労の限界点を感じたため丸2日間実家でのんびりした。あるビジネスの立地調査も同時に行いに来たのだが、それ以外には寝てばかりいたのだ。よくベンチャー起業家やエリートビジネスマンの会話に、「私は殆ど休むことがない」。「ほぼ毎日徹夜である」。というような話も多いが、私には到底そんな芸当はできない。仕事とは元来メシを食べるための手段だと割りきれればいいのだが、そこに自己実現や夢が加わるのだから、そこまで時間を費やしてしまうのも理解できる。仕事は男(女も含め)にとってゲームのような魔力があるが、ことの本質を見極め、仕事に勝っても人生に負けるようなことに私はなりたくはない。仕事などその日に完璧に完遂できなくとも、その後ろめたさを明日のエネルギーにしたほうがいい場合も多い。かく言う私も、自分のリズムを理解するのに5年程度は時間を必要としたものだ。こういった時期、案外外部から色々なお誘いがやってくる。一見儲かりそうな話や、それなりの立場の方からの話も多い。先日も上場企業の元経営者からお話を頂戴したりもしている。こういったケースは私自身も今後のためにと思うのだが、そうではない場合、その都度数時間は自分の時間を割かなくてはならない。そして時間を調整してお会いしても全く時間の無駄となるケースも多い。つまり私的には何も食指を動かされない話であったというケースだ。時間ほど透明なものはなく、価値ありという名札がかかっていない資産も珍しい。沢山の人と時間を割いて話しをしたことで何故か仕事をしたつもり、儲か(った)るつもりの者も多い。しかし、この時間をコントロールできないと成果を効率良く上げることなどかなり難しい。これは沢山(ビジネス)情報を持っているから成功するものではないのと同義であろう。情報に振り回され、時間の浪費に気が付かず、なぜこんなに動いているのに俺は儲からないのだろう、と途方に暮れている輩の何と多いことか。私もこの手の人をかなり横目で見る機会もあり、また過去自分がこの手の動き方をしていたことの自戒もあり、今ようやく自分らしい動きができるようになった。そんなことを思いながら、いつも自分の隣の影法師(内なる声)囁きを聞きながら少しずつ自分論でビジネスを推し進めるのであった。では寒いですが皆様も風邪など引かれないように。KEN NOZAKI
2004.11.16
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秋晴れの中、新幹線で東京に向かっている。朝から法人の株式化、組織変更のために税理士のO先生とお会いしていた。連日のハードワークのため疲れが溜まり、朝起きることができず約束の時間に30分も遅れて到着してしまった。そんなポカをしてしまった私にも気遣いをしてくれる懐の深い方である。さて、やっと新ビジネスの立上げのほうも70%位までには漕ぎ着けてきた。しかし、まだまだやることが多く11月25日のOPENまでに約2週間私は息つく暇はないだろう。完全なる正攻法で私はどこまで事業を拡大できるのだろう。最近そんなことを考えるようになった。案外いい線を行くんじゃないか。否、何とか自分が潤う程度のマスターベーションで終わるのかも・・。自信と弱気が入り混じる。それでも何とか自分の勇気で推し進めている。特に今年はスランプ続きだったのでいつものような断言癖さえ出ない。笑。東京は品川に到着した。この街も大きく変貌したものだ。私は3年ほど前まで、品川にある企業の仕事をしていたのだがその頃と比べると建物がやたら立ち並び今やホットスポットと化している。到着後知人のT氏と昼食を共にした。私が今回のビジネスを大きくすることができたならぜひご一緒したい方でもある。「俺もこのまま歳を取る気はないから」。との言葉に私も「やらねば」と心に刻む。昼食後次の打合せに晴海トリトンに向かう。9月まで私もマンションを借りていた場所だけに複雑な気分になる。それにしてもエリアとして最高である。企業家のI氏とサンフランシスコ在住のM女史と某ビジネスの打合せを行う。2時間弱の打合せであったが大分と話が現実的なものとなった。このビジネスには私は殆ど手間がかからない。M女史がサンフランシスコに住む中で長年暖めてきたビジネス案であるからだ。ご縁と意識の上手く摺り合えば私は参加するだろう。途中携帯の電話が鳴った。あることで私と会いたいと言って来た人物からの、何とドタキャンの連絡である。今回の東京はこの人物と会うために時間を割いたと言ってもいい位なのに「おいおいそりゃないだろう」。という感じである。申し訳ないが、この人物の電話番号とメールアドレスは早速削除したのは言うまでも無い。自分の生き方が変わるとき、変えたいとき、不必要な人物のデータを私は消すことにしている。私が特にキライなのは約束を守らない人物、自分本位の視点から向上しようとしない人物、いつも計算しながら人から利だけを引き出そうとする人物、こういった連中と付き合うのはゴメンである。打合せが終わり時間がポッカリ空いてしまったので友人のA氏に連絡を取り、新橋で夕食を共にした。華やかに更け行く東京を後に、し新幹線に飛び乗った。さあ明日からいよいよ新ビジネスの追い込みである。
2004.11.11
