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まず初めに武下さん制作の5月のカレンダーを紹介します。5月(皐月)の絵は木蓮(モクレン)添えられた言葉は「あなたと めぐり会い 花あり 笑顔あり」です。・・・3泊4日の旅から帰りましたが、走行距離は1,216キロでした。今日から少しずつ撮りためた写真を紹介したいと思います。5/8午前4時に自宅を出て、途中2回ほどSAで休憩。まず最初に向かったのは鳥取砂丘でした。昨年は毎日通い通づけても風が強くてラクダさんはお出ましにならなかったんです。相方は何が何でも私をラクダに乗せ砂丘を歩かせたかったのです。ところがこの日は風が強く吹き、背に乗って写真は撮れるけれど、GWに働きすぎたのでそろそろ中止にしようと思ってると言われました。何とか写真だけは撮れました。ラクダさん、初対面の私を歓迎して私のすぐ目の前でものすごい勢いでオシッコをしました。初めての経験でしたが、人間のスケールではないことを見せてくれました。それで私は初めてラクダの背に乗ったのです。風に乗って細かい砂が目の前に舞い上がっているので目の前は真っ白に見えました。それで砂の美術館に向かいました。ところが入り口でお隣の国の団体さんが30名以上入館され、かなりの時間がかかりましたし、中に入っても皆さんは個人で砂像の前にご自分の姿を入れて撮影されるのでなかなか砂像が撮れません。いなくなる瞬間を待ってシャッターを押しました。開館20周年を迎え、「砂で世界旅行」17回目の2026年の旅先はスぺインでした。聖母の戴冠(サグラダ・ファミリア 降誕のファザード)からご覧ください。サグラダ・ファミリア次は闘牛です。スペインの文学「ドン・キホーテ」です。西ゴート王国スペインの国章ガウディの建築「アル・アンダルス」イスラム勢力が西ゴート王国を破ってイベリア半島に侵入した711年以降、半島の大半を占める。その支配地域はアル・アンダルスと呼ばれました。10世紀ごろの首都、コルドバは西ヨーロッパ屈指の大都市として栄え、世界の文献がここに集約され、ヨーロッパに流布するなど、学問の都でもありました。アリストテレスは哲学を注釈してイスラム教と調和させ、後のヨーロッパ哲学に大きな影響を与えた哲学者、イフシ・ルシュドの肖像と背景には巨大モスクノメスキータを制作の砂をくり抜く技術を多用した繊細で美しい細工がしてありました。ガウディの建築ーモデルニスモ後ろはスペインの風景ーアルハンブラ宮殿とアルカサル(セゴビア)前はグラナダ陥没ーレコンキスタの完成コロンブスースペイン国王への謁見コロンブスの出航グラナダ陥没スペイン帝国黄金期ーフィリピン入植今回はここまでです。(つづく)
2026年05月13日
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旅4日目でいよいよ帰る日になりました。ホテルともお別れです。朝8時半過ぎにホテルを出て真っ先に向かったのは鳥取砂丘でした。出かける頃は青空で無風状態でしたが、砂丘に近づくにつれ木々が風で揺れ、上り旗がパタパタと翻っていました。私はなんと運が悪いのかと思いながらサラサラの砂を踏みしめながら砂丘に上がって行くと、ラクダさんがいるではないですか。しかも乗って写真を撮るだけでなく、砂丘を歩けるとのこと。2年越しで6回目の挑戦でやっと実現しました。「為せば成る、なさねばならぬ何事も」じゃないけれど、雨女の私にやっと夢が実現したのです。まずラクダさんの前で記念撮影。満面の笑みを浮かべているでしょ。動画も撮ってもらったので編集しました。最初砂丘を下るときに結構揺れましたが、その後はスムーズに歩いてこれました。これでやっと夢が実現しました。思い残すこともなく、大好きなママさんのお店に別れの挨拶に行き、コーヒーブレイクをしていよいよ鳥取ともお別れしました。中国自動車道をひた走り、新名神に入り宝塚で遅い昼食を。毎回宝塚北のSAへ寄ることにしています。今回もリボンの騎士にあってきました。また走り続け、名神の養老SA で休憩して、午後6時過ぎに無事に帰宅しました。(つづく)後日、カメラで撮ってきた写真を載せようと思っています。
2026年05月12日
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昨日(5/10)旅3日目のことです。この日もカメラで撮ったので、スマホ画像は少ししかありません。9時頃に鳥取砂丘へ着いて、ラクダさんに9時半から乗って砂丘を少し歩く予定でした。9時半に砂丘へ行くとラクダさんがいません。ラクダ屋さんに戻って事情を聞くと、前日よく働いたので、今日は体を休めさせたいので乗って写真を撮るだけならできるけれど、乗って歩くことはできないと言われました。ラクダさんもやはり働き方改革で身体を酷使することはできないそうです。仕方ないのでこちらで記念撮影だけしました。そしてロープウェイに乗って一番高い場所まで行き、そこから砂丘を見下ろしながら撮影しました。次に向かったのは大江の郷です。見渡す限り新緑の緑に色づいた山々を眺めながら進みました。到着すると、日曜日とあって大勢の人でした。隣の建物に毎回入りたいと思うのですが、お店の外の椅子は満席で30分待ちとのこと。いつもは1時間、2時間待ちの時もあるそうであきらめました。大江の郷でヤギさんにやっと会えました。そして昨年も入ったお店で昼食を軽くいただきました。なぜか私は食欲がわかなかったからです。デザートもあまり進まず相方に助けてもらいました。買い物だけして、次の目的地へ行きました。こちらは二人とも初めて訪れるところでした。そこは若桜と書いて「わかさ」と読みます。駅舎もレトロな雰囲気でしたが、電車も1930年の車体でまだ現役で走っていました。他にも蒸気機関車もあって、向こうの方で汽笛を鳴らしていました。すべてカメラで撮ったので後日載せますね。若桜から帰ってくるのに片道2時間かかりました。とても疲れたので、また若いママさんの喫茶店へ直行して相方はコーヒーゼリーとエスプレッソを、私はアイスコーヒーを飲んで一息つきました。1時間以上滞在して、すっかり疲れも取れたので、なんだか果物が食べたくて、ママさんに聞いたお店までまた車を走らせたのでした。イチゴが甘くて美味しかったです。リンゴやネーブル、グレイプフルーツなどを買ってホテルに戻ったのでした。(つづく)5/10は「母の日」なので旅先へお祝いの電話がかかってきました。身体を気遣ってくれて嬉しかったです。いよいよ今日は3泊4日の旅を終えて帰ります。
2026年05月11日
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旅2日目(5/9)は朝7時過ぎにホテルを出発し、西へと向かいました。右手には次々と白波が押し寄せる日本海と日本海の強い風でゆったり動いている(昨日はあまり動いているようには見えなかったですが)水力発電のブレード(羽根)を見上げながら次第に左手には大山が見えてきて途中で宍道湖SAに立ち寄り運転手の休憩。そして出発から走ること2時間で島根県出雲市に到着。向かったのは出雲大社池にあやめがたくさん咲いていました。本殿に到着しました。驚いたのは参拝する時にどの人も4拍手を打ったことです。最初は韓国の人たちが大勢いたので、韓国の習慣なのかと思っていましたが、日本人も誰もが全員4拍打つので、私はいつも神社で参拝するときは2礼、2拍手、1礼に慣れていたので、そばに立っていた守衛さんに聞きました。すると「明治時代から4拍と決まっています。」との返事。生まれて初めての経験でした。次に松江城へ向かいました。すべてカメラで撮ったのでスマホ画像はこれだけです。これで国宝のお城を松本城、彦根城、犬山城、姫路城、松江城と5つ訪れたことになります。松江城では本当によく歩きました。私は靴なので大丈夫ですが、相方は下駄履きでした。まず駐車場がないので探し回り、県立図書館へ駐車してから松江城の裏側から急な石段を登り、松江城を眺め、そこから約2キロ歩いてまず小泉八雲記念館を見学しました。テレビドラマの影響もあって大勢の人たちで混雑していました。次に隣にある旧居を見学。こちらは写真撮影ができたので撮ってきました。後日載せようと思います。そしてまた2時間余りかけて島根から鳥取に帰ってきたのでした。帰りもやはり宍道湖SAで休憩して食事をしてきました。ホテルに帰ったのは午後6時を過ぎていました。(つづく)
2026年05月10日
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まだ咳が出て体調は万全ではないものの、以前から予定していた鳥取への旅を実現しました。昨日午前2時半に起きて、3時半には自宅を出て、車で7時間かけて鳥取にやってきました。途中2回ほどSAで休憩を取りながら。午前10時半過ぎには鳥取砂丘に到着。実は前回、鳥取旅行をした時に3日間砂丘へ通いましたが、風が強く、ラクダさんの出番がなく、残念でしたが、あきらめて帰ったのでした。相方は今までに5,6回あるいはそれ以上、島根県と鳥取県へ来ているので、ラクダに乗って記念写真を撮ったり、砂丘をラクダに乗って歩いたりしたことがあったのでした。それで何としても私をラクダに乗せたかったようです。ところが昨日も風が強く、ちょうど着いた頃にラクダ屋さんに行くと「今日は風が強くなってきたのでそろそろ終わりにして、これ以後は中止にしようと思っている。」と聞き、あわててサラサラの砂の坂をヒーヒー言いながら駆け上がり、何とかセーフで記念写真が撮れました。私達の後は中止になったようです。💦風が強い日はラクダに乗って砂丘を歩くことはできません。GWにラクダさんによく働いてもらったので少し休憩させてあげたいそうです。強い風が吹く中、何とか撮れた写真です。鳥取砂丘です。その後、砂の美術館へ行きました。前回と違って今回はスペイン編でした。以前も立ち寄った大好きなママさんが経営するお店でお昼を食べた後、ホテルにチェックインするにはまだ早く、駐車場に車を入れて鳥取駅周辺をぶらぶら散策。鳥取民芸美術館に入って見て回ったり、鳥取駅内をウィンドウショッピングしてもまだ時間を持て余し、車で鳥取県立博物館へ行きました。残念ながらすぐ近くの鳥取城跡は修理中であきらめました。ホテルにチェックインして寛いだのでした。
2026年05月09日
