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・・・ってベッドの話じゃないですよ~^^;今日はトイレットペーパーの話です。いつも我が家はダブルを使っていた。でも、なんか減るのが早いんだよねー。。。トイレットペーパーの底値はいちおう自分の頭にインプットしているけどやはり消耗品にたくさんお金をかけるのはなんだか悔しい。先日、近くのドラッグストアーの目玉で「シングル8ロール・198円!!」というときがあった。いつもはダブルの12ロール278円。8ロール、、、いつもより少ないなーと思ったがトイレットペーパの袋には「シングル8ロールと、ダブル12ロールは同じ長さです」と、書いてある!よし、これは買いでしょう!シングルだと、紙も薄いしダンナとムスメから「いつもと違うー!」とブーイングされたらどうしようかと思っていましたが・・・いざ使ってみると、ダブルとあまり変わらないんじゃない~??それでいて、減りも悪くない!!ダブルの時にはあっという間に交換。。。ということが多かったがシングルにした今、まだ交換しなくても大丈夫みたい!そういえば、大阪のオバチャンはトイレットペーパーを買うときにはダブルとシングルを両手に持って重さを比べるそうです。それで重たいほうを買っていくのだそうです。重たい=紙の量が多い確かに比べてみると、シングルのほうが重たい・・・かな??さすが!!大阪のオバチャン!!そういえば、この198円のペーパーを買おうか迷っていたら知らないオバチャンに話しかけられました^^;(オバチャンに話しかけられる率が高いBBである)「シングルのほうが紙が長持ちするし、いつもこんな安ならへんよー!お買い得やで~!」オバチャンの言うとおりでした(^^)次から、我が家はシングルに決めました~♪
2005.01.31
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毎年、1月下旬に「大阪国際女子マラソン」が行われる。コースは長居陸上競技場をスタートし御堂筋で折り返し、大阪城を抜けまた長居陸上競技場へ戻ってゆく、、、コースは家から結構近くを通るので毎年、「見に行ってみようか?」と盛り上がりつつも寒さに負けてテレビ観戦していたのであった。今年はダンナとムスメが散歩がてらコース近くまで行ってみようということになった。わたしは寒いから留守番^^;それにダンナと一緒に出かけるといつも喧嘩になるからね(汗)土曜日のうちからダンナはムスメに「明日は早起きしてマラソン見に行くぞ!」なんて言っていたくせに、支度が遅い(-_-;)結局、家を出たのはスタートしてすぐぐらいだった。「本町付近で見てみたら?」とわたしは提案したけど「御堂筋のあたりはいつも込んでいるから」とダンナとムスメは森ノ宮へ向かった。マラソン、最近は見るのが好きな競技になったけど前は大嫌いだった。父はマラソンを見るのが好きでいつもテレビで見ていた。わたしは長々と(といっても、2時間ほどだが)決着が付かないのでイライラしてしまってマラソンを見るのが嫌いだったのだ。(箱根駅伝もしかり。)だがしかし、わたしは野球大好き(これまた試合時間長い)それにF1大好き(これまた周回数が多すぎ)であった。よく考えてみると、野球もF1も決着までに時間がかかる。しかし決着にたどり着くまでに様々なドラマを観ることができ、それがまた決着したときに感動を誘うものであることを思い出した。そっか。マラソンも一緒なんだ。そう思って見始めたら、なんと面白いこと!!大阪国際女子マラソンは自分の知っている道を走る、ということで思い入れ度が増し、ここ最近は毎年テレビ観戦するようになったのである。・・・ちょっと、話がそれましたが;ダンナから何度か連絡が入り「今、森ノ宮のコンビニの前にいるから」とのこと。テレビで見てみると、1位の選手が通り過ぎ、森ノ宮駅前のコンビニが映っている!!・・・だが、人が多すぎ^^;どこにいるのか全然見つけられなかった;・・・・マラソンは当初、シモン選手と弘山選手の対決か?ということであったが10キロ付近で大南選手が飛び出し、独走態勢に入った。しかし、32キロ付近で2位のプロコプツカ選手が追いつき大南選手をかわし、そのままゴール。2位集団にいた小崎選手も追いつき、2位でゴール。3位には弘山選手が入り、シモン選手は5位。大南選手は6位でゴールした。・・・もうして文章で簡潔に書くとつまらないけど、本当にすごいレースだった。マラソンはやっぱりニュースで結果だけ見ても面白くないですね。ゴールまでの道のりはやはりドラマです。・・・ダンナとムスメが帰ってきて、優勝したプロコプツカ選手が手足が長くてきれいだったと感動していました。そして、森ノ宮で応援していたときに真後ろにQちゃんの監督の小出監督がいたそうですー!ダンナにカメラを持たせなかったことを後悔しました。テレビで映りそうなポイントをチェックしたので来年は映るぞー!!(違うか^^;)
2005.01.30
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2005年になってもうすぐ1ヶ月過ぎてしまうんですね。やはり月日が経つのは早いなぁ~。2月といえば 節分! 結婚して大阪に住むと決まったときから楽しみにしていた行事の一つである。むふふ。ナゼかって?それは関西の節分では 巻き寿司を丸ごと食べるというのを聞いていたからである!!スゴイ!まるかじりだなんて!生きているうちにやってみたいと思っていた*スイカ、ひとりで一個食い*アイス、でっかい入れ物ごと、ひとり食い*巻き寿司、一本まるごとのうち、ひとつが叶ってしまうのである!食いしん坊なわたしの心をガッチリつかんだ関西の節分であった。毎年、その年の吉方とされる方角、恵方を向いて心の中でお願い事をしながら巻き寿司をまるかぶりするのである!東京の友達はみな「え~、そんなの嘘だぁ~」って言うけど(わたしも言ってた^^;) 本当です!! 最近、東京のコンビニでも「節分・丸かぶり寿司、予約開始!」というのを見かけたことがあるがここ2~3年の話ではないかな?丸かぶり寿司もいよいよ全国区の道を歩み始めたようだ!丸かぶり寿司は関西の海苔職人の人が始めたといわれている。海苔をたくさん食べてもらおう!・・・とそういう発想から生まれたそうだが巻き寿司に包丁を入れないのにはすべて丸く、円満に、という意味も込められているそうです。さて!今年の節分は何をお願いしようか?毎年、巻き寿司を頼んでいるお寿司屋さんに今年も予約を入れようっと♪さて今年の恵方は!・・・・と書こうとして恵方、どちらだったか忘れてしまいました(汗)後で追記します!*****************************************今年の恵方は 西南西 です。心の中でお願い事をしながら 無言でかぶりつき ましょう!!
2005.01.28
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我が家ではアボガドを食べることが多い。友達に話すと、「どうやって食べるの~??」と聞かれることが多い。みんな、あんまり食べないのかな?大体、朝食のトーストに乗せて食べるんだけど、サンドイッチにはさんだり、上にチーズを乗せて焼いて食べてもおいしい!あと、トマトとアボガドのサラダ!!友達の彼氏(イタ飯屋で働いてます)に教えてもらったのだけど、絶品!友達はディップにして、クラッカーにぬって食べるのがオススメ!と教えてくれた。で、食べるたびにでる、アボガドの種。これって、結構ゴツくってなんだか捨てるのもったいない。。。(えぇ、わたしは貧乏性ですとも!)いつもは当然捨てていたんだけれども・・・ある日、アボガド好きな人が運営するサイトを発見した。本当にアボガドのことばかりでその中におもしろい話を見つけた! アボガド観葉植物!! なんと、種を植えるとちゃんと生えてくるとのこと!いや、植物なんだから当たり前のことなんだけどね。その姿は、パキラに似ていてお部屋のいいグリーンになりそうだ!この話を読んでから、植える、植える、植える・・・・もう何個植えたかな^^;今はまだ冬。種まきにふさわしい時期ではないようで当然のようにまだ芽は出てきていない・・・(植えるのにいい時期をちゃんと調べなかった^^;)春になったら、あらためて植えてみよう。たくさんのグリーンでお部屋を飾りたいな♪*********************************************おまけ+トマトとアボガドのサラダ+*材料:フルーツトマト・アボガド・塩・こしょう・レモン汁*作り方:フルーツトマトとアボガドをダイス状に切ります。ボウルの中に両方の材料をいれて、塩・こしょうで味付けしながら混ぜる。塩はかなり多めに入れたほうがおいしいです。味を見ながら塩を調節し、こしょうも少々。粒こしょうを挽いていれたほうがおいしいです。最後にレモン汁を絞って、できあがり!切って混ぜるだけなのに、本当においしい!簡単なのでぜひ作ってみてね♪
2005.01.27
