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< Scene.1-5>
There are two pines in the hill and there are a master and a doll in the hilltop.


なんだろ…? よくわかんない。

妙に気になる感じだけどもあっという間に通り過ぎていったから確かめようがなかった。

普段なら景色の一部としてしか認識しないようなことなのに…。

それでも通り過ぎていく緑の流れは次第に私の興味をなくさせていく。


「うん、自然っていいよね。」


自分でも単純で馬鹿な感想だと思うが、なんとなく口から漏れた言葉。

何がいいのかよくわからないが、とにかくそうつぶやく事によって解放される。



言ってみればお風呂につかって『ほぇ~』とかいっている感じ。

やっぱりよくわかんない。

………っていうか、さっきから鞄がうるさいんですけど。

膝の上でブルブルと震えだす鞄。

さすがに異様な動きに周囲の目を気にしなくちゃいけないかもしれない。


「もう! ベビードール、静かにしてよ。」


鞄の上から数発殴っても一向に納まる気配もない。

まったくこの子はどれだけ主人に迷惑をかけたら気が済むのか。

バスの中なんだから人目が気になるってもんでしょうに。


「ちょっと! いいかげんに…。」


鞄のジッパーを開けて、直接文句を言ってやろうとした。その時だ。





まず目に入ったのは大きな手のひら。ちょうど大人ぐらいのサイズ。

開いているからとても大きく見える。いや手のひらだけじゃない…、腕?

そこにあるはずのない腕が鞄の中から勢いよく伸びてきた。

そのあまりの速さに私は避ける事もできずに動けなかった。

腕は私の左頬をかすめるように伸びきった後、そのまま肘を曲げて私の首の後ろを掴む。




「きゃ…。」


叫ぼうとしたが声が出なかった。

空気の塊が硬くなって口に押し込まれたみたいになっている。

口は開いているのだが塞がれているみたいで音にならない。

もがこうと抵抗しようとしたのだが強い力で鞄の方に引き寄せられる。

しかも私の両腕が金縛りにでもあったように動かない。


「タ、ス、ケ、テ…。」


今度こそ叫んだが無駄だった。かろうじて息ができる程度しか空気が流れない。

力はどんどん強くなっていき鞄の中に引き込まれそうだった。

その腕から逃れるように身をよじろうとしてもがっちりと押さえつけられて動けない。


こんなところで敵!? でもいったいどうして?

少なくとも人目のあるところは大丈夫だと思っていた私が馬鹿だったの?

ベビードールはどうしちゃったの? 薔薇水晶は?

こんなことなら薔薇水晶の申し出を素直に受けるんだった。


必死に抗っているためになんとか鞄に吸い込まれずにすんでいる。そんな感じだった。

後悔先に立たずというが、今は頭の中で後悔がいっぱいだ。


「くっ…。」


力の…限界…だわ。

そう思った瞬間、勢いよく頭を引き寄せられた。

勢い余って顔を膝の上の鞄にぶつける。

バスの座席に座った姿勢のまま体がクの字に折れ曲がった。

同時に左側の窓ガラスの方で薄氷が割れるような小さな音がしたかと思うと、
ヒュッという風を切る音が後頭部を通過した。

続いて右の方でドスッと鈍い音が続く。


「えっ?」


その音で驚いて体を上げる。そう、ごく自然に体を上げた…!? 上げられた?


「えっ!?」


今度は自分の動作に驚いた。

さっきまで私の首を掴んでいた腕はどこにもなかったからだ。

おまけに開いた口に詰め込まれていた空気の塊みたいなものも消えている。

拘束されていたのが夢でもあったみたいに今はなんともない。

ただ夢でない証拠に鞄にぶつけた頬が痛む。


「痛…、いったいなんなのよ、これ?」


痛む頬を左手で押さえて鞄を見る。やはり鞄はファスナーが開いていた。

中には教科書とノート、ペンケースに今日のテスト問題が入ったクリアファイル…。

大きな腕どころかベビードールの姿さえ見えない。


「ベビーちゃん? 逃げた?」


口に出してそう言ったものの、人工精霊の行方より自分に起こった事で頭はいっぱいだった。

だってまだ首を掴まれた感触は生々しく残っていて背筋を寒くさせているからだ。

でも不思議なんだけど驚くくらい自分が冷静でいる。

こういうときはパニックになって悲鳴を上げてもいいはずなんだけど…。

ほら、テレビドラマとか映画だとそうなるはずでしょ? なのに…。


いや、嘘だ。

心臓はドキドキしたままおさまってくれないし、足だってガタガタ震えている。

ただ心だけが現実に追いついていないから落ち着いている感じがするだけだ。

本当は悲鳴を上げたいのにさっきみたいに口が塞がれるんじゃないかって言う恐怖心が
強すぎてそれができない。

それに少しずつだけど体がゾクゾクと震えだしている。

恐怖が冷たい水に姿を変えて身体中に浴びせかけられた。そんな感じだ。

いったい何が起こったのよ?

私は今起こった事をもう一度思い出そうとした。

鞄がブルブル震えて…、開けたら腕が伸びてきて…、そして…。


「ごめんなさいね。驚かせてしまったわね。」


突然、通路を挟んで右隣の席から女性の声がした。

無意識に声のするほうに顔を向ける。

小さな水玉模様のピンクのワンピースに白い短めのジャケットを羽織った大人の女性が
私の方を見て微笑む。

あれ? さっきまでこんな人がいたっけ? 確か空席だったはずじゃあ…?