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昨日はぐんぐん気温が上がり、岐阜県では多治見市で29.5度を記録しました。他にも29度以上の地点が2か所も出ました。岐阜市は28.2度で当市は28.1度でした。10日ぶりにダンスレッスンに出かけましたが、やはりまだ身体が回復してないのでフラフラで踊れませんでした。仕方ないので少し変えてもらった足型のおさらいをしました。名古屋で踊った振り付けを先生が少し変えると言われたのです。先月末(4/26)に名古屋で踊った会場は私の頭では教室とは180度反対に踊らないといけないので、180度反対向きに練習し続けました。しかしこれから先、踊る会場はすべて180度反対なので、頭を元通りに切り替えて練習しないといけません。先生は自分の頭の中で180度変えて踊ればよいと言われますが、私にはそれができないのです。一緒に出場する他の皆さんは会場に着くと、「あそこが教室の入り口で、あそこが鏡、あそこが音響デッキが置いてあり」と方角を変えて覚えられますが、私の頭はカチカチで固いので、天井のシャンデリアを見ているうちに方角がわからなくなってしまうのです。途中で立ち止まるわけにはいかないので、やはり教室で方角をきちんと覚えないと動けないのです。それで、今は方向を180度反対で踊るのに必死なんです。先生は「あと1か月あるから大丈夫。」と言われますが、途中で色々と行事があり正確には半月しか練習ができません。💦あぁ、どうしましょ。今週末は東京の先生のレッスンがありましたが、それもキャンセルしました。今は「牛にひかれて善光寺参り」の途中です。自宅を午前4時に出てきました。私は本当はやめたかったんですが、強引に連れてこられました。この続きは時間ができましたら、今夜にでも・・・
2026年05月08日
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GWも終わり、今日からまたいつもの生活に戻ります。先日受診したばかりの呼吸器科をもう一度受診して咳が酷くて苦しかったことを話してこようと思います。ダンスレッスンも10日間休んでいたので、顔出しして説明してこようと思っています。ブロ友の皆様にご心配をおかけしました。温かく優しいお言葉を頂き、本当にありがとうございました。具合の悪い時でも友人からは色々と情報が寄せられました。富山県砺波市へチューリップまつりに出かけた方からはチューリップが咲き乱れる様子に心癒されました。また5/5(火)は岐阜県揖斐川町へ「いびまつり」に行ってきた方から祭りの様子、巫女さんたちの舞姿、神楽、見事な子供歌舞伎などの動画が送られてきました。動画を編集して加工したので小さくなりましたが、華やかなお祭りにほのぼのとした気持ちになりました。以下は動画を加工しました。その後、天空の茶畑へ登ったそうですが、岐阜のマチュピチュだそうで、80歳を超えた男性なので、駐車場から山登りがかなりきつかったそうです。楽しい1日を見せてもらって私も少しずつ元気を分けていただいた気がします。
2026年05月07日
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4月下旬に天候不順で肌寒い日があったり、雨が降ったりで、とうとう風邪をひいてしまいました。持病の気管支ぜんそくの具合も悪くなり、夜中も咳が止まらず、酷い咳が昼夜続きました。それでGWも自宅でひたすら養生しておりました。仲良しグループの皆さんはそれぞれの生活を楽しんで、一泊旅行に出かけたり、コンサートに出かけた人などが写真をたくさん送って見せてくれました。中にはお寺参りをして17年ぶりの御開帳で、次回は生きているかどうかわからないからとその様子を動画で送ってくれた人もいました。私は皆さんの活躍を見せてもらうだけで満足でした。モーニングに1回出かけましたが、シナモンの味さえもわからず、まだ味覚が戻ってないようです。栄養補給に一度だけランチに出かけました。5月5日は端午の節句でしたが、柏餅や粽を買いに出かけることもできませんでした。近くで山野草展が開催され、いわちどりがたくさん出品されていたと写真が届きましたが、会場に出かける気力もありませんでした。今日もう1日ゆっくり養生しようと思っています。
2026年05月06日
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長らくお付き合い頂いた今回の1都5県の旅も今日で最終回です。鶴岡八幡宮へ参拝した後、牡丹園を見て回りました。入り口から奥の方に向かってそれはそれはたくさんの牡丹の花が咲いていました。すべては載せられませんので、ピックアップしました。ちょうど私たちが見て回っている間、鶯がどこからかやってきて、美しい鳴き声を披露してくれました。そして見終わって帰る頃に飛んでいくのがわかりました。動画にたくさん鶯の声とともに牡丹を写しました。美しい牡丹の姿と綺麗な鶯の声を聞いて気分爽快になり、鎌倉小町通りを散策する気分になりました。ウィンドウショッピングをした後で、中華料理店へ入って昼食です。その後、また小町通りを散策して喫茶店で休憩です。時間は充分ありました。鎌倉からJR小田原駅まで送ってもらって、4日間運転してもらったバスの運転手さんといつまでも別れを惜しんで皆さんは手を振りあいました。JR小田原駅前にあった北條早雲公の像です。午後4時半過ぎの新幹線でJR名古屋駅に向かったのでした。そして名古屋駅で解散して各自、帰途に着いたのでした。(完)
2026年05月05日
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いよいよ関東方面への旅も最終日になりました。4月末に風邪をひき、こじらせたのでGWはどこへも出かけず、もっぱら近くへモーニングに行くぐらいで自宅で養生しております。旅4日目、4/15(水)のことです。前夜は横浜の中華街から千葉県浦安市までバス移動して宿泊しただけで、翌朝は鎌倉へ移動しました。朝ホテルから大きな荷物を宅配便で自宅へ送ったので身軽になりました。鶴岡八幡宮へ到着。11世紀後半に源氏の守り神として創建され、以後、鎌倉武士の守護神となりました。修学旅行の学生さんたちが多かったです。確か北海道から来たようなことを言ってました。参道わきに夏越の祓(なごしのはらえ)が作ってありました。夏越の大祓は毎年6月30日に舞殿で執り行われるそうで、半年の罪や穢れを祓で清め無病息災を祈ります。この日はまだ4月半ばでしたが、茅の輪くぐりを作法通りにくぐって無病息災を願ってきました。私もそこに書いてある作法通りに輪をくぐり抜けました。そしてお参りをしました。さあそれでは石段を登りましょう。石段の両側には狛犬がいます。本宮へ続く大石段の下にある朱塗りの建物は舞殿です。前回訪れた時は結婚式が執り行われていました。神聖な舞台です。大石段は61段ありました。以前は大イチョウが石段の横にあったそうですが、源実朝が暗殺された舞台として知られますね。(大河ドラマ・鎌倉殿の13人で登場しましたね)大石段を登って本宮(本殿)にお参りをしました。随身門の両側には随身(平安時代以降、貴人の護衛に当たった武人)が守っています。日光東照宮にもありました。口を開けている方を阿形(あぎょう)、口を閉じた方を吽形(うんぎょう)と呼びます。絵馬もたくさん吊るしてありました。ゆっくりお参りはできませんでした。お参りが済んだものから左右に分かれてまた石段を下りていきました。入り口まで戻ると「ぼたん見頃です」という案内を見つけたので、そちらの方で歩いていきました。集合時間にはまだまだ十分な時間があったので牡丹園を観ることにしたのです。(つづく)
2026年05月04日
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皇居宮殿参観と迎賓館赤坂離宮の見学が済んでバスで一路、横浜中華街へ移動しました。このお店で中華料理を頂きました。私と相方で半分こでした。夕食が終わりかけの頃に、中国の伝統芸能である「変面ショー」が始まりました。扇子をひらひらさせながら勇ましい踊りをしている途中で顔にかぶったお面が一瞬で変わりました。そのたびに見物している観光客から歓声が上がりました。テーブルを回りながら、熟女たちは握手をしたり大歓声を上げました。後でわかったんですが、演じていたのは若い男性。しかもまだ学生さんのように見えました。素顔に戻り、入り口でバスを待つ間、おばさん達の握手攻めと記念写真を撮ったり、大人気。大きなバッグに衣装を詰めてみんなの歓声を背に帰っていきました。私達も歩いてバスに戻りました。ここの景色は以前横浜中華街に来た時に通った道なのでよく覚えています。私達一行は横浜から浦安市までまたバスに揺られたのでした。その日のバス走行距離は約285キロでした。(つづく)、
2026年05月03日