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ダンナに携帯電話を破壊されてから早10日が過ぎた。わたしは「携帯がない生活なんて考えられない!」っていうタイプではないので別にこれといって困ったことはなかった。だけどさ。。。。やっぱり困るのよ。特に幼稚園ママとの連絡ね。仲のいいママ友達には家に電話もかけやすいけど特に仲のいいママ友達でもなく、たいした用事でもないときに家に電話すると「何か大事??」みたいな感じになってしまうのでやっぱり携帯メールが大助かりだった。何か家事をやってるとき、手が離せないから自分の手のあいたときに返事ができる携帯メールはすごく便利。やっぱり主婦同士の連絡には必要だなー、と思ったわ。まさか「ウチのダンナに壊されちゃってね~」なんて口が裂けてもいえないし。イヤ、ウチの夫婦仲が悪いと知ってる友達には話したんだけどね。だけどほとんどの人は何も知らないから「携帯、どうしたの~?」って聞かれて「うん、落として壊れちゃってね~」なんて怪しい嘘つくのもつかれちゃった。。。そんなこんなで、昨日やっと新しい携帯が来ました。ダンナが壊したことを反省して先週の月曜日に新しいのを申し込んできてくれた。値段いくらだったか聞いてみたら、一万円だって。い・ち・ま・ん・え・ん・・・・これもダンナが破壊しなかったら払わないでいいお金なんだよなーなんて考えたら、またイライラしてきた。家計からは一円も出さないわよ!データーもすべて失ってしまったのでこれからみんなのアドレスとか登録するかと思うと・・・(/_;)機種も前に使っていたものとは全然違うから昨日、取説を読んだけど、分厚すぎてさっぱり・・・(/_;)アナログなBBは、新しい機種はしんどいです。。。
2005.01.26
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わたしはどちらかといえばゴハン党だがパンも大好きだ。ワーホリで滞在したニュージーランドはパンがすごくおいしかった!40~50センチくらいの長さのパンが薄くスライスされていて軽くトーストしてもおいしいし、そのままサンドイッチを作ってもおいしかった。白いパンはもちろん、小麦入りとか種類がたくさんあって選ぶのも楽しかった!わたしは欲張りなので色々な味を楽しむのが好きだ。だからいつも(NZにいたとき)パンを何枚かトーストしていろいろな種類のジャムを楽しんでいた。薄いパンだから、いっぱい食べることができたのだ。そういえば、大阪って8枚切りの食パン売ってないなぁ。東京に居たときはスーパーに売ってる食パンて大体が6枚切りで8枚っていうのも結構あった。大阪では分厚い食パンがほとんどで、4枚切り!なんていうのもある。東京では見なかったかもー!わたしはいつも6枚切りを買うけど、これより薄い食パンは売ってないみたいだ。・・・昨日、お弁当の本を見ていておいしそうなサンドイッチが載っていた。BLTサンド。お花見のときなんかによさそう~!今度作ってみようかな?と思ってレシピを見たら材料:食パン(8枚切り)だって!!。。。売ってないよ・・・(涙)サンドイッチ用のパンは売ってるけど、ミミがついてないし(BLTサンドはミミつきのほうが絶対おいしそう!)8枚切りより薄いから、なんか具がはみだしそうだし・・・かといって6枚切りを使ったら分厚過ぎる!スライスされていない食パンを一斤買ってきて自分でスライスしてみようかな。。。と真剣に考えてます(笑)・・・・朝日新聞で連載されているコラムに「ホンマ?関西伝説」っていうのがあるのだけどわたしはこのコラムの大ファン!たぶん関西版しか掲載されていないと思うんだけど毎週金曜日の夕刊に掲載されるからとても楽しみ♪大阪では当たり前、と思っていることが東京や他の地区では違うんですよ~っていうことを取り上げてコラムにしているのだけど、本当に面白い!これ、単行本化してくれないかしら~??わたしも東京から大阪に来て「えぇぇーーー!」って思ったこと、たくさんあったから「そうなの!そうなのよー!」って思いながらそのコラムをいつも読んでいます。そういえば、食パンのことも書いてあったな~。大阪の人は分厚い食パンを好む傾向にあるとか。8枚切りは東京では何%か忘れたけどかなり売られているのに大阪では0%だった!そう、大阪に8枚切りはないのだぁーーー!あぁ、薄切りのパン(ミミつき)が食べたいわぁ。。。
2005.01.25
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わたしが独身の頃。友達と話していたときに何かのきっかけで「結婚したらダンナさんの苗字になりたいか?なりたくないか?」という話題になったことがあった。わたしは「なりたい」派、だった。結婚にまだ甘い夢を見ていた頃である。結婚して旦那様の苗字になって、人生の新しいスタートが切れる、それに、新しい苗字になることで新しい自分に生まれ変われる。(大袈裟・・・)確か、わたしはそんなことをいったような気がする。他の友達もだいたいダンナさんの苗字に「なりたい」派だった。だけど、たったひとり。Yちゃんだけは「わたしは絶対になりたくない」と言った。「それは、どうしてそう思うの?」わたしは聞いてみた。Yちゃんは「自分が自分でなくなるような気がするから」と言った。わたしは、「名前が変わったってYちゃんはYちゃんでしょ?変わらないよ~」そう言った。でもYちゃんは「今まで○○ Y子 として生きてきて自分自身頑張ってきた。それなのに苗字が変わることで今までの自分 ○○ Y子 がいなくなってしまうような気がする・・」そういう風に説明してくれた。この時はこれ以上、深い議論にならず、別の話題になってしまった。・・・・それから何年も過ぎて。わたしは結婚し、ダンナの苗字を名乗るようになった。独身の時にはあれほど憧れていた「ダンナさんの苗字を名乗る」ということ。。。・・・Yちゃんの言っている気持ちがこのときやっと分かった。区役所に行けば「○○さん~!」とダンナの苗字を呼ばれる。始めの頃は何度呼ばれても自分のことを呼ばれていると自覚できなかった。わたしは●●(わたしの旧姓)だよ!何度も、そう心の中でつぶやいていた気がする。・・・・わたしの旧姓は2文字で苗字で呼び捨てにされやすかったので男友達からも女友達からも苗字で呼ばれることが多かった。学生時代は絶対に苗字で呼ばれていて名前で呼ばれたことなんて本当になかった。実家に帰省したときに友達に会うとみんなわたしのことを旧姓で呼ぶ。下の名前だって、両親が考えてつけてくれた名前だ。とっても気に入っている。●● ○○子これがわたしが生まれたときに付けられた名前。そしてこの名前で結婚するまでずーっと生きてきたんだ。愛着があって当然!Yちゃんが言っていた事ってこういうことか。。。上手く説明できないけれど、やっと分かった気がする。結婚してから知り合った友達は当然わたしの旧姓を知らない。わたしも相手の旧姓を知らなかったりするからお互い様なのだけど。○○さん(ダンナの苗字)と呼ばれて、自分がいなくなってしまったような気がする。。。せめで下の名前で呼ばれたなら、まだ違う気持ちだったのかも。でも日本ではよほど仲良くないと下の名前で呼び合ったりしないものね。下の名前を知らないことだってあるのに。 ・・・・もし、離婚したのなら、苗字はどうするんだろう?実は子供が生まれてすぐの頃の大喧嘩のときにあまりにも頭にきたので次の日に本当に離婚届をもらいに行った事があるのです。(ダンナより、実はわたしのほうが恐ろしい奴かも!)そのときに区役所の人から「苗字はどうされますか?結婚前のに戻しますか?そのままですか?」と。。。そのときは「まだ決めていません」と答えてなんだか用紙をもらった。結婚前の苗字に戻すなら、問題はないみたいだけど離婚してもダンナさんの苗字を名乗り続けるのならなんだか手続きが要るようだった。。。めんどくさい。なんだか結婚して名前が変わるのって、女にとって不便なことばかりだ。銀行口座の名前が変わったので「結婚して名前が変わったから変更したいのですが」そう窓口で告げたら。。。「住民票と本人確認のための免許証など、お持ちください」といわれた。男の人なら、結婚しても何も変わらずに生活し続けられるのに。パスポートだって、免許証だって、名前が違っていたら何もならないからきちんと変更しなければならない。これだって男の人なら何もしなくてもそのまま使えるのに。女の人の苗字が変わるのって大体が結婚か離婚によるものだ。それで会社などでは結婚したか、離婚したかすぐにわかってしまう。男の人なら、結婚しようが離婚しようが苗字は変わらないからなにも詮索されることはないのに。。。・・・・・子供の苗字、変わるの?変えるの?ムスメの名前は今のダンナの苗字にぴったりハマっている。わたしの旧姓とは全然合わない。・・・当然だ。離婚することを予測して名前なんて考えていないもの。今のダンナの苗字にぴったりハマり、そして画数だっていいものを考えた。悪いといわれるより、良いほうがいいに決まってる。いろいろ悩んで悩んで、そして決めたお気に入りの名前なのだ。そして、ムスメは○○ ○○子として生まれてきた。苗字が変わったらやはり「何か違う」と感じるのかな?わたしが結婚してダンナの苗字に変わって感じた違和を小さい今だったら感じなくて済むのかな・・・?もし、離婚したら、わたしだけ旧姓に戻ってムスメはダンナの苗字を名乗らせようか?それとも、わたしもこのままダンナの苗字を名乗り続ける?・・・またいろいろと名前変更の手続きするの面倒だし。。。・・・・などなど、いろいろなことを考えている、今日この頃であります。
2005.01.24
