2003年07月30日
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 [なにもいわないで]



 悩むったって たかだか六畳半の闇の中で。

 ああ あの雲の広さって いったい何畳分ですか。

 やさしい気持ちでいたいって
 それだけなんです。

 ほんとうに ほんとうは
 ただ それだけのことだったんです。




 *2003.07.30






映画『アカルイミライ』の撮影現場のドキュメンタリー『曖昧な未来』を、先週DVDでやっと観ました。
黒沢清監督の言葉はどこまでも真っ当なのに、それだけに鮮烈に印象に残りました。

 「体しか見えないのが映画。心理を描いた人間ドラマは作りたくない。」

“体しか見えないのが映画”というからには、監督の頭の中にはハッキリとしたイメージが完成されていて、

監督の指示は、「どっちでもいいや」「考えてみてください」などいたって曖昧としたものばかり。
役者も、スタッフも、監督自身までも、答えはわからないままに撮影が開始され、監督が判断していく。
そして、そうやって生まれたシーンの数々は、つくりものである映画とは思えないほどの「リアル」さを持って迫ってくるんです。
あたかも、“人間の行動にはすべてに意味がある”という理想めいた嘘を容易く暴き出すように。

『アカルイミライ』では、登場人物の心理を描かないように細心の注意を払っていたつもりが、
避け難く心理が浮き彫りになった、と話していた監督。
現場の撮影や編集作業において排除された「リアルではない(人間らしくない)体(役者の動き)」とは、「意味やイメージなどに捕らわれた心理が支配した体」であり、つまり“体=心”と言えるのかも。
そして、不純物だけが除去され、結果的に残されたのは“「リアル(人間らしい)な体」=「リアルな心」”だとも。

「心理」を描かないように排除し、目に見える「体」だけを追い求めた結果、意味や解釈を加えなくても体(動き)だけで純粋な心理が浮かびあがる。

その快感。
文字をどれだけ読んでも味わえない体験。
映画ってのは、いつまでもそうあってほしいなぁと思います。



(「映画はしばらくはなくならないでしょう」の言葉に続けて)

 「(自分は他の客と)一体化しているか、孤独か。
   そういうことを知る場、それが映画ですね」

以前、何かのインタビューで「ぜひ映画館で観てほしい」と話されていた監督。
迫力が違うからとか、そんな理由ではなかったんですね。
この言葉は、黒沢監督の映画観、ひいては人生観までもが図らずも現れてて、
映画の魅力とも直結しているように感じられます。
ま、ゆくゆく考えてみまーす。

ああ、なんだか今日はエラソーでした(笑)。わかってます、ハイ…。




そんなこんなもあって、
言葉でなく、見て伝わるものがほしいなあーと思い、写真をアップしてみましたー。 
左のスペースにある「いつかの散歩道」です。
お時間があれば、ゆっくりと眺めてもらえたらうれしいでっす♪


仕事が落ち着いたら、またごゆるりと。
かまってくださいねっ!!







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最終更新日  2003年07月31日 02時40分00秒
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