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4/14(火)皇居宮殿の参観を終えて、次に向かったのは国宝 迎賓館赤坂離宮でした。皇居は写真付き身分証明書(パスポート、マイナンバーカード、運転免許証)のいずれかを見せて、チェックしてもらうだけでしたが、迎賓館赤坂離宮はより厳しいチェックがありました。空港と同じくX線ゲートを通る人、バックル付きベルトやブレスレットなどの装飾品類を外して籠の中に入れ、バッグは口を開けて中をすべて見せなければなりませんでした。もちろん水や液体の入ったペットボトルも持ち込み禁止でした。そして参観者は正面玄関ではなく、建物の向かって右側から入りました。頂いたパンフレットによりますと、「かつて紀州徳川家の江戸中屋敷があった場所は明治を迎え皇室に献上され、仮皇居などが設けられてきました。明治42(1909)年、東宮御所として誕生した日本で唯一のネオ・バロック様式の西洋宮殿が、現在の迎賓館赤坂離宮の本館です。建設の総指揮を執ったのは片山東熊(とうくま)。【中略】戦後は国に移管され、日本と国際社会の関係が活発になる中で、昭和49(1974)年に迎賓館として蘇りました。現在は、世界各国から賓客をお迎えする外交の舞台となっています。創建から100年を迎えた平成21(2009)年には、本館、正門、噴水などが明治期以降の建物で初めて国宝に指定されました。」と書いてあります。内部の撮影は禁止でしたので外観だけ写してきました。迎賓館として蘇った明治の西洋宮殿です。ちょっと遠くてわかりにくいですが、西洋建築様式の中に日本的要素が散りばめられています。正面中央の屋根の両端には甲冑を身に着けた一対の武士像が鎮座しています。左は口を開け、右は口を閉じた「阿吽」の配置になっています。他にも天球儀が飾られています。輝く金色の星をちりばめた天球儀、それを守護するかのように羽を広げ、4羽の霊鳥が配され、その傍らに五七の桐の紋章が飾られています。正面玄関上のペディメント(三角破風)には菊花の紋章のレリーフが施され、その横には日本の甲冑、主庭側のペディメントには洋風の甲冑が装飾されています。・・・迎賓館赤坂離宮は海外の国王、大統領、首相などの国賓などに対しておもてなしを行う迎賓施設です。内部の写真は頂いたパンフレットから拝借いたしました。正面玄関・大ホールです。朝日の間です。朝日の間の天井画です。壁には緑色の紋ビロード織があしらわれています。床に敷かれている「緞通」は職人さんたちが手作業で織りました。紫色を基本とした47種類の糸を使って桜の花を表現しています。彩鸞(さいらん)の間です。金箔が貼られた浮き彫りの装飾はとても華麗で、鎧や兜など日本の和のデザインもあります。10枚の大鏡は合わせ鏡になっていて部屋が広く感じられるのだそうです。金色に輝く鳥のレリーフ。これは古代中国の想像上の鳥である「鸞」で鳳凰の一種です。国が平和で栄えるときに現れると言われています。晩さん会が催される花鳥の間です。天井には狩猟で見る動物や植物の絵が描かれていて自然の恵みが表現されています。シャンデリアの重さは1つ1,125㎏で内側にスピーカーが組み込まれていて音楽を流すことができるそうです。30枚ある七宝焼きは特別な作品で七宝焼きの最高傑作だそうです。こちらは羽衣の間です。羽衣の間の天井画です。日本の能で使われる謡曲「羽衣」の場面をフランス人画家が描きました。シャンデリアはクリスタルガラス約7,000個の部品からできています。舞踏室にぴったりの仮面や楽器の装飾が施され、迎賓館で一番大きくて豪華な部屋です。特注品のピアノとオーケストラボックス(中二階にはオーケストラが音楽を演奏するための場所)があります。年末年始に訪れたウィーンのシェーンブルン宮殿を思い出しました。最近使われたのはテレビでも見たことがある場面、日本の現首相やフランスの現大統領の写真が飾ってありました。まずもって自分たちとは全く縁のない世界(室内)でした。(でも花鳥の間か羽衣の間で思いっきり踊れたらさぞ気持ちがいいだろうなぁと空想だけはしました。)その後、カフェで休憩して庶民の感覚に戻りましたけどね。そして迎賓館赤坂離宮を後にしたのでした。この後、横浜中華街に移動して夕食になりました。(つづく)
2026年05月02日
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旅行の記憶もそろそろ薄れていく頃ですが、4/12~4/15まで3泊4日の旅はまだまだ続きます。旅3日目4/14(火)のことです。福島県いわき湯本温泉を早朝に出発して一路東京へ。スカイツリーや国技館が見えてきました。昼食はすしざんまいで頂きました。昼食後、皇居へ移動しました。私達は旅行者だとわからないように、胸につけていた旅行社のバッジを外して、バスの中に置いていくカバンの中に旅行の行程表などを入れました。一行は日光輪王寺の関係者ということで添乗員さんは入れませんでした。そして先ず全員が屋外で身分証明書を見せました。ほとんどの人がマイナンバーカードを見せていました。無事に入り口を通過して、大きな部屋で説明を受けました。日本語から始まって英語、フランス語、中国語など各国の言葉で説明を受けました。午後1時半から参観するので、それまでに売店でここしか売ってないお土産を買いました。部屋に入って1時間ぐらいかかったでしょうか。順次グループに分かれて宮内庁係員さんの後ろについて出かけました。まず最初に説明を受けたのはここ、富士見櫓です。徳川幕府の中心だった江戸城本丸の建物の中で現存する貴重な遺構です。そのころは富士山が見られたんでしょうね。宮内庁庁舎です。ここに差し掛かる前に目の前を白バイが5,6台と黒塗りの車がやはり5,6台正面玄関に来ました。私達は宮内庁係員さんの後について通り過ごしたのでこの後、どうなったのかわかりませんでしたが、翌朝のテレビのニュースで天皇、皇后両陛下が「日本国際賞授賞式」に出席され、天皇陛下が午後3時半過ぎに新国立劇場で受賞者に対してご挨拶をされたそうです。そして夜はホテルオークラで晩さん会があり、天皇陛下が初めて晩さん会にも出席されたそうです。ニュースではホテルオークラで挨拶をされている姿が写ってました。私達が歩いていたのがちょうど午後1時半頃でしたので、時間的にはお出ましになられた時間でした。坂下門が見えました。宮殿の東庭を歩いていくとお正月と天皇誕生日の一般参賀に天皇、皇后陛下を始め皇族方がお出ましになる長和殿の中央バルコニーです。天皇陛下から新年のお言葉をこの場所で頂きます。正門鉄橋(二重橋)です。宮内庁係員が向こうに見えるビル群が対照的だと言われました。伏見櫓です。こちらの宮内庁係員が説明してくださいました。ガラス戸に四角い印がある所が天皇、皇后陛下がお立ちになる場所だそうです。松林を通過してから色鮮やかな皐月のお庭を散策しました。山下通りです。振り向くと大勢の参観者が続いてきます。瓦には菊の御紋が付いていました。桔梗門から入り、一周して桔梗門から出ました。お堀に出てきました。これからバスに乗って迎賓館赤坂離宮に向かいます。(つづく)
2026年05月01日
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昨日(4/29・昭和の日)は自宅で衣替えをしました。今まで旗日でもダンスレッスンがあったのですが、今年はGWはお休みになりました。諸物価高騰の折、4月からレッスン料も値上げしたので、身体を休められますし、懐も休められます。その代わりに昼食に出かけました。食後のデザートも半分こしました。帰ってからまた衣服の整理整頓をしました。・・・先日のダンスパーティーの写真が当日MCを担当された先生から送られてきました。30枚以上ありましたが、3分の1ぐらい紹介します。ご笑覧ください。お粗末様でした。
2026年04月30日
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本当に懲りない私です。今まで2回もひどい目に合っているのに、すぐに人を信じてしまうので、またもや危うく騙されるところでした。一昨夜届いたのは仲良しグループの友人(を語った人)からでした。Facebookのメッセージに届いた文章はこうでした。「こんにちは。アンバサダーになるためのコンテストに参加しているのですが、10票必要なのですが、既に8票持っています。あと2票足りないので私に投票してもらえませんか。あなたの電話番号を教えてもらうと何やら(忘れました)届くのでそこに書いてある番号を教えてください。」でした。私は「何のアンバサダーですか?」と質問しても彼女からは電話番号を教えてくださいの一点張り。自宅の番号ではなくスマホの番号を教えました。すると向こうから電話がかかりました。でも声は女性でしたが、雑音が入って聞き取りにくかったんです。そして番号が送られてきたので、それを打ち込んで送りましたが、それ以後は何の連絡もありませんでした。夜遅かったのでそのまま寝てしまいました。すると今朝、当の本人から連絡があり、自分のインスタが乗っ取られたので返事しないでほしいと。しかし、時すでに遅しでした。仲良しグループ全員に偽彼女から連絡があったそうですが、私のように電話番号を教えたのは二人だけで、他の人はメッセージを開かなかったり、夜遅く内容を読んで、メッセージで断り、今朝丁重に別の連絡網で本人にお断りしたら、当の本人がインスタが乗っ取られていることに気づいたそうです。昨日私は朝早くからクリニックを受診したり、銀行、郵便局、コンビニ、ダンスレッスン、給食サポートで忙しく、自宅に戻って夕方PCを開いてメールをチェック。するとFacebookから連絡が入っていました。「昨夜11時半過ぎにアメリカ・カリフォルニア州のアザートン、Athertonという町付近でFacebookに入ってますが、あなたですか?」という連絡でした。私がそんなところへ行けるわけがなく、もしあなたでなければすぐにパスワードを変更してくださいとのこと。早速パスワードを変更しました。しかし、一昨夜の11時半過ぎから昨日の夕方近くまでの間に偽の私が友達の誰かに連絡しているかもしれないと思うと恐ろしくなってきました。何も起こってないことを切に願っています。本人が知らない間に拡散されていく恐ろしさ、巧妙な手口に本当に気を付けなければいけないことを知らされました。友達と思っても疑ってかかることをしなければいけない世の中が恐ろしくなってきました。どうぞ皆さんも気を付けてくださいね。PS) 今朝5時過ぎにSamsung Galaxy AO6 5Gからログインの試みがありましたが、8時少し前に拒否されました。あなたのログイン情報にアクセスできる誰かが再びログインを試みる可能性があります。今すぐパスワードを変更するようにとの連絡がありました。こういう輩には本当に困ります。・・・さて気分を変えて先週のダンス教室のハナミズキです。数日たった今では葉がだいぶ茂ってきました。こちらは通常総会に出席した時の昼食です。そしてこちらは4/26(日)のダンスパーティーでプロのショータイムの後のフィナーレです。動画は届きましたが、写真はまだですので、届いたらまた載せたいと思っています。ダンスパーティーも終わった翌日、愛知の大学病院を受診した帰りに立ち寄って鰻を食べてきました。スイーツ好きの相方に付き合ってスイーツも頂きました。GWはのんびり過ごしたいと思っています。
2026年04月29日
