ぎょうこママ30代の日記

ぎょうこママ30代の日記

これは トラウマに・・・?まさか・・・?


私が物心ついた頃 既に両親は離婚していた 父親の顔はうっすらと記憶にあった
でも 私は ママさえいれば満足な子供でした、 幼稚園に通いだした頃 祖父母の
家の近くで 母と私は文化住宅に住み 生活をしていた。女の子だというのに
私は まるで男の子 いや 男の子以上に腕白すぎて しょっちゅう近所の友達の
家へ 謝ってまわったのを よく覚えてる、 幼稚園は 毎朝8時に家の近くにある タバコやさんの前に送迎のバスがくる それに乗り遅れると 保護者は自転車や自家用車などで送るしかない 自転車で約15分ほどだったでしょうか?
歩けば 大人の足でも30分以上は・・・でも私は 先生に納得のいかないことで
叱られたりしたら 園の金網を(高さ約2m50cm)よじ登り 園を脱走してしまう
ちょっと手のやける やんちゃな子供でしたが ママが誰よりも大好きな甘えん坊
そんな 私が4才の頃 確か冬に入ったばかりではないかと  突然夜中に 目が覚めてあたりを見渡しても やはり母の姿はドコにもみあたらない 2間しかない狭い家の中を私は 叫びながら母をさがしました だけど母の姿はなく 不安で寂しくて寒い夜の静まりかえった部屋に一人ぼっちで母を待つことは いくらやんちゃで生意気な子供とはいっても たかが4才の女の子です。たった一人の大好きなママがいないって事が どれだけ辛いことでしょうか?私はベットにもぐりこんで泣きながら母が早く帰ってくることを 思いつづけ 待っていましたが、さすがに4才の子供です・・睡魔にはかなわず いつの間にか眠ってしまった。そして
朝、目がさめて母の姿がやはりないと言う事に気づき 私は薄いパジャマ姿のまま 上着も着ず素足で家を飛び出し 泣きじゃくって近くに住んでいた祖父母の家へと走って行きました。玄関扉を「ドンドンドン。。じいちゃん!ばぁちゃん!・・開けて・・ママがおらんねん・ママが帰ってこないねん 」と・・・
祖父は 慌てて鍵をあけ 冷たく冷え切った私の体を抱きかかえて 家の中へ
そして 私は何がおきたのか わからず 母の安否をきにしては ずっと泣いてた
その時の私は まだ母を信じていたので 何も疑ったりはしなかった まさか・・母に置き去りにされたなんて 思いもしなかったのです
どんなことがあろうと 私の側に居てくれるものだと信じていい筈の母親が 突然私を置き去りにして家を出ていった。4歳の私には 耐え切れないほどの ショックを受けてしまいました、その後すぐに私は祖父母に引き取られ 養女という形で可愛がって貰ったけど、毎晩の様に「ママ!ママ!」って泣いてた…自分が言う事聞かないからママにきらわれたと思ってた。1年くらいたってある日突然幼稚園に母があらわれた時 ママに「ごめんなさい!これからは絶対に言う事聞くから私の事嫌いにならんといて」って泣きながら言ったのは 今でも忘れられない
祖父母に酷く責められてる母を見て可哀想だと思っている私・・「ママは悪くないねん!私がが悪いねん!お願いやからママを怒らんといて」って頼んだ時 祖父母も勿論のことですが 母は泣いてた…私は母に「もう、どこにもいかんといてなっ絶私と一緒におってな」と5歳の私が泣いてすがった。それから母と又一緒に暮らしだしたけど数ヶ月後又 母は夜中私が寝てる間に荷物をまとめて出ていった。
信じていい筈の母が誰よりも自分を愛してくれる筈の母に2度も私は捨てられた どんなに自分か母を思っていても 自分は愛されてないと 感じて それからずっと…寂しい思いしながら育ったそれが 尾を引いてるのだろうか?私は愛される自信がないの…どんなにつくしても 必ず手を放されてしまう そう言う不安がいつも ついてまわる…実の母親にさえ 愛されてなかったと子供心に 大きく傷ついてしまっただけに・・私は 他人の誰が愛してくれるの???ってそう考えて 絶望してしまう 小さい頃から ずっと こんな思いしながら生きて来た。 今は母を恨んでなんかないし 自分も親になり 離婚し 一人で今日までやってきた。だから 母の気持ちも
なんとなく理解してるつもり  だけど 人恋しい気持ちが大きい分だけ
 また 自分は 捨てられるんじゃないか? 裏切られるんじゃないか?って
不安と 常に背中合わせなんです。



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