しゅしゅの、のほほん日記
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出産後、実家で1ヶ月を過ごし、ようやく自宅に帰ってきました。出産に際しては皆様からの暖かいコメント、ありがとうございました。慌しい毎日でなかなか時間が作れませんが、これからもよろしくお願いしますね♪まずは出産記から・・・3月22日ドキュメントAM1:00違和感のある腹痛で目が覚める。トイレに行くと血液の混じった、水が少量ジャーっと流れる。破水?病院に電話、感染症の恐れがあるのですぐきてださいとのこと。夫を起こしてタクシーを呼ぶ。AM2:00タクシーで病院着。診断の結果、破水は間違いないとのことで即入院。しかし子宮口は全く開いておらずベビーも降りてきてない。病室が開いてないとのことで、陣痛室で担当のDrが明朝来るまでそこで過ごすことになった。GBS陽性反応が出ていたので、予定通りパンスポリンの点滴投与。AM9:00担当Dr到着。この時点でも相変わらず子宮口は全く開いておらずベビーも降りてきてない。(T_T)朝から陣痛促進剤を投与しできるだけ今日中に出産することになった。遅くても明日じゅうに出産させます、という説明を受ける。AM10:00陣痛促進剤点滴スタート。20→40→60と増量。(怖い)痛みは徐々に増し、途中から時計が見れなくなった。陣痛は・・・例えて言うなら、ウルトラスーパー浣腸剤を5分おきに大量投与されている感覚。痛くて痛くて気が遠くなりそうなのに気を失わない。(そういうふうにできているのだろう)すぐそばの窓から今すぐ突き落としてくれ!と思うくらいの痛みに七転八倒。そのうち全身が脂汗にまみれ、助産婦の言葉にも反応できなくなるほどに。しかーし!!この痛みでまだ子宮口3センチ!気が遠くなりそうだった。思わず「お願いだから切ってください」と叫んでしまう私・・・そこでやっと助産婦が「無痛分娩希望ですよね。担当Drに確認してきます」PM:2:00?無痛分娩の許可。早速麻酔医が処置にやってくる。もう背中だろうが尻だろうが麻酔ぶちこんでくれ!という心境。うなり叫びながらじっと耐えていると、みるみる痛みが遠のいていく。やがて生理痛の痛み程度に落ち着いてきた。その時の気持ちは今も忘れない。ほんとうに地獄から天国。麻酔医に何度もお礼を言ってしまった。無痛分娩の威力はすさまじく、30分後に5センチ開き、さらに30分も経たないうちに全開となり、スタッフを唖然とさせた。でも無痛処置後、一気に子宮口が全開することってよくあるみたい。しかし!肝心のベビーが降りてこない!!PM3:00過ぎ麻酔のせいでどうしてもいきめない。必死でいきむのだけれど、やっぱり普通分娩のようにはいかないみたいで、ベビーもがんとして動かない。助産婦から「無痛分娩処置は夕方4時までと決まっている。このままだったら、4時になったら麻酔を打ち切るしかない」と言われ、青くなる。「打ち切るってそんな…打ち切ったら麻酔をかける前と同じ痛みが戻るのですか?」と訴えると「すぐには戻りません、しばらくは効いてます」これはなんとしてでも産まなければ!4時までに!と必死でいきむいきむ!何度もいきむ。が!やっぱりベビーは降りてきてくれない(T_T)PM4:00過ぎついに麻酔打ち切り…(ノ_・。)死に物狂いでいきみを繰り返す。何度も。何度も。PM5:00あぁ無情。やっぱりベビーは降りてこない。しかもサイアクなことに、陣痛の間隔が延びて行くではないか!このままでは明日仕切り直しになると聞いている。あの麻酔をかける前の痛みを再び味わうなんて冗談じゃない。と思っていたら「この分だったらなんとか出産できる、もう分娩室に行ってしまいましょう」とDr。あーこれで産める、産めるのだ。明日仕切りなおしなんてとんでもない事態だけは避けられた。分娩室に異動し、3回か4回目のいきみの時、一番体重の重そうな助産婦さんが私のお腹にのっかり、担当Drが吸引でベビーを取り出した。出生時間は17時10分。出産時間は陣痛促進剤スタートから7時間ちょっと。安産・・・な方なんだろうな。今思えば。出血量は650mlとやや多め。出産数時間後、看護士から歩くよう言われるんだけど、めまいとふらつきでしばらく歩けなかった。
2005.04.30