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ここでまた遡って4月23日(木)のことを載せたいと思います。13:30~14:30 まで老人福祉センターでギタリスト・Mさんのソロライブが開催されました。いつもの仲良しグループの仲間で参加しました。皆さんよくご存じのフォークソングの名曲をMさんの歌に合わせて、会場の皆さんも一緒に歌いながら楽しく1時間余り過ごしてきました。実はMさんの単独ライブだとばかり思っていたらさにあらず、奥様との演奏とのデュエット(コラボ)あり、また別の女性とのデュエットあり、そして姉妹とのトリオ(三重奏)ありで中身の濃い楽しいライブでした。フォークソングの世界へいざなってもらったり、今の季節に相応しい名曲あり、今も心に残る名曲集ありで、飽きることなく会場の皆さんを惹きつけて、あっという間の1時間余りでした。最後はアンコール曲でお別れしました。Mさんをはじめ、出演者全員、歌がうまくさすがにプロだなぁと感心してきたのでした。最後はみんなで記念撮影をにぎやかにしてきました。皆さんの笑顔で楽しかったことが良くわかりますでしょうか。・・・今日もダンスレッスンの後で小学校の給食サポートに走ります。小学1年生の給食当番さんはもう自分たちで食缶からお皿やお椀にご飯や総菜をクラスの子供たちの分と先生の分を上手に取り分けられるようになりました。他の生徒さんたちは廊下に置いてあるトレイにお箸や牛乳を載せて自分の机まで運んできて待ちます。自分たちの番が来たらお皿やお椀を取りに来れるようになりました。4月いっぱいで私達の給食サポートも終わります。
2026年04月28日
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4/13(月)の夜、ビーチシアターに移動して20時30分からポリネシアン&ハワイアンショーを観ました。私達は2階のC席の後ろの方で遠かったです。ショー公演中のフラッシュ撮影は禁止でカメラのフラッシュを消してない人は係員がやってきて注意していました。私はフラッシュを消してスマホで撮りましたが、とにかく遠いのでうまく撮れませんでした。ポリネシアンショーは持っている火を口に近づけ、口から火を吹いたり、相手に投げたりして落とすとカーペットがしばらく燃えたりとハラハラドキドキしました。ハワイアンショーは美しかったです。腰の振り方がさすがしなやかでお上手でした。肉眼で楽しめたので、良しとします。途中、小学生以下の子供たちがハワイアンの女性たちと一緒に踊りました。波や海の幸を取って、それを頂くという動作を教えてもらって踊りました。ここの出演者も宝塚歌劇団と同じで何期生となっていてファンがいるので、プロマイドが売店で売ってました。そして私たちは2階席の遠いところでしたが、1階のプレミアム席の人たちは出演者と写真撮影ができるようでした。ファンにとっては夢の世界だと思います。ショーが終わって、私たち一行はあまりにも広い会場内で行き先を間違えて、何度も教えてもらって行きつ戻りつしながらやっとのことで部屋に戻りました。(つづく)今朝は4時ごろに大雨でした。まだ雨が降っていますが、愛知の大学病院へ出かけます。1年に1回脳のMRIを撮ってもらうのです。前回撮ってもらった心臓の検査結果も聞いてきます。では6時に出かけます。
2026年04月27日
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旅2日目、4/13(月)に訪れた国営ひたち海浜公園の見晴らしの丘のネモフィラを紹介します。私達一行は海浜口から入りました。他の皆さんはそこに待っていた乗り物に乗って行かれましたが、私たち二人はネモフィラの丘まで歩きました。乗り物だと5分ぐらいだそうですが、2キロほど歩いたでしょうか。病み上がりの相方は足取りが遅く、乗り物に乗った方が良かったかなと少し後悔しましたが、何とかネモフィラの丘まで歩けました。目の前に広がっていたのは青い空と青いネモフィラでした。ネモフィラが終わるとコキアに植え替えられ、夏は緑に、そして秋には紅葉して赤くなるそうです。それではネモフィラの丘を紹介します。実は私たちは見晴らしの丘の上には登らなかったんです。丘に咲くネモフィラを眺めながら奥の方へと歩いていきました。こちらの斜面はまだ咲いてない所もありました。別の方角から全体を見渡しました。ネモフィラの丘を見た後で水分補給を。帰りも乗り物には乗らずに海浜口まで歩きました。そしていわき湯本温泉のスパリゾートハワイアンズに到着し、夕食後、ポリネシアン・グランドステージとフラガールショーを観に行きました。その様子は次回に続きます。(つづく)今日は名古屋で1日ダンスパーティーでスローフォックストロットを踊ってきます。
2026年04月26日
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日光東照宮を拝観した後、時間があったので足を延ばして左奥の方へ歩いていきました。向かって右手には二荒山神社がありました。大黒様が鎮座してました。打ち出の小槌もありました。どちらも良縁を願うものでした。左手には徳川三代将軍・家光の御霊廟への案内がありました。向こうの方に徳川三代将軍・家光公霊廟がありました。私達は入り口で頭を下げただけで中には入りませんでした。その後、西参道を下って昼食のお店を探しました。そしてお店で昼食を済ませ、集合場所へ戻りました。前日訪れた日光山 輪王寺の説明を写しました。明治天皇の明の字が写せませんでした。💦前日に訪れた逍遙園の説明もありました。これで日光山 輪王寺と日光東照宮の拝観を終えたので、これから国営ひたち海浜公園へ向かいましょう。(つづく)今日はダンスレッスン後、中山道太田宿・草鞋の会の総会に出席します。
2026年04月25日
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これでタケノコ堀は何回目になるのかな?タケノコ堀名人の武下のおじさんについて今年も4/19(日)にタケノコ堀に出かけたペコちゃん。本日の収穫の筍です。カメラマン(記録係)はペコちゃんのママでした。ちなみに2024年の収穫はこちら2025年の収穫がこちら毎年たくさん収穫できますね。・・・今日は午前中ダンスレッスンで夜は今年度オーストラリア派遣生の説明会の手伝いに出かけます。
2026年04月24日
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ここでまたちょっと旅行記を休憩して季節のお花を紹介します。我が家の庭ではツツジが満開です。そしてこちらは友人の男性から藤まつりの写真と動画が届きました。江南の曼陀羅寺へ藤まつりに出かけたそうです。私は今年、この時期は忙しくて出かけられるかどうかわからないし、先日あしかがフラワーパークでもまだ大藤は咲いてなかったので、今年は藤の花とは縁がなさそうです。💦こちらは動画を写真に編集しました。大きく引き伸ばしたのでボケました。ここは味噌田楽が有名です。そしてこちらはアメリカ・インディアナ州の友人の庭の花です。最後の花はginjer(生姜)の花だそうです。日本の生姜とはかなり違いますね。・・・今日は午前中ダンスレッスンに出かけて午後はお友達とコンサートに出かけます。
2026年04月23日
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石段を上がると目の前に陽明門が見えてきました。がっしりした造りで豪華絢爛な装飾が施されていました。両側には守護神である随身像がありました。大混雑で片側の随身像しか撮れませんでした。陽明門は2013年から3年9か月かけて約12億円かけて修理されたそうです。「平成の大修理」と呼ばれ、かなり大量の金箔が貼り替えられたとか。陽明門の中央部右側左側人混みがなければじーっと長い間眺めていたいぐらいでした。柱の彫刻です。12本の柱で陽明門を支えていますが、裏側に1本だけグリ紋(猿の顔のような形)が逆さになっている柱がありました。北側の西から2本目の柱だけが逆さになっています。(ネットから拝借)これは逆柱で「魔除けの逆柱」と呼ばれています。陽明門の裏側です。左甚五郎の柵で有名な「眠り猫」です。長さ21センチで、眠っているようですが、手足は今にも飛びかかっていく準備をしているようです。この先に徳川家康のお墓(御廟霊)がありますが、ここに来るまでに石段を275段登ってきました。あと207段登るには体力に自信がなく、久能山東照宮でお墓にお参りしてきたので、やめておきました。そして本堂で鳴龍を拝観することにしました。これから先は撮影禁止、もちろん録画禁止でした。それでネットから鳴き龍を拝借しました。この龍の下でお坊さんが拍子木をたたくと、まるで鈴が転がるような音がしてきました。何度も拍子木をたたいてくださったので、そのたびに涼しげな鈴を転がすような音を聞くことができました。拍子木の音が天井と共鳴するんでしょうね。本堂のお参りを済ませ、廊下に出て、外の様子をスマホで撮ろうとした高齢女性が撮影禁止ですと注意されてました。廊下に撮影禁止の貼り紙がしてあったんですけどね。(つづく)今日はダンスレッスン後、顕彰会の執行部会に出席します。先日うんうんうなって議事録を作成して印刷したので気が楽になりました。
2026年04月22日
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4月13日(月)は前日訪れた場所を再度訪れました。世界遺産・日光山輪王寺の奥にある日光東照宮へ行きました。同じく世界遺産で徳川家康を祀る神社です。たくさん写真を撮ってきましたが、厳選しても結構ありました。某建築会社が建てた頑丈な建物を通り抜けると目の前に広い境内が広がってきました。石の門をくぐると左側に五重塔がそびえていました。日光二荒山神社です。先へ進みましょう。大勢の人で撮りにくかったですが、左側と右側に立って東照宮を守っています。門をくぐって左に曲がると大勢の人垣が。神馬(しんめ)の神厩舎(馬小屋)の外壁に左甚五郎の彫刻はありました。猿が馬を守っています。そして猿の一生が彫られていました。それは人間の一生でも同じです。赤ちゃん誕生から死に至るまでが彫られていました。そして、その2番目に有名な「見ざる、言わざる、聞かざる」はありました。小さい頃からの教訓ですね。猿の一生を写してきましたので一部を紹介します。こんなところにあるとは意外でした。その辺りを見渡すと、歴史を感じる建物がたくさん建っていました。さあそれでは日光東照宮へお参りしましょう。※ 徳川家康は駿府城で亡くなられたので、ご遺体は久能山東照宮に埋葬されました。それでここ日光東照宮には神格化された魂が祀られているそうです。静岡市にある久能山東照宮を参拝した際にも聞きましたが、徳川家康は自分が眠る御廟霊がこの門を通して、江戸城から真北で陽明門、鳥居、奥宮が北極星と一直線上になるように配置されました。久能山東照宮も生誕地の岡崎、富士山、江戸城を結び北極星を結ぶライン上に作られているそうです。石畳の後ろから3番めと左から3番めに立ってまっすぐ前を見ると日光東照宮が見えました。ずーっと先は北極星に達するそうです。(後編に続く)