ひょっとして気づいてなかっただけ? ううん、そうじゃない。

だってこんなに綺麗な人が座っていたなら絶対目立つでしょ。

メイクはナチュラルに抑えられていて派手さはないけど整った顔が余計に綺麗に見える。

肩の後ろまで流れる黒い髪もどうやって手入れをすればあんなに
綺麗になれるのかわからないくらい艶やかだ。

芸能人を間近で見ればこんな感じなのかなと思ったぐらい美人だった。


「まっ、怪我の心配はないみたいね。これならシスターに怒られることもないかしら。」


そう言ってバスが走行中にもかかわらずその女の人が立ち上がってこちらへ近寄ってくる。

私はその人が何を言っているのかよくわからなかった。

呆然とその人を見つめたまま、いや、見とれてしまってしまっていた。


「えっ、あの…。」


私がしどろもどろになって何か言おうとした時、その人は私の隣まで来るとニヤリと笑い、
しゃがんで顔を近づける。その人から甘い香水の匂いがした


「せっかく私が警告してあげているのに何も無視することはないじゃない。
 本当にマスターったら私のことを信用していないのね。悲しいったらありゃしないわ。
 …って、あれ? もしかしてわかってない? それともまだ恐怖で震えてる?」

「えーっと…。その…。どちらさまでしょうか? 私…、あの…。」


誰だろ? こんな人は知り合いにいない。何処かで会った気もしないでもないけど…。

それよりも違う事を考えてしまった。

近くで見るとはっきりとわかる。

歳はそう…20代後半くらいなのに肌がきめ細かくて、この人、本当に綺麗だ。


「あ~あ、しょうがないなあ。ったく何見とれてるんだか。まぁ、無理ないか…。
おいらだよ。おいら! ベビードールだ。わかったかい? マスター。」

「ベビードール…?」

「そうだよ。これがあたしの本当の姿…、って言っても実体化したとき姿なんだけどね。
 そんなことよりマスターも、もうちょっと気をつけてもらわないと困るってもんだわ。
 シスターが護衛をするって言ったじゃない。あれはね、警告してるのよ。
 近くに何者かが潜んでいるから危ないかもってね。」

「薔薇水晶が? 私に?」

「ええそうよ。それで結果はこれでしょう。さすがシスターよね。
ドールにしておくにはもったいないくらいの洞察力だわ。いや、戦闘能力か…。」


そう言ってベビードールは誇らしげに笑うとすぐに表情を険しくした。


「大体マスターがあたしを無視するからとっさの防御魔術も使えなくって
こういう目にあうのよ。
おかげで腕を伸ばして回避させるので精一杯じゃない。
おまけにあたしが盾にならなきゃこのバスがどうなっていた事やら。」


憎らしげにベビードールは自分のわき腹を指差した。


「赤い…花柄…。えっ!」


短い矢のようなものが刺さっていて、そこだけワンピースが血でにじんでいる。

そう私は最初、それはワンピースの柄だと思っていたのが近くで見ると赤い血だったわけだ。


「だ、大丈夫なの…?」

「当然! あたしを誰だと思っているの? これしきの傷どうってことないわ。
まあ、この手の魔法の矢は目標を外すと二次災害を引き起こすようになっているのよ。
だからあたしの体で受け止めなきゃ第2第3の魔術が発動するしくみってわけ。
マスターを護衛するとは言え、文字通り体を張ったってところかしら。」 

「あ、ありがとうベビードール。」

「お礼なんていらないわよ。それが私の役目ですもの。んっ!? 手の込んだ事を…。」

「どうしたの?」

ベビード-ルは傷口に指を当てた後、その指についた血をペロッとなめた。


「毒か…。それも監察者がよく使うタイプね。なんてたちの悪い…。
 今時、『黄禍の憂い』なんて毒を使う連中の気が知れないわ。
 これじゃあ解毒呪文は効果がないか…。仕方ない…。
それにしても一番たちの悪い連中に狙われているみたいね、マスター。
魔術師でもないただの人間なのに…。」


ベビードールの言っている事は全然わからなかったけど…、狙われている? 私が?


「おかしいとおもったわよ。こんな矢を放てる者はかなり限定される。
空間密度70%の魔術障壁(シールド)を通過する矢なんて並の魔術師じゃありえない。
上位クラスの監察者ってところか、それとも協会の執行者…。
まあいいわ、このあたしを傷つけた代償はキッチリ払ってもらうから。
たかが人間ごときの分際で生意気な! 喧嘩売るなら相手をよく見ることね。」


ベビードールはブツブツとつぶやいた。かなり怒っている様子だ。

でも私はかまっていられない。とにかく頭の整理をしたい。

さっきから身体の震えが止まらないし、落ち着かないと耐えられない。

何が起こっているのかわからない状態ほど怖いものがないからだ。

私は恐怖を打ち消したい一心でベビード-ルに尋ねた。


「ねえ、ベビードール。あの腕はあなたの仕業なの?
 その…私を守ってくれたってこと? でも声は出せなかったし手も動かなかった。」

「ああ、あれ? そうよ。
バスが移動中じゃなかったら空間転移して逃げるのも簡単なんだけどね。
 そうもいかなかったから、手軽な方法を選んだってわけ。
避けるだけならあたしの右腕だけでもできるし、そのほうが早いしね。
一応、マスターに騒がれちゃかなわないから拘束封印しちゃったけど、
他の乗客には気づかれてないからいいんじゃない。もちろんこれもマスターの為ね。」


あまりにもサラッと言われたので私はただうなづくだけだった。


「じゃあさ、ベビードール。その…。」


そう言いかけてバスのアナウンスが流れる。

そっか。バスは林を抜けて次の停留所に近づいたのか。


『まもなく葛城団地前。葛城団地前。お降りの方はバスが停車してから…。』


 今、起こったことなんて何もなかったかのようにいつもどおりの平和な声が流れた。


         to be continue…





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最終更新日  2007/08/14 02:34:52 AM
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