爆笑配達便~アカデミックなものをバカデミックに~

爆笑配達便~アカデミックなものをバカデミックに~

2004年12月09日
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カテゴリ: 爆笑便
僕は「この映画は泣ける」とか聞くと本当に泣けるかどうか試したくなる

それで実際に見てみると大したことなかったりしてがっかりする

例えば「いま、会いにいきます」だっけ?これもがっかりした



全然泣けないし

泣いてるやつの気がしれないな

そう思ってた

自慢じゃないがここ数年、泣いたことなんてなかった





朝10時ごろに起きた僕はつけっぱなしのテレビを見た

答えてちょ~だい、という番組で「家族の死」というテーマ






その弟が12歳の若さで脳梗塞だったか、で倒れる

奇跡的に意識は回復したが、彼はまぶた以外動かせない状態になった

やがて母の努力の末に自宅介護が可能になり

献身的な介護により中学を卒業する

しかし、17歳のとき体を動かせないことからくるストレスで徐々に消耗していき

彼は亡くなった





僕はインタビュー母親が泣きながら言ったこと、ここでは書かないけど

そのときの母親を見ていて、自然に「涙が出た」

泣いてしまったのである





で、僕がこのとき考えていたのは

「なんで?」という考えだった







確かに同情に値するけど・・・

泣くほどか?


そんなことを考えながらも涙が止まらなかった








ところで、だ

ここは爆笑配達便のページだ






話が突飛になるけど

この番組とか「いま、会いにいきます」とかの泣けるものと

AVとでナニが違うのだろうか?




違うっていえば全部違うんだけど

例えば僕がAVを見ていて「泣いてしまった」というのは変だ

変ってか変態だ

「泣いてしまった」でなく「抜いてしまった」ならわかるが


で、だ


その手のものを見ていて「気分が乗らない」っていう感覚がある

これって泣ける映画なのに泣けないっていうのと本質的に同じではないか?

これって抜ける映画なのに抜けないって言うのと本質的に同じではないか?





つまり例えば気分が乗るってとき

それって「登場人物の誰かとシンクロしている(笑)」ってことでしょ。同様に答えてちょ~だいを見ていて

僕は母親としてシンクロしてしまったんだ(ここにAVとの関連を見出した人、ハイ氏んで)

そして「いま会いにいきます」では誰ともシンクロできなかった


だから泣かなかったんだね






それで僕はシンクロさせれば泣く、つまり感動するってことだと仮説を立てた


じゃあシンクロさせるにはどうすればいいのかなって考えてみた。それを実行してみて本当に感動するか試してみたくなったからね

それはまた明日





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最終更新日  2004年12月09日 02時16分13秒
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