2026年04月21日
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ここらで旅行記をちょっとお休みして昨日の第一部 文化サロン「講談師 神田京子独演会」と第二部 対談「義父の岡本一平」著者の黒野こうき氏(郷土史家)の様子を載せたいと思います。第三部 フィールドワーク 太田宿中山道会館糸遊庵(岡本一平が疎開中に暮らしていた家を移築し、一平の活躍を紹介)を黒野こうきさんより説明は聞かずに帰りました。チラシを再掲します。まず午前9時から仲良し仲間3人でモーニングをして他の人たちは車で、私は会場まで歩きました。というのも、ダンスレッスンを休んだので運動をしたのです。何とか10時に滑り込みました。既に大勢の人たちが出番を待ってました。私は草鞋の会の係の人に最前列に座ってと言われ、最前列のど真ん中に座りましたが、座布団の上です。後の方々は椅子に座ってました。午前10時に講談が始まりました。私は真ん前なので写真を撮れなかったんですが、他の方たちに写真を頂きましたのでその様子を載せます。講談は約1時間続きました。まず最初は岡本太郎の「太陽の塔」のことを話されました。前回の万博で唯一残っているのは「太陽の塔」で外観から内部の曼陀羅の話をされました。既成の概念を超えて「芸術は爆発だ」という概念の持ち主であること。それには「近代漫画の祖」岡本一平の父親と小説家、歌人として波乱に満ちた人生と芸術にかけた情熱の持ち主、岡本かの子の母親の子供であったから。それから「岡本かの子」に話が移っていきました。裕福な家柄に生まれたかの子は庶民の家で生まれた一平と結婚しましたが、一平が売れっ子になっていくにつれ、家庭を顧みず毎晩宴会で飲んで帰らないくても、家庭をしっかり守り太郎を育てたけれど、太郎の弟や姉は早くして亡くなったそうです。「かの子繚乱」で有名ですが、イメージがガラッと変わりました。母親として激しく、自由で妥協のない女性としての生き方をして、常識を破り、誇り高く生きたかの子ですが、40代後半で亡くなられたそうです。一平はその後、他の女性と結婚し4人の子供をもうけたそうです。第一部が終わって、後援会の会長さんから花束贈呈がありました。部屋いっぱいの人たちと入りきれない人たちは土間に椅子を置いて講談と対談を聴きました。第二部は神田京子さんと黒野こうきさんとの対談でした。黒野さんは「岐阜の岡本一平」という本を書かれました。そこには疎開先の当市で庶民的な岡本一平の姿が描かれているそうです。地元の人はそんな有名な人とは知らず、普通に接していたそうです。一平氏が亡くなってお骨を取りに来た太郎氏がどこかの駅で骨壺を忘れて、気づいた人が後から届けたとか。色々面白いエピソードをお聞きしました。その後、第三部はフィールドワークとして小松屋から徒歩数分で離れた太田宿中山道会館 糸遊庵へ移動して一平氏が疎開中に暮らしていた家を移築した所で黒野さんから説明があったそうですが、私はパスしました。もう充分話が聞けたからです。お友達は糸遊庵で神田京子さんとスリーショットの写真を送ってくれました。私はダンスレッスンを休んだので、その後、約2キロほど歩いて帰りました。とても有意義な時間を過ごすことができました。
2026年04月20日
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4/12(日)の宿、鬼怒川グランドホテル・夢の季に到着。この日の走行距離は約201kmでした。各自部屋に落ち着きました。その後、大広間で夕食を頂きました。大広間の天井画です。次から次へとお料理が運ばれ、旅の疲れもあって、アルコールを飲んだら相方はすぐにひと眠りしてしまいました。翌日の朝食も食べきれないほどありました。もう一度昨日の場所に戻って今度は日光東照宮を拝観します。いよいよ鬼怒川グランドホテルともお別れです。バスが見えなくなるまで従業員さん全員が手を振ってお見送りしてくださいました。ただ添乗員さんが言われるには、鬼怒川温泉や石和温泉は昔のような賑わいがなくなったということでした。なるほど、道すがらバスの車窓から見える景色は建物が取り壊されていたり、空き地が広がっていたりして少々寂しい感じがしました。(つづく)昨日4月18日(土)の午前10時から2時間半ほど講談師 神田京子さんの独演会に参加しました。そのことは後日、載せようと思います。
2026年04月19日
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栃木県のあしかがフラワーパークで天然記念物にも指定される日本最大級の大藤が見られずにがっかりしながら次に向かったのは世界遺産・日光山輪王寺と逍遙園でした。まず向かったのは輪王寺の向かい側にある逍遙園からでした。私は坪内逍遥顕彰会に所属しているので逍遙園と何か関連があるのかなと思いましたが、全く関係なく小堀遠州が作った日本庭園でした。切石や木々の刈り込みで「わび、さび」の美意識の庭でした。そして普段立ち入ることのできない「御霊殿」に特別拝観ができました。実は日光東照宮は徳川家康を始め、将軍家が祀ってありますが、こちらは天皇家の御礼殿で明治天皇、大正天皇、昭和天皇とそのご令室様方が祀ってありました。昔は天皇家の次男、三男の方々はこちらで僧侶になられたということを聞きました。門には菊の御紋が付いていました。現・天皇陛下と皇后陛下が皇太子、皇太子妃の時にこちらを訪れられたと聞きました。ご本尊に参拝をして、その後、私たちも旅の安全をご祈祷していただきました。文言は天台宗密教形式でちょっとわかりづらかったです。僧侶に見送られ御霊殿と逍遙園を後にしました。次に日光山輪王寺 三仏堂を参拝しました。平安時代に創建された全国でも少ない天台密教形式のお堂です。黄芽、白花大輪の山桜は樹齢五百年だそうです。国天然記念物の金剛桜はまだあまり咲いていませんでした。お堂の中は撮影禁止でした。三仏道には3体の仏様が鎮座されていました。向かって右から千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音が並んでいました。1体3トンで高さが7メートルと聞いた気がします。金ぴかの仏様でした。輪王寺の称号を天皇家から与えられ、輪王寺宮法親王(皇族出身の僧侶)が住まれていたそうです。三仏道の拝観を終えて、外に出てくるとまもなく午後5時の鐘がつかれるということで少し待ちました。この鐘はNHKの「ゆく年くる年」でも写されるそうです。鐘の音を聴いてからこの日のお宿である鬼怒川温泉にある鬼怒川グランドホテル・夢の季へ向かいました。(つづく)
2026年04月18日
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旅行名:「花の桃源郷と日光東照宮と迎賓館、赤坂離宮本館一般公開と皇居宮殿参観4日間」の旅を少しずつ紹介していこうと思います。3泊4日の旅ですが、1都5県をバスで巡りました。先ず4月12日(日)に戻ります。名古屋駅の集合が7時20分ということで、相方は午前3時半に起きてバタバタしていました。私も午前4時半までには起きて出かけるばかりにしていました。午前6時前に自宅を出発して名古屋駅に到着。新幹線でJR東京駅に向かい、東京駅からは終日バスで移動しました。まず向かったのが栃木県のあしかがフラワーパークです。「天然記念物にも指定される日本最大級の大藤は圧巻」といううたい文句に期待をして出かけたのですが、残念ながら大藤も八重藤も大長藤も白藤もきばな藤も薄紅の棚もどこにも藤の花は咲いていませんでした。咲いているのは鉢植えの藤と普通の藤だけでした。大藤はこんな様子でした。こんな藤が見たかったのに残念でした。紫やピンクの大藤が咲くとこんな感じです。↓↑むらさき藤のスクリーンです。見頃にはかなり早かったので仕方ないですね。💦それで藤そばと藤ソフトを食べて我慢しました。チューリップやパンジーなど春の花は満開でした。八重桜も満開で綺麗でした。ツツジや石楠花(シャクナゲ)もきれいでした。薔薇の花はまだ咲いていませんでした。100本以上の藤の移植に成功したあしかがフラワーパーク、園内には広さ1,000平方メートルの大藤棚が4本と350本以上の藤があるそうですが、まだ藤の花が咲く季節には少々早かったようです。(つづく)
2026年04月17日
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昨夜9時頃に3泊4日の旅から自宅に戻りました。新幹線で帰る途中で雨が降っていることに気づきました。JRを乗り継いで、最寄りの駅に着いた頃には土砂降りの雨。傘を持たずに旅に出かけたので、駅から自宅まで雨に濡れて帰りました。💦風邪をひくといけないので早速お風呂で温まりました。旅の後片付けをして、洗濯物を干してブロ友さんのブログにコメントを入れている途中で目が閉じてしまいそうになりました。今日は朝9時過ぎに出かけてお休みしていたダンスレッスンを受ける予定です。4月26日に名古屋のA先生のダンスパーティーで踊る予定があるからです。そして午後からは顕彰会の執行部会があり、夜には理事会がありますので両方とも出席しないといけません。それで旅行記は1日お休みをいただきます。舞浜のホテルから送った荷物も今日到着する予定です。PS) 鎌倉の鶴岡八幡宮で牡丹園を写してきました。
2026年04月16日
