1988年1月、イギリスとオーストラリアで、セカンドシングル「ラッキー・ラヴ(I Should Be So Lucky)」を発売した。「ラッキー・ラヴ」は、イギリスの「ユーロビート」のヒットメーカーチームであるストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock-Aitken-Waterman)のプロデュースだった 。
同年6月、3rdシングル「ガット・トゥ・ビー・サートゥン(Got to Be Certain)」がイギリスで発表された。
同年10月、イギリスで、4thシングル「涙色の雨(ジュ・ヌ・セ・パ・プークワ)(Je Ne Sais Pas Pourquoi)」を発売した。
同年、日本で、ヘイゼル・ディーン(Hazell Dean)のカヴァー曲「愛が止まらない(Turn It Into Love)」を発売した。
1990年代以降、アイドル路線から歌唱力に比重を置いたプロモーションに変更したが、人気は逆に低迷してしまう。この間にアメリカ映画『ストリートファイター』(1994年)にキャミィ役で出演する。この年カイリーはレコード会社を移籍。"Confide In Me" を含むアルバム『カイリー・ミノーグ』(Kylie Minogue) を発表。アルバム名に自分の名前を冠したこの作品はカイリーの再デビューとでもいうべき、記念碑的な作品となる。しかし売り上げ的にはあまり振るわず、再度レコード会社を移籍することになる。
2000年にアルバム『ライト・イヤーズ』(Light Years) を発表。カイリーの歌唱力と大人の魅力を余すところなく表現した "Spinning Around", "On A Night Like This" などがヒットして人気が復活する契機となった。1990年代はピンナップガールのような露出の仕方で知名度を保っていたが、この作品群をきっかけに音楽活動の主体となっていたイギリス内でセックスシンボルの地位を確立する。
追い風に乗ったカイリーは2001年にアルバム『フィーバー』(Fever) を発表。"Can't Get You Out Of My Head" の大ヒットによりデビュー直後を上回る世界的な人気を獲得する。
2007年12月に10年ぶりの来日、アルバム、香水のプロモーション、日本テレビ系『Music Lovers』にゲストライブ、番組内で"can't get you out of my head"、"I should be so lucky"、"2 hearts"を熱唱する(2008年1月20日。カイリー自身がテレビメディアを通して、日本でツアーをしたいとコメントしていた。)
2008年2月に、2ndシングル「WOW」が発売、2008年2月にEURO ONLY シングル「IN MY ARMS」を発売。『SMAP×SMAP』にゲスト出演。2008年4月に、アメリカでアルバム『X』が発売。2008年3月に、USA ONLY シングル「ALL I SEE」を発売。