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ここのところ、気温の低い日が続いている。冬、困ることといえば 結露 窓ガラスに雫がたくさんつくアレである。最近の日課として、毎朝洗濯物を干した後にベランダに面した窓ガラスをすべて拭く。という項目が加わった。以前、節約本か何かで「窓ガラスは古新聞で拭くとよい!ガラスもぴかぴかに!」というのを読んでから、わたしは窓ガラスを古新聞で拭いている。結露の雫はかなりの量なので、雑巾で拭いてもすぐびちょびちょになってしまう。雑巾を何度も洗うのはちょっとめんどくさい。それに冬場は水仕事は辛い。古新聞ならばそのまま捨ててしまうことができる。「ガラスがピカピカに!」の効果であるがウチの家には全然効果ないみたいである^^;(ガラスがつるつるじゃないから効果がいまいち分からない~)今のこの家、ガラスはすりガラス?というか表面がつるつるではなく外から家の中が見えないようなガラスになっている。表面に細かいでこぼこがあってそこに結露の雫も入り込んでしまって上手く拭けないので、いつもイライラしてしまう。外気温が低すぎるから結露になるのは仕方のないこと。。。何回、拭いたって結露になるの!そう思うけれど、やっぱり放っておいて床がびとびとになるのはイヤだ。。。(>_
2005.01.23
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ベジマイト と聞いて、反応したアナタ!!オーストラリアもしくはニュージーランドで食べたことありますね?!わたしは以前、ワーキングホリディでニュージーランドに滞在していた。ベジマイトに出会ったのはこのとき。ホームステイをしながら語学学校に通っていた。ある日、ホストファミリーの家でランチを取っていたとき子供のトーストにおいしそうに塗られていたアレ・・・すごくおいしそう・・・そう思ったわたしは、「これわたしも食べてもいい?」と聞いてみた。ホストマザーは「もちろんよ!これは体にすごくいいのよ♪」と気持ちよく勧めてくれた。色から見て、これはチョコレートだ。そう思ってトーストにたくさん塗った。今日は朝から甘いものが食べたかったのだ、丁度いい・・・たっぷり塗って、「いただきまーす!」ひとくち、口に入れた途端!! (`△´) うげえぇぇぇぇぇぇぇぇー マズイ!!!!!とんでもなく不味かったのであった。チョコレート味だと思ってたそれは全然甘くなかった。しょっぱかったのである。日本で言ったら味噌に近い感じ?甘いものと思って食べたのにしょっぱくって不味かったというショックからしばらく抜け出せずにベジマイトが嫌いになってしまった、BBであった。。。学校の友達(日本人や韓国人、中国人いろいろ・・・)にもこの話をしたらみんなやはりチョコレートだと思って口にし、わたしと同じ失敗をしていた。。。ははは~。だけどある時、友達からおいしい食べ方を聞いて再度チャレンジしてみた。トーストしたてのパンに、バターを塗り、薄ーくベジマイトを塗るのである。わたしが初めて食べたときとほとんど変わらない食べ方だが「薄ーく塗る」というところが全然違った^^;食べてみると。。。 うまい!!! 同じベジマイトなのにとってもおいしかったのである!トーストしたてのパン、というところがポイントかも!バターが解けて、ベジマイトと上手く絡み合ってすごくおいしかったのだ。それから、わたしはすっかりベジマイトの虜になってしまった!トーストするときはもちろん、サンドイッチを作るときにもバターと一緒に薄ーく塗ると、程よい塩味がついておいしくなった。キウィ(NZ人)は肉をソテーするときとかにも使ったりしていたみたいだけど、わたしは怖くて出来なかったので^^;、もっぱらパンに塗るだけでしたが・・・ニュージーから帰国するときもたくさん買って帰った。・・・もちろん、実家のみんなには「なんなの??これ??」とブーイングだったが。。。^^;今では近くの大きな輸入雑貨屋で手に入れることが出来る。サンドイッチを作るときには今も欠かさず使うベジマイト。興味のある人はぜひチャレンジしてみてね。
2005.01.21
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先週の喧嘩から、いろいろ考えることが多くて。。。またちょっと今日は暗いですが・・・すみません。先週、大喧嘩をした後、やはりダンナは本心から離婚を考えているわけではないんだな・・・ということが分かった。わたしは・・・いろいろなことを考えた。東京に帰るのか?大阪に残るのか?これが一番大きな問題だ。大阪に残るのなら、こっちで仕事を探さないといけないし東京に帰るのなら、向こうで見つけなければならない。ダンナは「さっさと東京に帰ったら?」と言ったけど。わたしだってそう出来るならそうしてるわ!!(怒)わたしの友達にも離婚した友達は結構いるが例外なくみな、一度は親元に戻っていた。再婚して新しい家庭を築いた友もいればまた資金を貯め、ひとり立ちした友もいる。東京の親友・Aちゃんもバツイチだ。子供がいなかったため慰謝料も何ももらうことなく離婚し一度は親元に戻ったが、お金をため親元から離れた。(といっても、実家はすぐ近くなんだけど;)今一人で充実した生活を送っている。わたしが色々悩みを相談したときも「そりゃ、BB、こっちに帰ってくるほうがいいでしょ?」と帰ってくることを前提に話が進んでいた。。。。たぶん、わたしひとりならば、もうとっくに東京に帰っているのだと思う。でもね、一番気にかかっているのはムスメの幼稚園のことだった。今、年中さん。今年3月から年長。来年3月に卒園となる。あと1年で卒園なのに、東京の幼稚園に転校させるの?今の友達と一緒に卒園させてあげたい。親の事情なのに、かわいそう過ぎると思った。それに2月に発表会がある。今年は、おばあさんの役をもらい、とってもはりきっていたムスメの顔が忘れられない。そのことをダンナに言ったら「お前が一人でやると、お前が決めた道や!」と言われた。・・・あなたが出て行けといったんでしょう~?なのになにが「お前が決めた道」??むかつく。「じゃ、東京から大阪まで幼稚園に通えとでも言うの??」と言ったら笑いながら、「そうしたら」と言い放ちやがった。。。(-_-;)。。。喧嘩しているときにはとんでもない発言が次から次へと出てくる・・・前述したが、ダンナは本気で離婚を望んでいるわけではないのだ。喧嘩の勢いに任せて、自分の思いをとんでもない言葉で表現する。いつもそうだった。それで傷つかない人間などいないとでも思っているのだろうか?この人は?先週の大喧嘩からわたしは笑顔が消えたよ。あなた、気がついてないの?そんな喧嘩を繰り返してきたんだ。それなのにどうしてセックスしようという気持ちになれる??ダンナのこと、どこが好きだったのかももう思い出せない。もうはっきり言って触られるのもイヤだ。。。やっぱり、離婚することを真剣に考えたい。でもまた勇気のない自分も居て・・・だけどね。とりあえず、離婚したなら大阪に残ろうと決意した。ムスメの幼稚園、これから行く小学校のことも考えた上でのことだ。本当は実家近くが理想だが家賃のことを考えたら考えが変わった・・・実家近くで住宅情報見たけど、すごく高い家賃ばかり!大江戸線が開通したのでまた地価が上がってきたらしい。東京の親友・Aちゃんはわたしの実家すぐ近くに住んでいるがやはり今はとても高くなってきていると話していた。Aちゃんの払っている家賃(ワンルーム)なら大阪で2DKが借りられる。ムスメと2人なら十分な広さだ。それに今とあまり環境も変わらなくて済む。ムスメは友達と離れなくて済むのだ。物価も安いし、大阪の雰囲気も大好きだ。。。。今すぐに出て行くわけではないが大阪でやっていくと決めた。あとは、仕事だ・・・見つかるかしら。
2005.01.20
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しばらく暗い話題ばかりだったので今日はちょっと話題を変えてみます♪今日は本町にコピーしに行ってきました。コンビニでコピーすると1枚=10円。キ○コースに行けばセルフの場合1枚=9円。(後で気がついたのですが 税抜き9円で、税込みだと9.45円でした;泣)かなりの枚数をコピーするので1円でも安いほうがいい。でも本町はビジネス街だ。キ○コースの他にもっと安いコピー屋さんがあるかもしれない!そう思い、自転車でぐるぐる回ってみたが見つけられなかった。。。いや、1軒見つけたのだがそこはセルフでも10円。・・・(-_-;)コンビニと変わらないじゃん!(怒)しかたがないのでキ○コースに行って来ました。ここに来るのは今日で2回目。受付で「セルフで」とお願いしようと思ったら セルフコピーVIP会員募集中!!との看板を見つけた!会員になると10%オフになるとか・・・これは申し込まなくては!!申し込んですぐ10%オフが適用されると言う。うふふ~、よかった~!少し安く済むわ~!大阪のオバチャン・モード全開で一心不乱にコピーをとり始める。ガッション、ガッション、ガッション・・・・・すごい枚数のコピーだ。30分ほどコピーをしていただろうか・・・?やっと全部終わった。レジに行き清算してみると!なんと!!「3560円になります!」 と言われてしまった!( ̄ロ ̄;)ガビーンコピー枚数、431枚ナリ・・・しかも、10%オフが適用されてこの値段だ!さらに!会員カードを申し込んだときに100円割引のクーポン券をもらったのでそれも使った上でこの値段だ!!す、すげぇーーー。個人のコピー代でこんなにお金使ったの初めてだ。もったいな。