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4月15日(水)4日間の旅の最終日です。ホテルからバスで鎌倉に向かいます。鎌倉こまち通りを散策して鶴岡八幡宮へ行きます。そしてバスでJR小田原駅に向かい新幹線でJR名古屋駅へ到着後、解散になります。鎌倉も小田原も以前訪れたことがありますが、何度訪れても良いですよね。これで3泊4日の旅が終わります。多分自宅に戻るのは遅くなると思います。PS) 小田原駅の前に建っている北條早雲公の像です。PS) 今朝のテレビのニュースで昨日天皇、皇后両陛下が「日本国際賞授賞式」に出席され、天皇陛下がご挨拶をされる様子を見ました。そこでネットで少し検索してみました。昨日午後3時半過ぎに新国立劇場で授賞式があり、夜はホテルオークラで晩さん会があり、天皇陛下が初めて晩さん会にも出席されたようなことが書いてありました。私達が昨日午後、皇居を訪れた折、前の方を見ると白バイが左側から5,6台走ってきて、そのあと、黒い車が5台ほど走ってきて停車する様子を見ました。ちょうど正面玄関の近くに停車しているのを振り返りながら案内の方の後ろをついて向かって左に進んでいったのでその後のことはわかりませんでしたが、多分そうだったんじゃないかしらと思います。実は以前、京都の長男家族を訪れた時に御所の近くの道路の警備が物々しくて、車が駐車できず、何事が起きたのかと警備の警察官に聞くと現在の上皇様、上皇后さまが通られるということでした。(その当時は天皇陛下と皇后陛下でした)私だけおろしてもらってしばらく待ってお二人に手を振ったことを思い出しました。その時も白バイが先導して、黒塗りの車が数台走ってきました。その中の菊の御紋の車に現在の上皇様、上皇后様(当時天皇陛下、皇后陛下)が乗ってらっしゃったのです。2016年10月23日のブログにそのことが載っています。約10年も前のことになります。その時も確か京都で何かの学会に出席されるという事だったのを今でも覚えています。多分昨日の午後もちょうどその時間帯でした。
2026年04月15日
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4月14日(火)バスで移動して皇居宮殿参観をします。許可がないと入場できないので写真付きの身分証明書を持参します。迎賓館赤坂離宮を見学します。また横向きになりました。すみません。どちらも写真撮影はできないそうです。バスで横浜中華街に移動して中華料理の夕食を頂きます。そしてこの夜は浦安市で宿泊します。この日のバス走行距離は約285kmだそうです。
2026年04月14日
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4月13日(月)旅2日目です。バスで日光東照宮へ向かいます。↓やはりこれも横向きになりました。許してね。次にバスで国営ひたち海浜公園に向かいます。ネモフィラが見えるでしょうか。バスでいわき湯本温泉に移動します。この日はいわき湯本温泉で宿泊します。この日のバス走行距離は約227kmです。
2026年04月13日
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今日から3泊4日で旅に出ます。皆様のブログへは立ち寄れないと思いますので悪しからずお許しください。帰りましたら、お邪魔したいと思っています。今朝は午前5時半過ぎに自宅を出て名古屋に向かいます。JR名古屋駅から「のぞみ」に乗って一路東京駅に向かいます。東京駅からバスであしかがフラワーパークに向かいます。旅行社に頂いたパンフレットをコピーしました。大藤が見られるでしょうか?次に世界遺産、日光山輪王寺三仏道を見学します。平安時代に創建された天台密教形式のお堂です。普段立ち入ることのできない「御霊殿」の特別拝観をしてきます。夜は鬼怒川温泉で泊まります。↑すみません。何回やっても戻りません。悪しからず、お許しください。この日のバス走行距離は約201キロだそうです。
2026年04月12日
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いつも通り午前中はダンスレッスンに出かけ、タコではなくイカのように身体だけは芯があって脚だけは自由に動かしなさいと言われてきました。昨日は雨が激しく降っていたので、自宅へ帰らず、ダンス教室からそのまま小学校へ直行しました。11時30分集合で40分から教室へ行き、給食が届くのを待つ間に配膳机を消毒して拭いて待ちました。教室へ食缶を運び茶碗、皿、椀を並べ給食を等分に分けて、盛られた食器から順番に児童の机に運び、子供たちが食べ始めたところで自分たちの食事をもらいに行き、3日目にしてやっと教室の欠席した子の机に座って食べました。校長室の隣の部屋から階段を1階下へ降り教室へ行き、自分たちの食事を取りに1階へ上がり、トレイにのった食事を持って教室まで1階分下り、最後にまた上がってくるので階段の上り下りを4回するので脚の運動にはなります。3回目なので生徒にトレイを自分で持ってくるようにしました。来週はもう少し自分たちでできることを増やす予定です。私は小学校できちんと給食を食べて夕食もしっかり食べるので最近体重が2キロ増加しました。歓迎会では鴨南蛮を昨夜は昼食抜きで病院行きだった相方のお付き合いで鰻丼と串カツを今月下旬のダンスパーティーでドレスが着られるかしら?💦・・・身の回りでは少し前に愛知の娘家族のベランダガーデンに菜の花が満開でしたが、アメリカ・インディアナ州の友達の庭では春の花が咲きだしたと写真が届きました。日本にある植物だけでなく、あまり見かけない植物もありました。彼女は植物が大好きなので私も見せてもらって心癒されています。お花はなごみですよね。
2026年04月11日
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昨日は午前11時過ぎに出かけ、地元の小学校の新1年生の給食配膳サポートを午前11時30分から午後1時までしてきました。給食配膳のサポートが始まって2日目で前日は今年度初めてということでだいぶ混乱したようです。それで始まりの時間を15分早めることにしました。今はまだサポーターさんが何もかも準備して配膳までします。子供たちはまだ机に座って待っていますが、4月中には自分たちで準備、配膳までできるようにお手本を見せています。私達は前年度は教室で子供たちと一緒に給食を食べていましたが、まだ職員室の先生や私たちの分の給食の車が来ないので少し遅れて別室で食べました。食べ終わってからまた教室へ戻り、後片付けを手伝いました。午後1時には帰れました。・・・一昨日からオーストラリアから2組のカップルが来市され、4日間滞在されています。昨夜は国際交流協会のメンバーで歓迎会を催しました。市内のお蕎麦屋さんでにぎやかに歓迎会と一人の女性の誕生日を祝いました。その様子です。いきなり「両手に花」の写真です。全員勢ぞろいして記念に1枚!カメラマンが戻ってもう1枚!宴たけなわとなったところで、テーブルの上を片付けてみんなでハッピーバースデイの歌を歌って彼女の誕生日を祝いました。彼女が切り分けてくれたケーキを食べてにぎやかで楽しい誕生会を終え、午後8時過ぎにお開きになりました。帰る頃には雨が降り出していました。久しぶりにオーストラリア英語で笑い転げました。
2026年04月10日
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毎週水曜日の午前中は友人のエステシャン宅へお邪魔します。先日も載せましたが、次世代の息子さんが庭の管理をされるので、友人はお任せにしているそうです。それでも春が来たので、門の外には昨年まで咲いていた水仙や紫蘭が花を咲かせていました。サツキもクリスマスローズもイチゴも花が咲いていました。トカゲも顔を出しました。午後になって里山公園へ孫ちゃんたちを連れて出かけ、桜やチューリップの写真を送ってくれました。私がエステ中に行きたいけれど、なかなか行けないのよと言ったのを覚えてくれていたようです。ありがたいですね。我が家の八重桜はほぼ満開です。こちらは愛知の娘家族のベランダで咲いた八重桜です。盆栽を買ってきたそうですが、前回訪れた時は丸い苔の塊だったので何の花かわからなかったんですが、花が咲いてやっと桜だとわかりました。これもきれいで素敵ですよね。春ですね~!先日出かけたトリオコンサートの新聞記事がありましたので紹介したいと思います。さて、今日からピッカピカの新1年生の給食のサポートに出かけます。朝ダンスレッスンを受けて、午前11時30分までに小学校へ出かけます。そして午後1時まで新1年生をサポートします。今週は今日と明日の2日間出かけます。サポートが終わると、教室で新1年生と一緒に給食を食べます。昨年度までは給食費を290円出してましたが、今年度は320円に値上がりしました。やはりここにも物価高が反映されていますね。4月いっぱい都合の良い日にサポートに出かけます。新1年生、かわいいですよ。夜はオーストラリアから日本へ昨日いらっしゃったカップル2組の接待で夕食に出かけます。国際交流協会の仲間と一緒です。ちょっと忙しい1日になりそうです。
2026年04月09日
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4月5日に隣の市にある神社で開催された流鏑馬を紹介します。450年続いている無形文化財です。10代の姉と弟が馬に乗りながら弓を的に当てました。この日はお天気も良く大勢の見物人でにぎわいました。その様子を仲良しグループの友人達が観てきました。その時の写真と動画を編集しました。なかなか神社で馬が走る行事(流鏑馬)を見ることはできないのでいつまでもこの伝統行事を続けてほしいです。・・・さて、我が家の八重桜が満開になりました。主となる幹は苔が生えたので切り落としました。残っている枝に咲く八重桜です。相方は前日から何も食べずに胃がん検診に行きました。そこのクリニックはとても評判が良く、いつも患者さんで混雑しています。がん検診は予約していったのですが、30分遅れでやっとできたそうです。おかげさまで異常なしの結果が出て良かったです。胃癌の手術をしてから7年9か月がたちました。帰りは待ち合わせて昼食を食べてきました。心配事がなくなり、食事も美味しかったです。私はダンスレッスンからお店に直行しました。相方はヒレカツ定食を食べました。今までお肉は一切食べなかったんですが、最近は自分から進んでお肉を食べるようになりました。二人とも完食でした。
2026年04月08日
