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「時代にそぐわないので」
「教育的配慮」(便利な言葉だな)
などという無難な理由を挙げてはいるが、要するに、世に潜むブルマヲタのいやらしい視線を懸念してのことらしい。実際、変質者の少ない(と見られている)地域ではまだブルマ姿の女子生徒がいるし、都会でも女子校だという理由で、存続しているところもある。

 しかし、ブルマを喜んで穿きたがる女子生徒はほぼ皆無といっていいのに、なぜに学校側は長らくこんなものに執着してきたのだろう。なにしろあれを穿くと、お尻のラインだのデカさだの、ついでに脚の長さやら形の悪さやらが、容赦なく目立つ。走ったり跳ねたりなど、大股開きの動きをすれば、成長期の隆盛したお尻の肉が、遠慮なくはみ出る。それを気にしない少女など、(少なくとも当時は)いなかった。肉づきの豊かな子や、お下がりなどでサイズの合わないものを穿いている子は、なおのこと悲惨だった。ブルマの裾がくいこみ、「お尻が三つか四つに割れる」のを非常に恥じ、行動するごとにはみ出るお尻を直すのだった。

 一方体育教師達は、そんな女子生徒達の羞恥心に対し、
「おまえらのシリなんか誰も見ねえ!」
「色気づきやがって!」
などと罵り、

とどなりつけていた。今思えば、教師自身もいやらしさを感じており、その後ろめたさを悟られないように、無理な力を入れていたのかもしれない。少なくとも当時の教師による極端な女生徒の「性」蔑視には、そうした含みが垣間見られた。
 かといって、これを立場上しかたがなかったと、よろしくご理解する気にはなれない。セクハラという言葉こそ普及していなかったものの、現在ならば明らかにその範疇であるえげつない言動が、教師だというだけで黙認されていた。環境による弊害とはいえ、人格的にいやらしさがなければ、そんな教師にはならなかったはずである。

 学校での体操にああまで体の線を出す必要があったのか。などという生徒や保護者からの質問に対し、
「伝統だから」(都合のいい言葉だな)
という回答でお茶を濁す教師もいた。いやらしい伝統があったもんだ。そんな屈辱的伝統を強いられるぐらいなら、多少おかしくても提灯ブルマやモンペのほうが、よっぽどましだ。中学時代、ブルマが学校指定の体操着だった自分は、真面目にそう思っていた。





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Last updated  2009.02.17 12:06:42


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