3500円あったら、近所のフレンチ・レストランで一番高いランチセット頼めるじゃん!3500円あったら、100均で35個も買えるじゃん!3500円あったら、週末、すき焼きできるじゃん!3500円あったら、ラーメン5杯は食べれるじゃん!3500円あったら、マクドナルドのハッピーセットが8回も食べれるじゃん!・・・なんか、みみっちぃ~ことしか思い浮かばないけど^^;どっか、紙、持込でコピーできるところないですか(/_;)または本町付近で安いコピー屋さんを知ってる方!お願いします~。教えてくださいませ~。。。今、真剣にコピー機が欲しいです・・・・*******************************************コピーする前に、折角本町に来たのだからついでに買い物もしました。薬局で花粉症の準備のため、色々買いました。前々から新聞などで知っていましたが、今年の花粉はスゴイらしい・・・昨年の10倍?いや、もっと、20~30倍とか!恐ろしい・・・わたしはもうかれこれ15年ほど前から花粉症で悩まされてきた。病院で調べてもらったところ、ばっちりスギ花粉に反応し、ハウスダストもダメだった。ほとんど1年中 鼻が垂れてる状態だ。去年は確かにたいしたことなかった。今年はスゴイ!と昨年の末ごろから聞いていたのでもうそのころからなんだかムズムズ鼻の奥がかゆくなり始めていた。花粉症にいいといわれている「甜茶」とマスクをとりあえず買ってきた。もうすでに鼻水垂れてきてるから、今から支度しても遅いのかも~??これから甜茶を飲んで「花粉症と戦ってるぞ!」的な雰囲気を出そうかと思います。あと、がっかりしたことがひとつ!!ナント!!本町にある明治屋が!!「閉店セール 20%オフ」の文字が見えたので、「まさか??」と思って入り口のビラを見てみると、、、2月19日をもって閉店だそうです・・・(/_;)80年の歴史に幕を閉じ・・・と書かれていましたのでこのビルもとても古いものだと思います。でも外観はステキで、とても好きだったのです。。。。残念だな。いずれは壊されてしまうのかな・・・閉店される前にセールに行ってきます。また古くてステキなビルがひとつ、街からなくなってしまうのですね・・・・寂しいなぁ。
2005.01.19
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あぁ、びっくりしましたぁー。ダンナとの大喧嘩の後、たくさん吐き出したいことがったので思いっきり、自分の気持ちを綴ってみた。そしたら!!アクセス数がいつもの10倍以上に!!本当にびっくりしました~。そして、くだらないグチを読んでくださってありがとうございました。みなさん、「離婚」とか「セックスレス」とか、人にはなかなか相談しにくい話題だから同じような悩みを持っている人が気になるのかな・・・と思いました。また思っていること、いろいろ書いてみたいです・・・+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今日は、大喧嘩のその後を。。。金曜日の深夜まで離婚についての話し合いが進められた。もう本当の本当に離婚なんだと自分の中でも決心がついた。でも不思議とこころはすっきりとしていた。。。。もうこんなくだらない喧嘩をしなくて済むんだ。そう思った。ムスメとの2人の生活を想像し、がんばろうと誓った。・・・土曜日の朝。この日の予定としては1.携帯が破壊されたので新しいのを見に行く2.近くの住宅情報センターに行ってみようと、自分の中で決めていた。朝起きて、当然ダンナはわたしに挨拶もナシ。わたしも目も合わせず、各自、自分の分だけ朝ごはんの仕度をする・・・ムスメにもゴハンを食べさせ、出かける支度をしようと思ったところ・・・なんと、雨が降ってきた!自分ひとりだけなら、さっさと出かけるところだが子供を連れて雨の中動き回れない。天気予報を見ると、一日雨の予報だ。。。。今日は仕方がないから家で待機して明日、出かけよう。そう決めた。この日(土曜日)は一日中、お互い目も合わせず会話もせず、ダンナは自分の洗濯は自分で行いご飯も自分で何か適当に食べていた。・・・日曜日。今日は引越しの見積もりに引越し業者さんが来ることになっていた。実は、わたしたち2月下旬に新しいマンションに引っ越すことになっていたんです。金曜日の喧嘩でダンナは「俺はひとり、新しいマンションに行くから、自分らだけ住むとこ探したら」そんなふうにわたしに言い放ったのでわたしはわざわざ引越し業者さんの見積もりに付き合わなくてもいいだろうと思ったんです。13時に業者さんが来ることになっていました。それより少し前になって「ちょっと買い物に行って来るわ」と伝えたら「本当にいいんやね?」と言い出した。・・・「は?だってあなたが出て行けといったんでしょう?」。。。ダンナは本当のところ、心の底では「離婚」は望んでいないのがわかった。この人、いつもそうだ。喧嘩の度に「出て行け」だの、「もうお前とはムリや」だの、さんざん人のことを傷つけるようなことをたくさん吐き出しておきながら次の日から、なぁなぁでなんとなーく元に戻っていたのだった。わたしも出て行く勇気がなかったものだから今の家から出て行く、ということできずずるずると今の家に居続けたのだった。でも今回の喧嘩は本当に凄いものだったからわたしも今回ばかりはやり直すのは無理だと思い、覚悟を決めたのに。・・・・拍子抜けしてしまった。・・・ダンナは結局、今回もまたいつもの喧嘩同様、元に戻ろうと考えているようだった。。。。わたしは、どうしたいんだろう?・・・わたしはたぶん離婚したいのだ。やり直してもきっとまた同じように喧嘩が起きるだろう。子供が生まれたばかりの、あの離婚騒動から何度も繰り返してきたように。ダンナと結婚してからこころから笑ったことってあったけな?心の健康も取り戻したい。わたしは今回、本当にひどいことを言われて傷ついた。それでもダンナを許せるのだろうか?でもずるいけれど、言い訳がましいけれど本当に離婚するのが怖い。子供と二人、がんばろう!とこころに誓っておきながら「仕事は見つかるの?」「仕事と家事と育児、すべてわたしができるの?」・・・・本当になにもかも怖いのです。「離婚する!」だなんて、タンカきってごめんなさい・・・まだしばらくこのまま続くのだと思います。。。
2005.01.18
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*昨日のニッキの続きです。子供がやっと寝た!いよいよ自分も眠れる!そう思うときに限ってダンナから誘われる。とてもじゃないが体が持たなかった。もうわたしはヘトヘトだった。一分、一秒でも多く、睡眠をとって明日に備えたかった。寝なかったら育児もできないし、洗濯もできないし掃除も!炊事も!何もできない。そしてなにより、子供が隣で寝ているのにセックスなんかできなかった。独身の頃はわたしはどちらかと言えばセックスは好きだった。(できちゃった結婚したくらいだしね;汗)好きな人とくっついていられるのはなにより幸せだと思っていた。腕枕だって、大好きだった。だけど。子供を生んでから、「母親」という自分が多く強調されてしまったみたいだった。子供が隣で寝ているのにとてもじゃないがHな気分になんかなれなかった。母乳で育てていたので、胸も触られたくなかった。「赤ちゃんのゴハンなのに!」って思っていた。・・・徐々に断ることが増えていった。それをダンナは不安に思っていたのでしょうね。その頃、わたしは大阪に来てめったに外に出ることもなく大阪に友達なんてほとんどいなかった。大人としゃべる日はほとんどなく、気が狂いそうだった。そんなある日。ダンナが仕事で使うというのでパソコンを買った。メールのやり方を教えてもらい、昼間はネットサーフするのが趣味となった。寂しかったので気軽な気持ちでメル友募集のサイトに行った。ハワイが好きだったので同じ趣味を持つ人を探した。そこで気の合いそうな人にメールを送ってみた。返事があったのはハワイ在住のわたしと同じ年の女性・Mちゃんとハワイ好きのわたしより年下の男の子・Tくん。2人と知り合ってから、毎日楽しくなった。一日中誰とも話さない日もある中、メールの中では大好きなハワイの話で盛り上がれた。久しくハワイに行っていないわたしに最近のハワイの様子など、教えてもらったりしていた。Mちゃんは女の子だからいいとしてもTくんは男の子だ。ダンナがやきもち妬くに決まっている。やましいことなど何もなかったので正直に話した。男の子のメル友がいると。隠すほうがよほど気分が悪いと思ってのことだった。ハワイ大好き!という共通の話で盛り上がり全然色っぽい話なんかなかった。わたしは結婚していることも話したしTくんにも彼女がいた。「今度、彼女と一緒にUSJ行くから、どこ泊まったらいいですか?」なんてことも話していた。Tくんから誘われたことなんて一度もない。だけど、ダンナは面白くなかったのでしょうね。わたしがセックスを断り続けているのは浮気をしているからだと決め付け始めた。そしてある日。わたし宛のメールをすべて勝手に読んだのです。結局何も出てこなかったのだけど。(当たり前だ)でも前述の子供が泣きやまなかったときのあの冷たさにわたしはMちゃんにメールを書いたことがあった。「もうこんなに冷たい仕打ちを受けるなら離婚も考える」と。それを読んだダンナは大激怒!「もう、お前とはやって行けへん。離婚だ」最初は謝って何とか誤解を解こうと思ったがだんだんダンナが許せなくなってきた。人のメールを勝手に読む、という行為がもう許せなかった。わたしのことを信じていなかったからそういう行為に走ったわけだが、信じてもらえないことも悲しかった。