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昨日4月6日(月)から春の交通安全運動が始まりました。私達、にじいろ会美濃加茂支部も参加しました。午前9時30分から開会の挨拶が始まりました。当市の交通安全協会会長の挨拶に続いて公務で忙しい市長の代わりに副市長が挨拶をされ、次に4月から新しく警察署長になられたS署長が挨拶をされました。参加者の皆さんです。その後、場所を国道の交差点に移して赤信号で止まった車や自転車に乗る人、歩行者に交通安全グッズを渡しながら、交通安全を訴えました。午前10時15分まで配布活動をしました。今まで警察が準備した交通安全グッズの他ににじいろ会のストラップを別に渡していましたが、前回の警察署と市役所の反省会の席でにじいろ会のストラップ配布活動が交通安全を考えると少々危険かもしれないとの意見が出たので交通安全啓発グッズの中ににじいろ会のストラップを表からよく見えるように一番上に入れてもらえるようになりました。それで袋ごと渡すことができました。今回協力して下さった方々です。集合場所で解散式があり、ご苦労様とペットボトルを1本頂きました。暑くて汗ばむほどのお天気でしたので近くの喫茶店で水分補給をしました。皆さん、ご苦労様でした。
2026年04月07日
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昨日は近くの神社で流鏑馬があったり、郊外で知りあいが参加する祭りのお知らせを頂いたけれど、そこへは出かけずに1日ひたすら休養日にしました。金、土と2日間遠出をしたので。今日は午前9時30分からにじいろ会の支部の皆さんたちと春の交通安全運動に参加する予定です。先日蕾がたくさんついていた庭の八重桜がだいぶ花開いてきました。間もなく満開になることでしょう。仲良しグループの友人のお庭では石楠花(シャクナゲ)が満開になりました。赤い石楠花はまだ蕾ですが、間もなく咲き始めることでしょう。お花を眺めていると疲れが癒されますね。このところ気がかりなことがあります。時々こういうことがあるのですが、急にアクセス数が日ごろとは違う変化をするのです。何が起きているのかわかりませんが、気になります。以前、検索エンジンが働いているのではと聞いたことがありますが、どういう事なんでしょう。
2026年04月06日
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推しのチェリストさんから過日案内を頂いたのでダンスレッスンが終わってから、そのまま岐阜のサラマンカホールまで相方の車で出かけました。その前に私は午前9時半から教室の先生のレッスンを受け、その後、東京の先生のレッスンを1時間受けて自宅へ戻る時間もなく岐阜へ直行しました。時間が早かったので近くで昼食を済ませました。ゆっくりと午後1時に会場へ到着。しばらく入り口で待ちました。サラマンカホールの入り口です。中のロビーです。会場のホールです。トリオコンサートは午後1時20分開場、午後2時開演でした。ベートーベン:チェロソナタ 第3番 イ長調 作品69ベートーベン:ヴァイオリン・ソナタ 第5番 ヘ長調 作品24「春」休憩をはさんで ベートーベン:ピアノ三重奏曲 第3番 ハ短調 作品1-3でした。↓ Facebookのお友達のOさんの写真を拝借しました。アンコール曲も含めて約1時間45分ほどの演奏会でした。私は午後4時に相方が車で迎えに来るので慌てて楽屋のチェリストさんを呼び出してプレゼントを渡し、記念に1枚写真を撮ってもらいました。ダンスから靴も履き替えずに来たので変な感じですが、仕方ないです。雨と風が吹き荒れる春の嵐の中、帰りました。
2026年04月05日
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昨夕は車で名古屋まで出て、ストリングスホテルでディナーを頂いてきました。今まで訪れたことがないホテルだったので途中で道に迷って、到着するまでに時間がかかりました。名古屋駅の周辺を2周して、結局最初に到着した地点に戻ってきたのでした。ナビが目的地ですと案内をやめてしまったので、その後、ホテルがわからず通り過ぎてしまったようです。💦何とか到着してほっとしました。予約がしてあったので、席に案内してもらって早速ディナーが始まりました。窓から見えた景色です。ロゼのスパークリングワインで乾杯!私がボトルを1本お願いしたので、お給仕をしてくださった男性にグラスで数杯とボトルの残りを引き受けていただきました。相方は運転手なのでノンアルのシャンパンを。時間をかけてコース料理が運ばれてきました。時間とともにライトアップされて外の雰囲気も素敵になってきました。この頃には私もほろ酔い気分になりました。ディナーも終わり、外に出て記念撮影をしました。なんだか外国にいるような感じがしてきたので、記念に1枚撮ってもらって帰途につきました。帰りの車からは午後8時少し前でしたが、東の空から大きな月が上がってくるところでした。揺れる車の中から撮りました。昨夜のピンクムーンを思い出させるような大きな月でした。
2026年04月04日
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数日前からもうそろそろ咲きだしそうと観察していた我が家の八重桜。昨日夕方になってから何気なく外を眺めたところ少しだけ咲き始めていました。夕陽に照らされて少し赤く写ってしまいました。後日また昼間に撮ってみようと思います。昨夜は満月でピンクムーンと呼ばれましたね。スマホ画像です。どうしてピンクムーンと呼ばれるかを調べてみました。ピンク色の花々、桜(北米では主にシバザクラを意味する)、クサキョウチクトウと言ったピンク色の花々が咲く時期に見られる満月なので「ピンクムーン」と呼ばれるそうです。日本では4月の満月を「桃色月」と称することがあるそうです。皆さんは昨夜のピンクムーンを見られましたか?おりしも4月2日にNASAから「アルテミス」計画の有人月飛行の打ち上げに成功して宇宙飛行士たちがあの月に向かって飛んでいるんですよね。10日間で月を回って帰還するそうです。そう考えるとなんだかワクワクしてきますね。宇宙飛行士の皆さんが無事に帰ってこられるのを楽しみに待っています。・・・一昨夜アガサ・クリスティーのミスマープルを観ましたが、途中で終わってしまったので、続きを楽しみにしていたら昨夜から新番組の「シャーロック」が始まりました。事件が解決せずに終わってしまい、なんだか変な気持ちです。
2026年04月03日
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昨日は朝から晩まで忙しかったです。午前中は友人宅へエステに出かけ、お昼にダンスレッスンを受けたところ、身体がだるくて足の付け根が痛くなってしまいましたが、それでも山の上にゲラ刷りの原稿を取りに行って、自宅に帰ってから校正をしました。自分が所属している会の年に1回発行の会報誌です。朝出かける前は楽天ブログのコメントを頂いた方にコメント返しを書き込むことができていたのに 夕方楽天ブログのコメントを書き込もうとしたら、なんだか具合が悪くて、書き込んだのが送れないわ、終了するまでに時間はかかるわでどうなってしまったのかと思ってると、相手の方のURLがないですと出てくるし、何回やっても書き込みができないので とうとう諦めてPCを閉じました。一瞬誰かに乗っ取られたのかと心配したけれど、夜遅く書き込みをしたら、すんなりできました。いったいどうなったんでしょうね。本当にびっくりしました。一昨夜BS4Kでポワロをやっているのに気づき、午後9時から1時間見ました。しかしその番組は吹き替えでした。昨夜はアガサクリスティ・ミスマープルをやっていたのでやはり午後9時から1時間見ました。イギリスの田園地方の景色を見るのが好きですので。こちらは字幕付きでした。ブリティッシュイングリッシュの響きを聴くのが好きでワクワクして見ていたら事件が解決せずに途中で終わってしまいました。ミスマープルさんのお顔もかなりお年を召されていました。私はこのシリーズを見たことがないので今夜も続くのなら見てみたいと思っています。今日はなんともとりとめのないブログになりました。💦代わりに仲良しグループの友人4人が武芸川町へカタクリの群生とギフチョウを見に出かけたくさん写真を送ってくれましたので紹介します。ギフチョウは動きが早く動画で頂きました。看板の写真をご覧ください。私は2023年4月1日に訪れたことがあります。その様子もお読みください。
2026年04月02日
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早いもので4月になりました。毎月紹介している武下さん制作のカレンダーです。このところプリンターとPCの接続が悪いので、スマホで撮りました。武下さんが描かれた4月の絵はチューリップ&他です。添えられた言葉は「心の優しさ いつまでも忘れません」です。先日五条川へ桜を観に行ってきましたが、今まで昼間しかお花見をしたことがありませんでした。遊覧船を見たのも初めてでした。ちょうどこの日はさくらまつりを開催中でしたが、余りにも大勢の見物客で混雑していたので少し離れたお店でランチをしてきました。数回訪れているので、顔を覚えてもらってたようで、3月末でお店をやめる女性店員さんにお菓子を頂いて別れの挨拶をしてもらいました。「新しい門出に幸あれ」と願っております。仲良しグループのお友達が五条川の夜桜を見物しに行って動画と写真を送ってくれました。夜のライトアップはまた雰囲気が違って風情がありますね。私は遊覧船にも乗ってみたいですし、夜桜も観に行きたいです。PS) コメントを頂いた方々へ朝はすんなりコメントを書き込んで送信できたのに、夕方からコメント返しを何回繰り返して送信しようとしてもできません。長い時間がかかった後でそういうURLは存在しないとか文言が出てきます。私のPCが悪いのかそれとも楽天さんに問題があるのかわかりません。
2026年04月01日