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10月27日~11月2日まで新規プロジェクトの立上げで東京にいた。滞在場所は浜松町のウィークリーマンション。9月末まで1年間晴海の高層マンションに部屋を借りていたのだが、こういう場所で寝泊りしていると初心に戻った感じがする。私が最初に東京でも部屋を持ったのが1999年の8月、そして最初に住んだのがホテルのシングルルーム仕様のマンションであった。あれから5年、幾度か引越しを経験。しかし色々な環境の変化があり常駐する部屋は必要なくなってしまった。だからウィークリーマンションに滞在していたというわけである。2004年は年明けから早々やきにくBARの立上げ、3月にはエステサロンへの投資、5月にはコインランドリー、7月にはタイロングステイビジネスの構築、そして今回の新規事業と何と2ヶ月ごとに新ビジネス立上げに心血と資金を注ぎこんだのである。しかし今年は散々な敗北を味わった。上手く行ったのはコインランドリー事業だけである。お金を捨てたビジネス、スタック(立ち往生)しているビジネス、今年のビジネスの風は私に流れなかった。過去は過去でありこれ以上ウジウジする気など毛頭ない。そういう意味で今回の新規ビジネスは私の全神経を注ぎ込み、死ぬ気で成功させるつもりだ。今回は良きパートナーを得ることもできたのでいい流れを作ることができる様な気がしている。風の流れとは面白いもので私が東京に滞在しているときに、以前200名程度の社長を務め、今はあるベンチャー企業の部長を始め、数社の企業マネジメントを勤める辣腕企業家I氏より連絡をいただき「サンフランシスコより10年来の知人が来ている。その方の考えるビジネスの話を聞いて欲しい」との連絡をいただいた。この連絡をいただいたとき、たまたま彼らは目黒で打合せをしており私は渋谷で用事をこなしていたから、渋谷のセルリアンタワーでお会いすることとなった。話はアメリカでは各ブロックに1つは店舗はがあるというあるビジネスの話である。(守秘義務上ここでは書けない)私と会ったとき、その方(M女史)は既にラフの企画書と自作のビジネス使用上のマンガを手に握りしめていた。M女史の話を聞くと、なるほど面白い展開のビジネスであることがすぐ想像できた。ただ、このビジネスを形にするには日本の土壌に合うように修正点も感じられるが、こんなビジネスが日本に今まで無かったほうがおかしい位、現実的な内容であった。いずれにせよ興味を持ってしまった私は1日じっくり考えて協力できるものかどうかの判断をしないといけない。彼女は7日にはアメリカに帰国するという。それまでに一度お会いしたいと・・。風に吹かれつつこの流れがホンモノなのかどうかをぼんやり考えていた。過去のコラムはこちらから⇒http://nagoya.cool.ne.jp/watwatwat/asocci8corum.html
2004.11.04
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経営情報ウィークリーをご覧の皆様お待たせしました。今回からこちらのブログを利用させていただき週1回程度の発信を行っていきたく思います。初めてご覧の皆様こんにちは。2年半に渡り、独自のHPで経営と情報に関するコラムを書いておりました。ご覧になりたい方はこちらにアクセスください。http://nagoya.cool.ne.jp/watwatwat/asocci8corum.html10月はあくせくしながら日々が経ってしまった。私のほうはある新規ビジネスの立上げに奔走している。今回のビジネスは成長期の1、2歩手前のビジネスと判断しているからブレイクすれば大きな果実を手に入れることができるものと思う。ビジネスには導入期、成長期、成熟期と大きく3つの段階に分かれており一番成功しやすいのが成長期の初期に仕掛けることができた場合である。しかし中々この成長期にあるビジネスを見つけ出すことは難しいものでもある。コンビにでも携帯電話ショップでもこの時期を上手く捉え勝負をかけた所はそれなりに成功を手にしているのだ。そして上手くこの流れに乗り資産を築くことができたのなら、なるべく同じビジネスを深追いせず普遍的なビジネスに投資をする。そうすることにより仕掛けたビジネスが成熟期を迎え、そして衰退したとしても何とか投資した普遍的なもので最低限の飯は食べ続けることができる。普遍的なビジネスとは立地や構造がしっかりしているマンションや駐車場、私も経営しているがコインランドーのようなものでもいい。とにかくカッコよくなくてもいいから、あまり時代に流されないものに投資すべきである。そして又時代の流れに合った成長期のビジネスを探し出せるまでじっと機会を待てばいいことである。私はこのようにして自分の人生設計を行っていくつもりである。要はカッコいいことをするより、人からスゴイですね~。と言われて一時期成功するより、負けない人生を構築するほうが大切だと個人的には思うのだ。さて、私も久しぶりに成長期前期にあるビジネスと出会うことができた。何とか形にして行きたいと思う。明後日からはその技術を自分のものにするために1週間程度東京へ出張となる。9月で東京のマンションを撤退したので今回はウィークリーマンションに滞在する。又新しいスタートである。ワクワクするがその分プレッシャーもある。では又後日! NOZAKI KEN
2004.10.25
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