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皆さん完璧主義というものをどうお考えですか?最近思うようになったのだけれども、完璧主義とは、異常な程の潔癖主義、テストで満点以外は奈落の底、というような考え方だけじゃない気がします。なんかそんなイメージあるけど…。上のはあくまで他人からの視点ですが、完璧主義はそれだけじゃないかと思います。例えば自分の中で何か違和感があって、意識するようになります。それが自分の中で違和感が感じなくなるまで意識し続けること、僕はこれも一応完璧主義なんじゃないかと感じるようになりました。この場合、自分の中で違和感なくなるまで完璧にこなしても、他のより敏感な人からみれば、もっと意識せーよとつぶやきたくなるってパターンもありますけど、当人からすれば自分の中では完璧なのです。自分の中の違和感を完璧に消去していこうとする訳ですから、完璧主義と言えなくないでしょうか?完璧主義に陥りやすい人は、完全に健康体でいないと満足できなくなる傾向が強い、というのをチラっとお見受けしました。検査で異常なしでも、ちょっとした身体の違和感を意識しつづけ、自分自身で症状をつくり出し、さらに注意がそこに集中し敏感になり、症状を悪化させるというケースがあるようです。最近ずっと右腹部に違和感を感じていて、徐々にそれが大きくなってきている気がしていたけど、この前6月くらいにも左下腹部の痛みで、レントゲンやらMRIやら検査したが、別に異常はなかった。というか、検査する前に医師が漏らしたあの一言「症状を聞いてると尿道結石の可能性もある」この一言が出た日、ネットでも色々検索して、水をたくさん飲むと良いと見つけたのでその日から水をがぶ飲みし始めた。そして三日後のMRI検査を受ける時にはもう痛みはかなり治まっていたということもあった。そして案の定異常はなかった。もしかして自分も完璧主義者なのかなーって…。すっごいおちこぼれのはずなんだけどね…。ある分野でもたまに意識しすぎだってこと人に言われるし……。自分が興味and気になること以外はてんで無頓着なんですがねぇ。それでも気になることは徹底的になるってことは完璧主義となんら変わりないってことなのか。徹底的に追求することはいいことだと思ってたけど、悪い方面に徹底的すぎるのはあんまり良くないのかなぁ、と感傷(?)に浸ってみた今日この頃でした。追伸:私は今日から無心に帰り、悟りを開き、神になります(ぁ、徹底的だ)
2008.09.29
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前回の記事で書いた内容、頭の力みを今日一日意識して過ごしてみました。なんかこんなの意識するの久しぶりです。 ……まぁ、要するに…意識してないって事は変な力みも無い訳で、それが普通の頭の使い方なんだなぁ、と再実感しました。 (´・д・`)バーカ (´・д・`)バーカ (#^ω^)バヵジャネェノ? Ь(`ω´ばヵ βακα..._φ(゚∀゚ )アヒャ オマエラバカバカウルサイヨ ( ・_・)r鹵<毒(* _ω_)... サッ三д´)(((゜゜;)⌒( °°)⌒ =┏( ・_・)┛ なんというかねぇ。例えるなら、、えーと。重さ10Kgの物体を押すのに100kgの押す力と100kgの引く力を用いる、と言ったとこでしょうか。 もうひとつ例えるなら、10の容量を持つ人が物体xを持ち上げるのに2、持ち上げながら歩くのに+3、走るならその上に+3の容量を使うとします。 それを前に述べた異様な力の使い方をすると、同じ10の容量を持っている人でも、物体xを持ち上げるだけで7~9の容量を使ってしまい、歩きだすと容量MAXをオーバーして☆ヽ(o_ _)oポテッ ●~★ドンガラガッシャーン ……ずっこけるという訳です。 結論。変に力まなくても、頭は働くものです。筋肉を刺激すれば脳の働きがよくなるみたいですが、変に頭を力ませるのは、緊張性頭痛(筋収縮性頭痛)になる可能性があるかもしれません。無難に普通に運動をしましょう。 手先の細かい作業をすると脳に効くと良く聞きますが、僕は全身の筋肉を使う運動をお勧めします。やっぱ全身の血流を良くしたほうがいいと思うので…。 …ここまでダラダラと長文書いてきたけれど、僕の言ってることは果たして伝わるだろうか……。 人によっては、何を馬鹿臭いこと書いてんの? と、思われるかもしれないが、自分みたいな力の使い方をしている人が他にいたことや、世でいう"脳筋"と呼ばれる頭の使い方を知らない難民をたまに見かけるということもあるので、う~ん…たぶん力になれることもあるかもしれない、なんて思っちゃったりもする。 当初、気分転換のために適当に書くはずが、どうしていつもこんなことに……。 いつのまにか時間経ち過gy
2008.09.21
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こんばんは、相変わらず色んなことに手を出して、どれもにっちもさっちも行ってない盤ちゃんです。 気晴らしにブラブラしてたらこんな質問見つけました。 ……まさか過去の自分と全く同じことやってる人がいようとは…。5,6年程前かな、囲碁を始めてちょっとしたくらい。凡人より下かもしれない脳みそを持つかもしれない自分が上へ行くには、生半可にダラダラとやってちゃダメだ。脳を一旦ブチ壊して作り変えるくらいの気持ちでやらないと! 当時これ以上熱が入るものはなかったので、何の迷いもなく脳をブチ壊してましたΣ(ノ∀`*)ペチッ それから1、2年後くらいかな。その異様な力みが、常に冷静にいなければいけない囲碁と、抜群に相性が悪いものだと本能的に悟るようになりました。たぶんこれが超長考の土台となって、完全に染み付いてしまってるようです。どんなにイメージし難い変化図も、無理矢理引き起こす訳ですが、一手一手確実にイメージ映像として刻むため、そして最も力んだ状態で思考を回転させるため、あまりにも遅くなってしまうのです。その上全て読みきれないと怖くて中々打てないというオマケもつきます。 脳に力を入れて疲れてるつもりが実は首と眼の筋肉が硬直させ、極度に疲労させていることを知ったのは最近です。(脳には痛みも疲労もないらしい) でもこの力、一概に悪いとも言えないんですよね、経験上。視野や思考の変化には鈍くなると言えど、脳が寝てる時とか、通常の状態じゃ手を読みきれない時など、かなり役立っている気がします。何か、一つのことに的を絞ると、この状態の真価が発揮されるみたいです。 これはあれかな、わかりやすい言葉で言うと意志の力ってやつかもしれん。なんだか格好良くなってきました。石を取り扱うんだけど石の力じゃありません。 だからと言って、ずっと力んだ状態でいるのはお勧めしません。思考速度が鈍り、視野も狭くなり、切り替えも遅くなります。そして何より体に悪いです、首や肩が凝り、眼も悪くなりそうな…。氷のような冷静さも囲碁には必要なのです。…よくできてるなぁ。っていうか囲碁に灼熱の炎なんて必要なのか?(ォィ) ただずっと冷静でいるあの不完全燃焼さが、僕の体と脳が本能的に受け付けないので、たまにこうやって燃焼している自分が好きです。(ここのブログの大半は、冷静さを欠いた灼熱の炎でほぼできています。冷めてみると、何でこんなの書いたんだろうといつも……orz)
2008.09.20
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