「離婚」と漠然と考えた事はあったがもちろんうまく結婚生活を続けて行きたい気持ちのほうが大きかった。Mちゃんのメールに「離婚」って書いたのはグチみたいなものだった。「離婚」と相手に言うときはそれ相当の覚悟を持って言うものだと考えていたのでダンナが「離婚だ」と軽々しく口にしたことにも腹が立った。話し合ったが埒が明かないのでわたしも覚悟を決めた。「わかりました。離婚しましょう。明日の朝、区役所で離婚届をもらってくる。それでいいでしょ。子供はわたしが引き取るから。あなたには育てて欲しくない。」そこまで言い切った。ダンナは「わかった・・・」と言った。「じゃぁ、もう寝ましょう。でももうあなたと一緒に眠る気はないから」・・・ここからだ。わたしたちの布団が別々になったのは。とてもじゃないがダブルの布団で隣同士、仲良く眠る・・・なんてできる心境じゃなかった。「あなたはあっちの部屋で寝て頂戴」「・・・わかった」ダンナは無言で来客用布団を敷いた。眠り始めて暫くすると。。。すすり泣く声が聞こえた。ダンナだった。子供の寝顔を見ながらすすり泣いている。「もう こいつ(子供)と一緒に寝られないんやな・・・」「あなたが切り出したことでしょう?当たり前じゃない」わたしは腹が立っていたので冷たく返した。するとダンナは・・・「・・・悪かった、、、もう一度考え直しえてくれ。」と、懇願してきたのだった。。。。ずるいけれどわたしだって離婚なんかしたくなかった。「離婚しましょう」とタンかを切ったのはいいが、乳飲み子を抱えて仕事はすぐ見つかるのか?東京に帰るのか?大阪に残るのか?・・・さまざまなことが頭を駆け巡っていた。離婚するために結婚したわけではないし上手く行くならそのほうがいいに決まっている。ダンナは泣きながらわたしに謝ってきた。「もう一度やり直したい」と。。。。わたしは考えた。経済的にも社会的にも一緒にやり直すほうがいいに決まってる。こんなに謝っているのなら。。。わたしも許す気持ちになってきた・・・離婚は白紙に戻すこととなった。でも一度離してしまった夫婦の布団。それはなかなか元に戻すことはできませんでした。ここらかわたしたちのレス生活が始まったのです。
2005.01.17
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*このニッキは17日に書いています。何度かニッキに書いているがウチはセックスレスだ。今日はそのことについて書いてみようと思う。セックスレス(以下、レス)には* 夫がセックスをしたくないタイプ* 妻がセックスをしたくないタイプ* どちらもセックスをしたくないタイプに分かれている。どちらもセックスをしたくなく生活が上手く行っているのなら問題にはならないだろう。どちらかがセックスをしたくてどちらかがしたくないから問題になる。・・・我が家はわたしがしたくないのだ。わたしたちが結婚した理由・・・できちゃった結婚だ。いい歳こいて恥ずかしいけれど。ダンナとは知り合ってすぐに付き合い始め、すぐに子供ができた。子供ができたことを話すと「生んでくれ」と言われた。・・・実はわたしは18の時に中絶経験があった。そのとき付き合っていた彼は19。お互い若かったし、お互い夢に向かって頑張っている最中だった。結婚して子供を生む。。。と言うことは考えられず中絶してしまった。。。。それから何年か経ってからその彼とは別れてしまったのだけれど。・・・だから「生んでくれ」と言われた時にきちんと考えてくれている人だと思った。無責任な人ではないと。そして入籍をし、わたしは大阪にやって来た。・・・でもね。付き合っているときから「この人って・・・(-_-;)」と思うときが何度かあった。一緒に部屋で映画のビデオを見てたとき。その映画はわたしたちがお互いに観たかった映画。でも知人からある映画とそっくりだと聞いていた。実際、その映画とパクってるな~と思えるところがあった。でも最後は感動して泣きそうになったりもした。自分の涙を隠したかったために、「この映画、ちょっと想像してたのと違うね~」なんてコメントしたら。。。大激怒!怒って部屋から出て行ってしまった。・・・なんか違う、この人。(-_-;)その当時はすぐに自分が悪かったと謝って許してもらった。大好きだったから、こんなことぐらいで喧嘩したくないと思ってた。後でなぜ怒ったのかを聞いたら「楽しみにしてた映画なのにわたしが悪く言ったから気分が壊された」そうだ。。。あっそ。でも、あんた、結婚してからわたしが楽しみにして真剣に見ているドラマに、横からちゃちゃ入れて、「こいつ、演技へたやなぁ」とか言うじゃないのー!わたしが同じ事すると怒るくせに自分はいいのね。わたしはこの喧嘩以来、ダンナが観ているドラマ・映画について感想を言うのをやめた。。。・・・・結婚してからすぐに子供が生まれた。生まれたばかりの子供は夜中に2~3時間おきに起きる。赤ちゃんなんだから仕方のないことだが、母乳で育てていたわたしはもうフラフラだった。以前にもニッキで書いたことがあるがわたしは睡眠時間が少なくなるとイライラしてダメなのだ。母乳をあげているときは連続して睡眠はできない。やっと寝た!と思って自分もウトウトし始めると「ぎゃー!!」っと起きる。パイをあげる→子供が寝付く→わたしウトウト→子供起きる→パイをあげる→子供が寝付く→わたしウトウト→・・・・・・これが毎日だった。母に「辛い・・・」とこぼしたら「これが一生続くわけじゃないから今だけだから頑張りなさい」確かにそうだ。夜に睡眠時間を長く取ることはできないけれどわたしは昼寝で睡眠時間を取ることができる。それで何とか頑張っていた。かわいそうなのはダンナだ。昼は仕事が忙しくて昼寝なんてできるわけない。夜は子供の泣き声で起こされる。睡眠時間が少ないのはダンナも同じだった。わたしはなるべく、子供が長い時間泣かないように気を使い泣いたらすばやく母乳をあげるようにした。おかげであまり泣き声をダンナに聞かせなくても済むことも多かった。それにダンナは寝起きがものすごーーーーーーーく悪い。自分で起きたときは普通だが、寝ている途中で起こしたりするとそれはそれは、ものすごい機嫌の悪さで、恐ろしい目つきで睨まれる。だから余計に泣き声に気を使った。だけど、ある日。母乳をあげても抱っこしても、なにをしてもムスメが泣き止まないことがあった。わたしはこころの中で「お願いだから泣き止んで!!ダンナに怒られるからー!」子供の口をふさいでしまおうか、などと恐ろしいことも考えた。あまりにもすごい泣き声で当然、ダンナは起きてきた。 「何をやってるんだー??」 冷たい視線。「ごめんね、おっぱいあげたんだけど全然泣き止まなくって」背中をさすったり、抱っこしてとんとんするがますます泣きじゃくるムスメ。。。こういう時ってあせればあせるほど、ますます子供は泣くものだ。ダンナが、「ちょっと貸してみろ!」強引にムスメを抱っこした。・・・暫くすると、なんと、スヤスヤ眠ってしまった!いつもはママじゃないと寝なかったのに!すると「お前はまったくダメだ」といわんばかりの目でわたしを睨みつけ、「ほら!泣き止んだじゃないか!!」と言い放った。。。そしてわたしにフォローの言葉をかけるでもなく自分だけさっさと眠りについてしまった・・・・・・わたしは悔しくて、悲しくて、布団の中で静かに泣いた・・・このときからわたしの中でダンナに対する気持ちが薄らいでいったように思う。。。それまでは「好き」という気持ちだけで走ってきたが結婚はそんな気持ちだけでは続けていけない。結婚は他人との生活だ。相手を尊敬し、思いやる気持ちがなければ続けていくことなどできない。ダンナはわたしを思いやってくれているのだろうか?わたしはとてもじゃないがそんな気持ちが全然感じられなかった。そしてわたしも。育児に疲れ、ダンナを思いやるという気持ちが欠けていたのかもしれない。・・・長くなったので一度終わります。つづく・・・
2005.01.16
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*このニッキは17日に書いています。ダンナと久しぶりの大喧嘩をした。金曜日の夜、ムスメと2人でお風呂に入っていた。「バタン」玄関のドアの音がする・・・ダンナが帰ってきた。「ただいま」と浴室のドア越しに言ったのが聞こえた。「おかえり」わたしもドア越しに返事した。その後。ムスメとシャワーを浴びていたら。。。 ドスン!! 何か大きな音がした。始めはダンナが何かを落としたのかと思った。・・・しかし、しばらくしてまた ドスン!!バタン!! (-_-;)これは絶対に故意にやっている音だ。また何か気に食わないことがあったのか。ダンナは喧嘩になると物を壊すハカイダーだ。考えられる理由は、、、なんとなく予想がついた。ムスメとお風呂をあがる。するとすごい形相でわたしを睨み付けながらダンナが バタン!!・・・勢いよく玄関のドアを閉めて出て行った。部屋に行ってみると、まぁ、荒れていた。ムスメのおもちゃ箱にへこみあり、ふすまに破れあり、書類がそこらじゅうに散らばりとどめは・・・ わたしの携帯まっぷたつ!!見事に破壊されていた。予想はついていたが、ここまでするとは。。。怒っていた原因はメールだ。最近、東京の親友・Aちゃんからメールがあった。「同窓会でBBのこと、みんなで話して盛り上がったんだ~。S君がBBのメルアドを知りたがっているから教えてもいい?」というものだ。S君はわたしの幼馴染。幼稚園と中学時代を共に過ごした。