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五条川は桜の名所ですが、そういえば最近行ってないのでちょっと見てこようかと3/29(日)に出かけたことはいいけれど、3/20から4/15までさくらまつりが開催中だそうで、特に3/28(土)3/29(日)と4/4(土)4/5(日)は特別な催しがあるようなので会場付近は大混雑でした。まず駐車場が探せなかったです。車に相方を残し、私一人歩いて五条川付近を散策してきました。ちょうど桜のトンネルの下を遊覧船がゆっくりやってきました。近くで折り返し帰っていくところです。↑(上の2枚はスマホ画像です)ちょうどいいタイミングで撮れました。この橋の上から撮りました。堤防の向こう側には露天商が店を並べていました。堤防のこちら側にも大勢の見物人で大混雑でしたが、なるべく人を写さないように気を付けました。橋の反対側の風景です。川の対岸の畑には菜の花畑が広がっていました。私は行かなかったですが、写真を撮るコーナーが畑の真ん中に設えてありました。のどかな田園風景が広がっていました。売店で買った団子を食べる人たち、犬の散歩をする人達、スマホやカメラで桜を写す人たちの間を抜けて待ち人のいる車まで戻りました。他の撮影ポイントはここまで人が多くなかったですが、やはり桜まつりが開催されてる付近の混雑ぶりには酔いそうでした。こちらは私の写真を見て、友人が送ってくださった夕方から夜の風景です。風情がありますよね。
2026年03月31日
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お抹茶を頂いた後、向かったのは桜の森。駐車場のスペースがかろうじてあったので何とか入れました。(帰りはお構いなしに車が入ってくるので狭い駐車場から出るのが大変でしたが💦)やはり今が見頃なので、訪れる人が大勢でした。4月からピッカピカの1年生になる子供たちが大きなランドセルを背負って来ていました。お母さんたちは桜の木の前で子供たちの記念撮影に夢中でした。私達もきれいな桜を愛でながら桜の森を一周しました。アスレティックのように丸太の階段を登ったり下りたり狭い道を通り抜けながら散策。遠くでは少年野球の子供たちが勢ぞろいしていました。私達も公園を訪れた記念に撮りました。今まさに満開で、花びらが少しずつ散り始めていたので、ちょうどよい時期に来れたねと話し合いながらのどかな春のひと時を過ごせました。
2026年03月30日
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昨日は津田左右吉博士記念館に出かけ、お抹茶を頂いてきました。仲良しグループの友人ご夫婦がお箏と尺八で春の歌を演奏する中、子供たちがお点前とお運びをしてくれました。私は一番乗りだったので、正客の席に座らせていただき、友人3人が後に続きました。子供たちを指導するお茶の先生の解説を受け、穏やかな時間が過ぎていきました。初めて訪れた津田左右吉博士の記念館、当市で生まれた坪内逍遙博士とともに郷土の偉人として記念館ができています。この後、友人2人と一緒に桜を見に車で向かいました。明日に続きます。
2026年03月29日
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昨日かかりつけの呼吸器科で肺年齢を調べてもらいました。もちろん血液や尿検査もしてもらいましたが。私は2013年に気管支喘息を発症しました。色々と要因はあると思いますが、思い当たるのは生まれてから嫁ぐまで実家で生活している間、父親がヘビースモーカーで柱や天井が茶色くなるほど毎日タバコを吸っていたことです。また田舎の道路は舗装がしてなくて、バスや車が走った後は土ぼこりが激しく舞い上がりました。嫁いでからは誰もたばこを吸う家族はいませんが、自宅は国道に面しているので、車の往来は激しいです。今から13年前にインフルエンザに罹ってから咳が止まらなくなり、相方から肺がんではないかと疑われ、呼吸器科を受診したのが始まりです。呼吸器科では太ももから点滴で高価な薬を数年間入れてもらいました。飲み薬と吸入薬、シロップ、苦しくなった時の頓服や貼り薬も頂いて服用し、また貼っていました。振り返りますと、2017年5月の検査で肺年齢が95歳でした。肺年齢は95歳が最高値でそれ以上は悪くてもないそうです。2019年5月に肺年齢は87歳になりました。少し改善されたと思って喜んでいると、2020年5月にはまた肺年齢が94歳に戻ってしまいました。それでも私は趣味の社交ダンスを続けていました。今では必要ないですが、携帯用の酸素ボンベを持参してダンスパーティーでデモンストレーションを3分踊るのが限度で踊り終わるとすぐに携帯用酸素ボンベを鼻と口に当てたので、ダンス仲間はいつも驚いていました。時は過ぎ、大体毎年肺年齢を調べてもらっていますので、昨日もレントゲン検査や血液検査や尿検査の他に肺年齢を調べてもらいました。なんと、82歳という結果が出ました。実年齢にはまだほど遠いですが、かなり下がってきました。これは境界領域に入ったということですが、「同性同年代の平均値に比べ数値がやや悪く、今後も定期的な呼吸機能検査をつづける必要がある」そうです。また喘息における好酸球性気道炎症のマーカーはまだかなり高いのでまだまだ治療は続きそうです。その後、ダンスレッスンに走り、男先生に結果を伝えると30分から1時間ほど歩いてくださいと言われました。もしできれば階段を登ったり下りたりしてくださいとも言われました。名古屋まで電車で出かけると仕方なく駅の階段を登ったり下りたりしないといけませんが、なかなか「よっこらしょ」と腰があげられません。わかっちゃいるけど、なかなかできないですね。今朝は9時過ぎに自宅を出て9時半から始まるお茶会を楽しもうと思っています。そして終わり次第ダンスレッスンに向かいます。時間変更してもらいましたので間に合うと思います。安全運転で向かおうと思っています。
2026年03月28日
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午前中にダンスレスンを終え、一服していると、昼過ぎに愛知へ出かけていた相方が帰ったので、午後、木曽川沿いの桜を見に出かけました。ところが、風が吹いて雲が流れているので急に真っ黒な雲が空を覆ってしまいました。するとソメイヨシノも一緒に暗くなってしまいました。まあそれでも出かけてきたので撮ってきました。ミモザの木は花盛りでこの一角だけは明るかったです。ここから木曽川沿いを歩きました。いつの間にか相方の姿はなく、一人で赤い道の奥まで歩いて戻ってきました。足元には春の花が綺麗に咲いていました。ここが最終地点で引き返してきました。風がまだ冷たく周りには誰もいませんでした。一人心地よい運動ができました。
2026年03月27日
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昨朝私は市役所へ用があって出かけました。同じ時間に相方はすぐ近くの外科医院へ出かけました。実は3週間ぐらい前から体に発疹が出てきたのです。最初はお腹周りからわき腹にかけてでました。食べ物のアレルギーかと思い、薬を塗ってあげていました。1週間ほどすると、今度は背中にもっと赤く湿疹が出てきてかゆくて仕方ないので、タオルでこすったりするうちに表面の皮がむけてきて真っ赤な腫れものとめくれた皮膚とでとても酷い状態になりました。私は素手でその湿疹に3週間ぐらい薬を塗り続けたでしょうか。お腹の発疹は少し収まって色が薄くなってきましたが、背中は一向に治る気配がないのですぐ近くの外科医院へ出かけた次第です。いつもかかっているので、医師は「あっ、これは湿疹です。」と塗り薬を2種類(夜用と朝用)と飲み薬をもらってきました。それは良かったんですが、貼り紙がしてあり「諸般の事情により、今月末をもって閉院します。」と書いてあったのにショックを受けて帰ってきました。先代の大きな病院を取り壊して、モダンな新しい病院に建て直し、広い駐車場も整備されて何年経ったでしょうか。私も古い建物の時に足の親指の巻き爪で3回ほど爪を割ってはがしてもらった経験があります。それ以外にも車のドアに指を思いっきり挟んで切り出血がひどく、時間外で傷口の処置をしてもらったことがあります。熱湯風呂に足を突っ込んでやけどをした時も処置してもらった記憶があります。次々と思い出がよみがえります。相方も数えきれないほどお世話になりました。それなのに突然の閉院とは…近くに内科クリニックはあるけれど、外科は大きな病院まで行かないといけなくなります。何かと不便になるので困ります。湿疹で思い当たる原因は自分たちの判断では相方が小腸閉塞を患ってから、便秘をしないようにと1か月ほど前に漢方薬を買ってきて飲み始めた時期とよく似ていることを突き止めました。それで箱の裏に書いてある説明書をしっかり読むと、副作用として発疹、発赤、かゆみが出た時は直ちに服用をやめ、この説明書をもって医療機関を受診するようにと書いてありましたが、27日間もそこまで読まずに毎晩飲み続けていたのでした。それで一昨夜から漢方薬を飲むのをやめました。これで湿疹が治まるといいのですが、かゆくてかゆくてつらいようです。痛いのも辛いですが、かゆいのも辛いですからね。
2026年03月26日
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先日、新聞に春の妖精、カタクリの花が見頃だという記事が載っていました。昨日はお天気も良く、一人で出かけて見てきました。天気予報では今日は雨で、その後数日は曇りの予報なので。ところが、考える事は皆さん同じようで、駐車場は満車でかろうじて端っこに停めることはできましたが、カタクリが群生する山麓の足元の悪い細い道はカタクリの花を一目見たいと思う人たちが大勢で歩くのもままならず、人を避けて進みました。途中の木の橋はだいぶ古くなったので、3人以上は一度にわたらないでくださいと書いてあり、見守りの人が立っていました。何とか群生地まで到着して写真を撮ってきました。皆さん一眼レフの大きなレンズを向けたりスマホで撮ってみえました。私もスマホで撮ったのはこちらです。最近、イノシシ除けの電流が流してあるので写真を撮ると線が写り込みます。そしてこちらは一眼レフで撮った写真です。精密機械であるカメラを数回落としてから近いところがぼけるようになってしまいました。💦昨年仲良しのお友達が写してくれた花の写真のようには撮れなくなってしまいました。今年のカタクリの花は見事に群生はしてましたが、全体的に花びらが小さかったように感じました。どうしてなんでしょう。
2026年03月25日
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