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お昼寝中・・・ 人気ブログランキングへ
2014.04.04
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三人に見捨てられた衝撃は、大きかった。 それは、ミケにとって、生みの母よりも確かな命の原点、何よりも大切な、幸せの記憶だったのだ。 それを粉みじんに打ち砕かれてしまっては、残るのは絶望ばかり。 もう生きている意味もない、と思った。 あの時珠子お嬢さまの決断でこの命を救われてこれまで長生きできた、幸せだった記憶すら徐々に薄れ、その幸せの記憶こそが幻、長い長い一夜の夢の中の出来事のように思えた。 雨の中、力尽きた子猫は、本当はあの時死ぬ運命だったのかもしれない。 ふらふらとその場に倒れこんだミケの耳に、幻の声がささやく。 わかったか? 人間とは、みな、かくも頼りない生き物だ。 気まぐれのみで行動する。 お前は、これまで人間に愛され、守られていたと感じていたかもしれないが、それも、相手が信ずるにたりるものだったからなどではない。 見よ、すべてはこやつらの気まぐれの結果、単なる偶然の産物に過ぎぬのだ。 次第に薄れ行く意識の中、そうかもしれない、とミケはしみじみ思った。 幻の声が甘く、優しく、ミケをいざなう。 私にも、人に愛され、自分は幸せだと思い込んでいた、そんな時期があった。 しかし、そんなものはすべてまやかし、私の勝手な思い込みに過ぎなかった。 私がこの世で唯一、信じるに値すると思っていた人間は、私が事故に遭って死ぬや、あっという間に私のことなど忘れ去り、厄介者がいなくなってせいせいしたと言わんばかり。 人恋しさに、声を限りに私がどんなに呼んでも叫んでも、その声が相手に届くことはついになかった。 私がどんなにさびしく、むなしい思いをしたか、今のお前ならわかるだろう。 ここに集まった霊たちはみな、今のお前や私と同じ心の痛み、絶望を味わっているのだ。 わかったら、おまえも、さあ、こちら側に来るがいい。 ここは決してさびしい闇の世界などではないぞ。 同じ苦痛を味わった仲間たちがたくさんいる。 人間などという頼りない生き物のことは忘れて、さあ、こちらへ、私のもとへ、おいで、ミケ。 真っ黒な絶望と、安穏が、静かにミケを押し包んだ。 人気ブログランキングへ
2014.04.03
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必死の思いで、おぼつかない記憶をたぐりよせるミケをその場に取り残し、美緒がしぶしぶ立ち上がった。 その美緒の、もう片方の手を取ったのは、これもまだ子どものころの正樹だった。 「珠子の言うとおりだぞ、美緒。 野良猫なんて汚いんだ。 バイキン、いっぱいついてるぞ。 あんなの触ったら病気になっちゃうぞ」 この言葉に、ミケは心臓も凍りつくようなショックを受けた。 ――― ちがう! あの時は確かに正樹坊ちゃんもお嬢さまたちと一緒にこの場にいらしたけれど、このようなことはおっしゃらなかった。 正樹坊ちゃんは、珠子お嬢さまと私を指差し、からからと明るい笑い声を上げてこうおっしゃったはず。 『ははっ! 珠子も、美緒も、泥んこじゃないか。 その格好で家に帰ったら、おばさんに怒られちゃうぞ。 いっそ、この子猫を家に連れて帰って、飼ってくださいって頼んだらどう? 珠子んちのおばさん優しいから、きっと子猫のほうに気を取られて、お前たちが服を汚したことなんか怒るの忘れちゃうかもよ』 だが、悪霊のもたらす偽の記憶の中の美緒は、急におびえたような目をミケに向け、身震いしながら後退った。 「いや。 バイキン、汚い! 野良猫、あっち行け!」 珠子も笑って、ミケに背を向ける。 「じゃ、早くおうちに帰って手を洗いましょ。 ママがおやつにホットケーキを焼いて待ってるわよ。 今日は正樹お兄ちゃんのママがお留守だから、お兄ちゃんもうちで一緒におやつを食べることになってるの。 楽しいわね」 明るい笑い声を立てながら、小さな傘が三つならんで、ミケの前から遠ざかっていく。 ――― 激しいショックに、ミケの目の前が真っ暗になった。 もはや、この幻が偽の記憶だという判断すらつかなくなるほど、自分を見失っていた。 うそ! こんなの嘘! あのとき、『どうしてもおうちに連れて帰るの』と泣き出した美緒お嬢さまを優しくなだめ、『俺んちの母さんはきっと動物を飼うことは許してくれない』とうなだれた正樹坊ちゃまには明るい笑顔を向けて、『大丈夫、あたしが絶対にママを説得するから二人とも心配しないで。 この子は今日からあたしたち三人の妹になるのよ』と、力強い声で決断を下してくださったのは、他の誰でもない、珠子お嬢さま、あなただったではありませんか! ああ、珠子お嬢さま、ミケをおいていかないで! 降りしきる雨の向こうに消えていく三人に追いすがろうとしても、子猫のミケに、もうそれだけの力は残っていなかった。 人気ブログランキングへ
2014.04.02
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「猫ちゃん、おいで! 美緒のところにおいで!」 差し伸べられた小さな暖かい手。 忘れもしない、優しく懐かしいその手に触ってもらいたい一心で、よたよた、立ち上がったミケが必死で歩き始めたとき、差し伸べられたその手を横合いからさっと押さえた、少し大きな手があった。 「よしなさい、美緒。 汚いわよ」 驚いて顔を上げると、それは、やはり子どもの頃の、珠子なのだった。 ――― おや、珠子お嬢さまは、あの時このようなことをおっしゃっただろうか。 頭の中で、今は大人になったミケが、遠いかすかな記憶を一生懸命たどりながら考える。 いいえ、そんなことはおっしゃらなかったはず。 雨の中、珠子お嬢さまは、美緒お嬢さまと一緒に私の前にお座りあそばして、わあ、ほんとだ、かわいいね、と大きな声でお笑いになって、・・・ しかし、この、偽の記憶の中の珠子は、ただ冷たい目でちらりとミケを見やっただけで、なおも乱暴に美緒の手を引いて立ち上がらせようとしていた。 「ほら、美緒、早く立って。 今日はママの代わりにあたしが、正樹と一緒に、美緒を保育園まで迎えに来たのよ。 途中で泥んこになって帰ったりしたら、あたしがママに怒られちゃうじゃないの」 驚きと、混乱が、頭の中で渦巻き、ミケは激しく頭を振って考えた。 ――― いいえ、いいえ! 珠子お嬢さまは、こんなことはおっしゃらなかった! あのとき珠子お嬢さまは、横合いから手を伸ばして、美緒お嬢さまより先に私を抱き上げ、可愛そうに、こんなに寒がって震えてる、と、御自分のコートの中に優しく包み込んで暖めてくださったのではなかったか。 人気ブログランキングへ
2014.04.01
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