S君が彼女と歩いているところに遭遇し、ひやかしたこともあったしお互い独身の頃は地元で飲みに行ったりしていた。もちろん、Aちゃんが同窓会でわたしの話をしたので結婚して今は大阪に暮らしていることを知っていた。S君に別にやましい気持ちがないのはすぐにわかった。ただ懐かしかったのだ。いつしか連絡の途絶えた友達(わたし)の話を聞いて連絡したくなったのだろう。わたしもAちゃんから同窓会の話しを聞いて懐かしい友達の顔を、たくさん思い出していたから。同じ想いだったと思う。だからAちゃんにメルアドを教えてもいいよ、と連絡した。ただやきもち妬きのダンナのことがあるので電話番号は教える気にはならなかった。・・・そのS君からメールが届いたのをダンナは見たのだ。荒れた部屋を片付けているとダンナが戻ってきた。「もうお前とはムリや」そう言い放った。・・・わたしはダンナがメールで怒っているのがわかったので「メールを読んだの?」と聞いた。「読んでない」とダンナ。「読んでもいないくせにここまでするの?何もやましいことなんか書いてないから読んだら?」「読む必要はない」とダンナ。わたしは自分の濡れ衣を晴らしたかったので「壊した携帯元に戻してよ!!それでメール読んだら?」と言ったが壊れてしまったものはもうどうしようもできない。ダンナは「もうお前とはムリや、出て行け」を繰り返すばかり。。。・・・携帯にメールが来た位でそこまでキレるか?と不思議に思う人もいると思う。以前、ニッキにも少し書いたがウチはセックスレスだ。(その理由はまた次に書きます。)いろいろ理由が複雑に絡み合ってダンナは勝手にわたしが浮気をしていると思っているのだ。もちろん神に誓ってそのようなことはありません。だいたいそんな時間も金もないし。もう同じような喧嘩を何度繰り返しただろうか?今まで子供が小さいから、仕事をしてないから・・・など、さまざまな理由で離婚を考え直してきた。このまま我慢すれば、ダンナはお給料を持ってきてくれる。子供はまだ幼稚園だ。手がかかる。幼稚園側も何かと用事が多く、母親が行く場面が多い。まだフルタイムの仕事は無理だ。実家には頼れない。父も母も勤めていた会社が倒産し困っている。それなのにバブルの時に買ったバカ高いマンションの支払いが残っている。そしてまさかわたしたちがこんなにも仲が悪いとは考えてもいないと思う。半ば勝手に決めた結婚だったので戻れないと思ってる。・・・ずるいけれどわたしは出て行く勇気がなかったのだ。・・・わたしが実家に頼れないことを知っているくせに「東京に帰ったら」の捨て台詞。小さい子供を連れてどこに行けと言うのか?わたし一人なら、とっくに出て行ってる。「月曜日に書類を取って来い。それでハンコをついて終わりにしようや」ダンナが言う。「養育費をきちんと払うと約束しないなら、ハンコは押さない!」わたしは言う。「子供のお金は出すがお前が楽するための金は一銭も出さない!」・・あぁ、またかよ。(怒)別にわたしは自分が楽するための金をくれと一度も言った事はない。わたしにはまだ仕事がないし住む所もない。しかしあなたにはある。この子はいつまでたってもあなたの子に変わりはないし養育費を払い続ける義務がある。わたしも仕事を見つけて、がんばって働くから、あなたもきちんとこの子のお金だけは払って。。。と、以前も離婚騒動まで発展したときに話した。それなのに「出るとこ、出ようや」とかもういい加減にして欲しい。「子供のための金は出す」と言いながら本当はわたしたちに一円も出したくないのではないのか?と思う発言だ。いつもの喧嘩だと、わたしもダンナも次の日からなんとなく元の生活に戻っていた。でも今日は久しぶりの大喧嘩だ。ダンナも折れるつもりはないらしい。ダンナがわたしを侮辱する発言もし、取っ組み合いの喧嘩になった。太ももと尾てい骨のあたり、青あざになってる。座るとすごく痛い。わたしは今までの喧嘩とは違う、、、と感じた。出て行く覚悟を決めた。2月末に引越しがあるので期限はそれまで。ということになった。どうなるんだろうこれから。でも今までより強い気持ちで出て行くことを真剣に考え始めた。。。
2005.01.15
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昨日、お友達と話していて自分たちが出産したときのことをいろいろと話していたらかなり盛り上がったので日記に書いてみようと思います。わたしが大阪に引っ越してきたのは妊娠6ヶ月を過ぎた頃。東京で里帰り出産はせずに大阪で産もうと考えていたので家の近くで病院を探していた。ダンナは立会いをしてくれると約束していたがいつ陣痛が来るのか分からない。何かあって自分ひとりでも病院に行ける様にと家から徒歩でも通える病院を選んだ。この病院は大きい病院。・・・この病院を選んだことを後悔するのは出産も無事済んで退院してからのことだ。。。出産予定日よりも8日ほど早いある日のこと。その日はたまたま定期検診の日だった。朝早くからおなかが痛かったので「もしかして今日生まれるかもな・・・」と思っていた。検診に行ったときに先生に話をすると「それが陣痛の始まりだよ。でも今はまだ子宮口が開いていないし、今入院してもすぐには生まれない。たくさん歩いて陣痛を促進させてください」と言われました。病院の中をぐるぐる歩き回りだんだん痛みが強くなってきたのでもう一度先生のところにいって診断していただきました。「まだまだ開いていないので一回家に帰ったほうがいいですね。陣痛の間隔が10分になったら電話をしてこちらに来てください」とのことでした。家に帰って、ダンナに電話。「多分今日の夜に生まれると思うから仕事から帰ってきてね」と。夜になってだんだんと痛みが強くなってきました。生理痛の100倍痛い。。。とは話に聞いていたけど100倍、イヤそれ以上痛いかも。でもこれに耐えたらもう少しで赤ちゃんに会えるんだ!がんばらなくては!痛みがやってくる。しばらくすると痛みが引く。また痛みがやってくる。痛みが引く。時計を見ると15分間隔。おなかの痛みに耐えられなくなって病院に電話する。「もう間隔が少し短くなったら電話ください」・・・・Σ( ̄▽ ̄ノ)ノえっ!まだ病院にいったらダメなの??すんごい痛いんですけど??仕方がないのでまた痛みと戦い始める。だんだん間隔が短くなってきた。。。・・・10分間隔になった。もう耐えられなかったので電話をして「もう10分間隔です!病院に行きますから!」と連絡した。陣痛が来る前は歩いて病院に行こうかと考えていたがとてもじゃないが歩くことなどできなかった。ダンナがタクシーを呼んでくれた。病院についてからも診察室まで歩くことなどできず車椅子に乗って診察室に向かった。。。診察したあとまだすぐには生まれないので分娩室に入るまでの間、違う部屋で待機する。その時!!助産婦さんから紹介があった。 「看護学生さんがいるので見学させてくださいね!」 Σ( ̄▽ ̄ノ)ノえっ! 助産婦さんは「わたしもいるし、大丈夫ですよ!」といってくださった。。。えぇ、そうよ、看護学生さんに臨床実習は欠かせないわ。学校の勉強だけでなく実際に患者さんを診ることによって学生さんも立派になっていくのよ!自分も医療系で働いてきたのだからよく分かってる。 「わかりました・・・」(/_;)と小さく返事しながら「本当はイヤなのぉぉーーー!」とこころの中で叫んでいた。おなかにベルトのようなものを巻かれおなかの中のあかちゃんの心電図?を採っている。しばらくすると助産婦さんが看護学生に「じゃ、何かあったらすぐに呼んで」と一言残しどこかへ行ってしまった!!( ̄ロ ̄;)ガビーン学生さんはじーーーーーーーーーーーっと心電図を見ている。何もしないところを見ると異常はないようだ。が・・・わたしは陣痛がどんどんひどくなってきていて痛みにだんだん耐えられなくなってきていた。学生さんに「もう痛くて耐えられない!!早く助産婦さんを呼んできてください!!」学生さんは蚊の泣くようなか細い声で 「ハイ、わかりました」とはいうものの、まだじーーーーーーーーーっと心電図を見てる。これまでは学生さんの実習は大事だから。。。と思いなるべく協力的にしてきたつもりだったがわたしも痛みに耐えられなくなって人のことなんかかまっちゃられない状態に陥ってきた。ダンナも「こんなに痛がってますよ!!呼んできてください!!」って言っているのにまだじーーーーーーーーーっと見てる。 「早く呼んで来て!!って言ってるでしょ!!」(☆`Д´) キレてしまった。^^;やっと助産婦さんが来てくれた。「まだ生まれませんか?もうしんどいです」わたしは助産婦さんに言った。「じゃあ、子宮口を測ってみましょう。」助産婦さんが慣れた手つきで測定する。「8センチね・・・もう少しがんばって! あと 学生さんにも測定させてあげてください! 」子宮口の測定は内診だ。慣れてない人がやったら痛いに決まってる。陣痛の痛みで のた打ち回っているのにこれ以上痛い事はされたくない。 「イヤです!!」わたしは即答した。「^^;まぁ、そんなこと言わずにお願いします」と半ば強引に学生さんが測定・・・ 「痛っ!!」・・・やっぱりへたくそだった。段々に痛みが強くなってきていよいよ分娩室へと移動することになった。この痛みから早く解放されたい!!との思いから勝手にいきんで怒られた^^;助産婦さんの掛け声にあわせていきむ。何度いきんだだろうか??やっと赤ちゃんが出てきた。。。!!わたしの目から自然に涙があふれてきた・・・あぁ、やっと会えた。これからよろしくね・・・ムスメとのそんな感動の初対面のなか。。。