PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ
外出先から車で家に戻る時、いつもは幹線道路を上るのですが、気分転換にと、楽団の練習の帰り道、今日は住宅街の裏側から入る砂利道を近道してみました。
小さな川沿いの農地を通り、更に雑木林をくぐり抜けて一気に登り、自宅到着となります。
途中まで舗装されていますので、整備して何かに使うつもりだったようですが、計画が変更になったのかその先は未舗装(簡易舗装?)で放置されたままです。

こういう道を見ると生まれ育った旭川での小学生低学年の頃の出来事を思い出します。
子供の頃住んでいた旭川の家は、小学校の校区のはずれで、身体も小さいですから、わずか1.5km程度の通学路がものすごく遠く感じました。近所の友達とあちこち道草を食いながら30分くらいかけて通っていたと思います。
昭和30年代のはじめ頃ですから、旭川市内といっても、市の中心部から少し離れると、舗装していない凸凹道路が普通で、水たまりもそこらじゅうにありました。
特に厳寒の旭川では、冬期間に凍結した地中の土が、春先には地震の時の噴砂現象のように、あちこちから地表に噴き出して、車が埋まって動けなくなることすらありました。
当時から、旭川は木材の町と言われ、家の近くには大きなパルプ会社がありましたが、そのほかにも小さな家具製造工場、鉛筆会社などがありました。
通学路には食品を包装するための「うす皮(経木)」を作っている工場があって、材料の木材や製品を積んだ小型トラックが頻繁に出入りしていました。
小型トラックと言っても当時はその半分近くがオート三輪だったように記憶しています。オート三輪は映画「三丁目の夕日」に登場したので皆さんもご存じかと思います。

大人になって見るとオート三輪は小さいなあと感じるのですが、小学校低学年の子供から見るとかなり大きく感じたものでした。
ある日、友達と通学中、木材を満載して我々の横をノロノロと通り抜けたオート三輪が、凸凹の道でバランスを崩したのか、スローモーションの映像のごとく、目の前でフワッと横転しました。
しばらくその状態のままだったので、子供のことだから、「運転していたおじさん、もしかしたら死んでしまったのでないか・・・」と、怖くなりました。
ところが、しばらくするとこのおじさん、のっそり這い出して来ました。皆さんは、運転手さんが最初に発した言葉がなんだったと思いますか?
這い出して来るなり、出た言葉は「ヤーヤ ビックリ コイテ ヘ
我々子供達にとっては「面白いおじさんだなあ・・・」という印象で終わりでしたが、後片付けがさぞかし大変だったことと思います。。
まあ兎に角、おじさんが無事だったので、子供ながらに一安心しました。そういうわけで、今日は長くてくだらない話で大変失礼いたしました。