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移動性高気圧の中で今日も良い天気になりました。愛知県瀬戸市訪問以来、とび出した腹がなかなかへこまないので今日も歩くことにしました。
散歩の目的地に決めたのは石神井公園駅の隣、大泉学園駅南口側にある練馬区立「牧野記念庭園記念館」というややこしい名前の、牧野富太郎さんのお宅のあった場所です。
牧野さんは高知県の出身で明治17年頃学問のために東京に出てきて、大正15年から亡くなる昭和32年までの約30年間をこの地(北豊島郡大泉村)で過ごされたそうです。
西武線沿いに歩けば迷うことは無いはずと歩き始めましたが、線路沿いにずっと進むことが出来ず、カギ型に何度も折れながら、40分かかってようやく到着しました。
このあたりが北海道の田舎とは違うところですね。「このまま進めば行けそう」と思ったら行き止まり、また引き返して別の道へと、かえって良い運動になりました。
400坪くらいあるとおもわれる庭にビッシリと樹木と樹下植物が植えられ、住んでおられた家の一部(書斎)と、植物のスケッチ等の資料を展示してある小さな建物がありました。
当時から写真機もすでにあったとは思われますが、きちんと観察するにはスケッチするのが一番良い方法ということは私も理解できます。
今でこそ書斎は綺麗に整頓して展示されていますが、写真を見ると、うず高く積み上げられた書類の山の中で仕事をされていたようです。
館内を一通り見て次は庭の樹木を・・・と外に出たら、竹箒で落ち葉を集めている方がいたので、樹のことを尋ねたら、「入口にいる先生に聞いてください・・・」といわれました。
確かに入口の小さな建物の奥に、昔どこかの学校に勤めていて、定年になって現在はここで第二の仕事、というような感じの方が居ました。
私は、庭の植物の種類がものすごく多くて、しかもそれぞれが1~2本程度なので、果たして牧野さんご自身が植えられたものかどうか聞きたかったのです。
すると、その先生は「よく分かりません、牧野先生はサクラが好きな方だったので、サクラや一部の植物はご自分で植えられたかもしれませんが、あとはほとんど後になって植えられたものだと思います・・・」とのことでした。
牧野富太郎さんはあちこち植物を探し回って旅をされ、記録に残していた方だから、庭にいろんな種類の植物を植えて悦に入っているような茶人ではなかったと私も想像します。
東大の助手を勤めながら研究を続け、学位も取られてそのまま教官として勤めることも出来た筈なのに、ありきたりの人生は嫌と大学を退職されるような自由人だったようです。
そういうわけで今日は色々と勉強になりました。