「あら~、頭がこんなになっちゃって!」先生の声に驚いてムスメを見てみる・・・ ( ̄ロ ̄;)頭がとんがっている!! わたしがいきみすぎたためにムスメの頭はまるでとんがり帽子をかぶせたかのようにとんがっていた・・・「大丈夫ですよ!しばらくしたら治りますから!」先生は言ってくれた。。。実際、しばらくしたら治ったんだけどあのときは「一生このままだったらどうしよう(/_;)」と泣きそうでした^^;・・・・出産後暫くしてから岡山に住むおばちゃんが遊びに来てくれた。以前、大阪に住んでいたことがあって用事があるからその帰りに寄るねって。おばちゃんとは久しぶりに会う。いろいろ話が咲いた。そうしたら、「そういえばBBちゃんはあそこの病院で産んだんだよね?あそこは看護学校があるから実習があるでしょ?BBちゃんいろいろ診られたんじゃないかってウチの子、言ってたわよ。」おばちゃんの子は一度OLになったが夢をあきらめきれずに看護学校に入り直したことがある。。。大阪の看護学校に通っていたからわたしの通っていた病院の看護学校のことも知っていた!!「Σ( ̄▽ ̄ノ)ノえっ!おばちゃん、知ってたらもっと早く教えてよーー!わたしつらかったんだからーーー!」おばちゃんは苦笑いしていた。・・・もしもう一人子供を生むようなことがあったら絶対にあの病院には行かない!!と誓ったBBである。。。そして2人目を考えている友達にも「あそこは行かないほうがいいよ!実験台になるよ!」とわたしの体験談を話している・・・
2005.01.14
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いや~、今 もめてるんですよ。ベッドをどうするか?についてね~。。。今の我が家は布団。でもね、もうすぐ引越しがあるの。で、引越しを機に「ベッドを買おう!」ってことになったんだけど。。。ダンナ → ダブルベッドを希望わたし → シングルベッド希望シングルベッドに2人で一緒に寝る。。。訳ないじゃん!!ひとりに一台づつですよ!!もちろん!わたしの言い分ダブルは狭い。ひとりでゆっくりくつろいで眠るためにもマットレスは別々のほうがよい。ダンナの言い分ベッド2台も置いたら部屋が狭くなる。ベッドもシングル二台を買うとなるとお金がかかる。・・・ハイ、その通りです。でも、ダンナの魂胆は分かってる。長年のセックスレスを解消したいというのが見え隠れしている。大体ダブルベッドって狭すぎる!!シングルの幅が100センチ前後なのにダブルの幅は140センチ前後だ。ひとりあたり70センチ・・・相手が寝相が悪かったりしたら、もう最悪だ。逃げ場はない。前は川の字で寝ていたけど、最悪だった。。。わたしは真ん中だった。ダンナとムスメが同時にわたしに向かって寝返りを打ちわたしのスペースは20センチほどに・・・独身の頃は「ダブルベッドで一緒に寝るの~♪」なんて甘い夢を見てたけど、ゆっくり眠れないのって、わたしにとっては地獄だ。わたしは睡眠が大事だと思っている。睡眠をきちんととらなければ仕事をキチンとこなすこともできないし勉強していたって全然頭に入らない。人それぞれ、適度な睡眠時間が違うというがわたしは多めにとらないとだめなタイプだ。それも細切れではなくドカン!と長めにたっぷり眠らないとダメ。少ないとイライラするし、人と話していても全然理解できていないのだ。ミスだって多くなる。だからゆっくり眠りたい。ムスメが生まれてから・・・母乳だったので夜中にしっかり起こされた。生まれたばかりの頃は2~3時間おきに。なかなか卒乳できなかった(2歳半まで)のでそれまでは連続して眠った、、、ということはなかった。母乳だと、眠りが浅いのか途中で何回も起きるのです。おかげで寝パイという技を身につけパイを放り出したまま眠りについてしまったこともありました。ムスメがやっと卒乳したころからようやくわたしの睡眠時間もゆっくり取れるようになりました。何事にも邪魔されずにゆっくり眠りたいの。。。これってわがままなのかな。。。?それにシングルだとシーツを別々にできるでしょ。最近、ウチのダンナ おっさん臭いんです! ある時、お友達が話してたんだけど「ウチのパパ、臭いの~。シーツ洗っても匂いが消えなくってね」って言うの。家に帰ってから、ウチのダンナの枕カバーを匂ってみた。 くっせーー!! ヘアトニックの匂いじゃありません。ウチのダンナ、使ってないし。人間、年をとると誰でも「加齢臭」というものが出るらしい。いわゆる、「おっさん臭い」っていうのは科学的にもちゃんと根拠があることなのです。ダンナ自身も「俺、年々おっさんの匂いがしてきた」と自分でも分かっている匂いなのです。だからシーツ・枕カバーは自分用・ダンナ用を分けたい・・・って話したらこれは分かってもらえました。だけどダンナに何度もシングルを希望したら「だったら子供部屋で子供と一緒に寝たら!!」と言われてしまった。はぁ~。。。家庭内別居、するかも??セックスレスについてはまた今度。
2005.01.12
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子供が生まれたばかりの頃、「早くしゃべるようにならないかなぁ・・・」と思っていたものです。当時は結婚して大阪に来たばかりで友達もほとんどいなかった。大人と話する・・・といったら相手は夜遅く仕事から帰ってくるダンナだけ・・・という日が何日もあった。人間、誰ともしゃべらないと変になってきます。あの頃のわたしは育児ノイローゼ一歩手前まで行っていたと思う。わたしはムスメが早く大きくなって一緒におしゃべりしてくれる日が来ることを望んでいました。・・・時は過ぎ。。。早いものでムスメももう5歳!かなりのおしゃべりムスメに成長しました。自分の小さいときもそうだったと思うけど言い間違いや、聞き間違い自分の思い込みで言っていることとか・・・ちっちゃい子供ってそういうのがたくさんあっておもしろい!ムスメが大きくなったら忘れちゃうかもしれないからニッキに記しておこうと思います。~幼稚園年少の頃~幼稚園に通いだして暫くした頃「チューリップ」を習ってきた。「ママに歌ってあげるね!」とうれしくて得意げに歌いだすムスメ。♪~さいたぁ さいたぁ ちゅーりっぷのはなが ならんだぁ ならんだぁ あたしのきいろぉ~Σ( ̄▽ ̄ノ)ノえっ!今何て言った?? あたしのきいろ!? 「もう一回歌ってくれる~?」とアンコールを希望。するとやっぱり。。。♪~あたしのきいろぉ~。。。( ̄m ̄*)プッちゃんと「赤 白 黄色」だということを教えようと思ったんだけど・・・面白かったから放置。いつか気がつく日が来るわ・・・(鬼母)~つい先日~買い物に行ってたくさん歩いたのでのどが渇いた。ちょうど自動販売機があったので何か飲み物を買うことに。「どれ?お茶にする?」「ううん。違うの。か・みず っていうのにする~」Σ( ̄▽ ̄)。。。か・みず??ど、どれだ??娘の指差すほうを見てみる。そこには 力水 と、漢字で書かれた飲み物が。。。ちからみず・・・ちからの漢字をカタカナのカ と読んだのね!確かに!これも面白かったから放置!家に帰ってからもずっとこころの中で笑いながらも「か・みず、飲む~?」とか聞いてたんだけど「違うよ~、ちからみず でしょう~?」と言い返されてしまった。Σ( ̄▽ ̄ノ)ノえっ!正しい読み方教えてなかったのにナゼ??ウチの子、もしかして天才??ただ単にボトルの横に小さく「ちからみず」と書いてあるのを見つけてしまったのです。ちぇっ。面白かったのに。~しゃべり始めのころ~しゃべりはじめの頃、いろいろ面白い単語がたくさんあった。ぶまーち → 風船風船をなぜ ぶまーちと呼ぶようになったのかは不明・・・ちんたんこ → 時計多分これは時計の針の音からだと思う。・・・・もっともっと面白いのがあったはずなんだけどもう忘れてきてる。。。残念~。ちゃんとノートとかにメモして置けばよかったな。そうしたらいい記録になったと思うな~。子供の成長って本当に早いです。他にもまだまだあるけど今思い出せるのはこれぐらい。また面白いのを思い出したら書きとめていきたいです。
2005.01.11
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大阪に住むようになってから家でお好み焼きをしたりたこ焼きをしたりすることが多くなった。東京にいるときにはお好み焼きはめったに家で作らなかったし、たこ焼きなんかは外で買ってくるものだと思っていた。コナモンとは。。。たこ焼きとかお好み焼きとか、、、粉を使って作る料理の総称であります。我が家も大体月に1~2回、ホットプレートでお好み焼きをしたり、たこ焼き機を使ってたこ焼きを作ります。今日はお好み焼き!ウチは豚玉しか作りません。ダンナが奇抜な具のお好み焼きは好きではないのでノーマルに豚玉だけ、です。時にはイカ玉も作りますが、許されるのはここぐらいまでかな。。。キャベツを細かく刻んで、山芋をすりおろす。粉を入れて、卵・お出汁を入れてよくかき混ぜる。混ぜたときの感覚で粉とかお出汁の量を決めているのでいつも適当です~。ホットプレートの下には新聞紙を敷きましょう~。油がたくさん飛びますよ!まず始めに豚肉を焼きます。火が通ったら豚肉の上にタネを流し込んでよぉーく焼きます。片面焼けたらひっくり返してもう片面もよぉく焼きます。両面、きれいに焼けたら出来上がり!ソースとマヨネーズを混ぜて表面にヌリヌリ・・・削り節と青海苔をかけていただきまーす!大阪に来てお好み焼きの切り方に違いがあるのに気がつきました。東京にいた頃、友達とお好み焼きを食べに行って切り分けるとき。ホットケーキを切るみたいに円を等分に切り分けていました。まず真ん中に線を入れ、次また半分・・・と切っていって大体8等分ぐらいかな?(わかる?この説明;汗)あぁ、ピザみたいな切り方!と言ったほうが分かりやすいかな~?またはホールのケーキをカットするときの切り方!・・・でした。でもこちらでは違いました。円を横に四つに切ってそのあと食べやすい大きさに切っていく。。。あぁ、説明へたくそでごめんなさい;実に簡単な動作なのにコトバにするのは難しいものです;とにかく東京では等分だったんだけどこちらでは違うのでした。これってウチだけの切り方じゃないと思うんだけど;ウチはこんな切り方だよ~とかあったらまた教えてくださいね。また、東京のお好み焼き屋さんは自分で焼くのが普通ですが大阪ではほとんどがお店の人が焼いてくれますね。目の前で焼いてくれるお店もありますがわたしが気に入って行っているお店は全部厨房で焼いてそれを持ってきてくれます。自分の座ったテーブルにも鉄板がありますがそれは自分で焼くためではなくもって来てくれたお好み焼きが冷めないようにあたため専用です。お好み焼きの対極としてあげられるのが「もんじゃ焼き」ですね。わたしはもちろん、下町っ子なのでもんじゃ焼きも大好き!ダンナはわたしと結婚するまで食べたことがなかったそうですが東京に行った際に月島のもんじゃ屋さんに連れて行きました。あれって食べ方を知らなかったらすごいことになるんですよね・・・昔、大阪出身の知人がもんじゃを食べに行ったそうです。一緒に行った人も大阪出身。2人で、「どうやって焼くんだろう~?」と考えた挙句、全部を鉄板に広げたそうです。(この時点でお店の人、気がついて~!!)そしてお好み焼きと同じようにひっくり返すものだと思っていたそうでずーーーーーっと焼いていたそうです。。。「あんなにゆるゆるの生地が固まるわけないじゃん!」と話を聞きながらつっこんだのですが「だって初めてで焼き方なんか知らへんも~ん」と大阪出身の知人。。。^^;「いつひっくり返すのかね~?」のんきに鉄板を見ていたらだんだん焦げてきてお店の人が慌てて飛んできたそうです;もんじゃはお好み焼きとは全然違います。焼き方に気をつけてくださいね~!・・・・そういえばウチの近所にもんじゃ屋さんができたんだけどいつも空いてるわ~。やっぱり大阪でもんじゃってムリな気がするわ。。。^^;
2005.01.10
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*このニッキは11日に書いています。今日はグチを書かせてもらいます。。。昨日の土曜日、テレビの「めちゃめちゃイケてる!」で矢部っちが大阪の王将で中華修行っていうのをやっていたの。王将って戎橋すぐ近くの!黒門で買い物してる!ウチから近いじゃ~ん!いつロケやってたの~?見に行きたかった~!(ミーハーですんまそん・・・)・・・自分の知ってるところがテレビで映ったりすると興奮しちゃって・・・すみません;矢部っちが王将の一日の売り上げ100万を目指すとかでいろいろ新メニューを考えたりしていた。餃子を焼くシーンを何度も見ているうちに餃子食べたい熱が高まっていき「明日の晩ゴハンは王将で!!」と、ダンナとわたしの意見は一致した。・・・そして日曜日。今日は午前中、買い物に行ってそのあとミナミに出て王将に行く・・・という段取りになっていた。夕方。日も暮れ始め、今日一日たくさん歩いたのでおなかが空いてきた。「じゃ、そろそろ行こうか~」歩き始めて戎橋付近に近づく・・・むふ、もうすぐ餃子ね!おなかが空いているので何を頼もうか、いろいろ頭の中で考え始める・・・ ところが!!ダンナが同じ道を何度も引き返すではないか!わたしは王将の場所を正確に覚えていなかった。昨日テレビを見てたときにダンナは「おぉー!あそこの王将か!」って言った。「わかるの?」とわたしが聞いたら「わかる」と言ったのに!!ダンナのプライドを傷つけないようにしつつ努めて明るい声で聞いてみた。「場所、ちゃんと知ってるんだよねぇ~??」すると、「わかんない」!! なんだとぉ!!(`△´)/ 昨日、「わかる」といったじゃないかぁーーー!ムスメもたくさん歩いてつかれたのと、おなかがすいているので「おなか、すいたー。まだぁ~?」を連呼。「もう少しだから、がんばろうねー」なんとか、ぐずらないようにわたしも励ます。そして自分自身もおなかがあまりにも空きすぎてふらふらしてきた・・・でもここでダンナに文句を言うとまた喧嘩になってせっかくの晩ゴハンがつまらなくなるので耐えた・・・ダンナは無言で王将を探し始める・・・そのあとをわたしとムスメも無言でついて行く・・・いや、わたしは道を間違えたことを文句言いたいんじゃないの。。間違えたことによってわたしたちはたくさん歩いた。腹ペコの体に鞭打って歩いた。(大袈裟だが・・・)大人だけだったらまだ我慢する。そうじゃないの。まだ小さいムスメもがんばって歩いた。当然、まだ小さいんだから駄々をこね始める。それをなだめながら一生懸命歩いてるのにどうして「ごめんね。たくさん歩かせちゃって」ってその一言がいえないんだろう?この人は??・・・結婚したばかりの頃、わたしの実家に行ったとき。浅草でおいしいうなぎ屋さんがあったのでダンナを連れて行ってあげようと思った。だけど、細い道を入ったところにあるお店でわたしは道を間違えてしまった・・・同じ道を何遍もぐるぐる回って結局たどり着けなかったことがあった・・・歩きながら、わたしは何度も謝った。「ごめんね、確かここの道のはずなんだけど・・・」「ごめんね、もうすぐ着くから。」・・・そのときダンナはお腹が空いていたのとたくさん歩かされて疲れたのでかなり怒っていた。。。そしてわたしに「お前にだまされてこんなに歩かされた!」 と、何回も言った・・・わたしはすごく悲しかった・・・別にだましたわけじゃないのに。ダンナに喜んでもらいたかっただけなのに。わたしが間違えたときは、人を悲しくさせるようなコトバで攻撃するくせに自分が間違えたときには絶対に認めようとしないのだ。自分のことを棚にあげてる、そんなダンナがむかつきます。「ごめんね」たったひとことでいいのに。。。どうして言えないんだろ??・・・・・何とか、王将には無事にたどり着けました。テレビの効果はすごいですね~!あとからあとからお客さんがやって来ました。矢部っちオリジナルのエビ餃子とかにチャーハン、期間限定で食べることができますよ!
2005.01.09
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あけましておめでとうございます!暫くニッキを休んでいましたがダンナの冬休みも終わったことだしまた再開しようと思いまーす。しょぼいニッキですが、本年もよろしくお願いいたします。さてお正月ですが、毎年お正月は東京の実家に帰省してそのあとダンナの実家に行く・・・というのがパターンだったのですが、昨年の10月に用事があってわたしとムスメだけ帰省したことともうすぐ引越しの予定があっていろいろお金がかかりそうなのでセーブするために今回、東京への帰省は我慢しました。。。実家のじぃじ・ばぁばはムスメが初孫だから成長を楽しみに、たまにしか会えないから心待ちにしていたみたいだと思うけれど。。。ごめんね。そのかわり夏、お盆の時には必ず帰ると約束しました。新年は大阪で迎え、元旦のお昼にダンナの実家へと向かいました。大晦日の朝に雪が降りました。大阪はもちろん、すぐに解けてしまったのですがダンナの実家ではまだ雪が残っていてすごく寒かったです。ムスメは「スノーマンが作れる!」と喜んでいましたが(クリスマスにスノーマンの映画を見て大きいのを作ることに憧れてたらしい:笑)もうガリガリの雪に変わっていたので小さいのしか作ることができませんでした。それでも、満足だったみたいです。ダンナの実家に行くといつも楽しみにしているのが温泉!!ダンナの実家から車で約1時間ほど行くと周りにたくさんの温泉があるんですよ~!近くにある温泉はほとんど行きましたが一番のお気に入りはここです。大規模な温泉ではありませんがここのお湯はとっても肌にいいのです~!夏にムスメがとびひになったときも何回か入ったらお肌すべすべになりました♪ここの温泉、アトピーに効くと口コミでうわさが広がりみなさん結構遠くからもいらっしゃっているそうです。確かに駐車場には京都ナンバーや滋賀ナンバー、なにわナンバーなどなど・・・宿泊施設がないにもかかわらず、遠くからいらっしゃっているようです。温泉施設もいつもきれいにお掃除してあって気持ちが良いです。そして!!温泉にゆっくりつかった後に食べるご飯が~!これまたおいしい♪レストランとセルフサービスのお店の2箇所しかないですが両方ともおいしいです。わたしは「伊賀牛のすきやき定食」がお気に入り♪最近はビンボーだったのでセルフサービスでカレーうどんばかりだったのですが今回はお義母さんがご馳走してくれましたぁ!あぁ、おいしかった~。本当にありがとう!お義母さん!********************************************新しい年を迎えて・・・気持ちも新たにいろいろとがんばっていきたいです。ニッキもなるべく三日坊主にならないように毎日更新していけるようにがんばります!
2005.01.05
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