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2006年08月03日
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カテゴリ: 雑記ボックス

 今日は、雑記ボックス形式でお送りします。

1・亀田興起選手の試合から~マスコミのスポーツの扱い方

 試合結果は、今更私が言うまでもなく、亀田選手が12ラウンドまで戦いきり、2-1の判定で勝利。チャンピオンの座に着いたそうです。今日は、昼間まで調子が悪く、横になっていて、起きて来たのは昼頃。各マスコミの放送を見ると、すっかり「判定に疑問」といった論調が多くをしめていました。正直、私は「またか」という思いがした。
 後にめったに見ないテレビを見て、ま、確かに亀田選手が勝利者と呼ぶにふさわしい試合が出来ていたのか、といえば疑問符をつけざるを得ない。ボクシングに関しては素人の自分が見ても。だが、新聞やマスコミの論調を見ると、どうにもならない吐き気をもよおして来た。
 自分たちであれだけ盛り上げに盛り上げといて、自分たちの期待に添えなきゃ手のひら返しかよ、と。これなら、最初から「このやり方でいいのか」という意見を呈し続けてきた具志堅さんの方が300倍マシだ。自分の関わる媒体が売れればそれで良し、一貫性のない意見を見せられるものほどムカつくことはない。

 日本のスポーツの記事の扱い方に一番何が物足りないかといえば、クローズアップする選手何人かばかりが持ち上げられ、そうでない選手に対しての扱いが悪い、ということだ。この現象を系統的に扱っていた媒体は新日本スポーツ連盟の機関誌 「スポーツのひろば」 があります。そちらに詳しく書かれているので参照していただければと思います。(ただし、ネットでは概要しか書いていません)
 だがこれでは記事にならないので、私が目の当たりにした現象をいくつか書いていきます。

 まずは、女子スポーツ界。卓球では福原愛選手(もういい加減“ちゃん”付けやめましょう。マスコミの方は)、ゴルフでは宮里藍選手や横峯さくら選手が脚光を浴びている。ま、確かに彼女達はいろいろな意味で目立ち、選手としても申し分ない技量を持っている。私と福原選手が卓球をしたら、おそらく彼女が左でラケット持っても1点も取れないだろう。(当たり前だ!)
 バカ話封印。だが、それぞれの競技界で取り上げられるべき選手はもっと他にもいるのに、いざその競技が扱われれば、目立つのは先にあげられた選手達ばかり。正直おいおいと思うのは私だけ(だいたひかるサン風に)。

 ゴルフでは、賞金王になっているのは不動裕理選手だが、彼女が一面に扱われたのを余り見たことはない。本人がハデな物事を好まないとはいっても、一年間で一番成績が安定して高かった人に対してこの扱いはないだろ、と思うこと多々。
 卓球では、まだ名前を覚えるまでには至ってないが、福原選手と同じ年代で他にも有望選手が次々出てきているが、彼ら、彼女らの名前が一面に出ることもない。
 スポンサーかスッポンか知らないが、スポーツの取材の時、取り上げられるべきはまず「スポーツ」そのものではないか。その中で、そのスポーツの向上、あるいは「その競技に興味を持ってもらう」ための記事をどう書くのかが、マスコミの人達に求められる事なはずだ。

 ここではもう一つ「自分たちの思った結果が出なかった時のモノの書き方」も語りたかったが、製作時間の都合上ここで終わらせます。今年の冬季オリンピックやワールドカップサッカーの日本代表に対するモノの書き方には正直「八つ当たり」しか感じられません。「清算的」ではなく、生産的な意見を語ってくれよ、と。これだけは語っておきます。


2・人をモノとしてしか扱わない人達。

 前にどこかで「王子様」と語った輩が女性をひどい目にあわせた事件がありましたが、それよりも酷いヤツはいましたね。大阪の事件。別な所では子供を虐待して、一人を死なせ、一人は親権喪失。さらに他のきょうだい2人も虐待(もう一人は三ヶ月で死亡)という親もいました。何がそうさせてしまったのか気になりますが、どんな理由があるにせよ、彼らの行動を許す気にはなれません。

 この2つ。共通点は何かといえば「人をモノのように扱った」でしょうか。一人一人には、それぞれ脳機能が備わっていて、別々な、独立した人間な訳です。それは、親子関係とか、きょうだい関係とは別の話です。幼少期には親などが、子供の成長に責任を持たなければならないのはそのとおりですが、だからといって、大ケガさす暴力が必要だとは思えませんがねぇ。まだ結婚して子供持ったわけじゃないからその点強くはいえませんが。
 女性の監禁の話に関しては問題外の下の外。ちっぽけな「征服感」もった所で何か幸せですか。
人のアイディンティーを奪って得る幸せなんざ、ただのワガママとしか言わないよ。
何なら容疑者自身が首に鎖引っ掛けて茨木市中引きずりまわされてみますか? おっと、こんなヤツと同レベルの人間になってはいけませんね。失礼しました。
 ま、今の政権が底辺に住む人を「不良債権」視している状態ですからね。自分たち一人一人がまともに生きて行きたいんじゃ、という事をいろいろな面で示していきましょう。


3・生きる事に積極的な「先輩」たち。

 大農野球部の先輩で…正確には、前身の盛(さかり)高校野球部の先輩で、今年70歳になろうか、という年の人達がいる。二人とも、高校野球部時代は14人のベンチ入りを果たす事ができず、武勇伝も持つ人達だが、しっかり生きる、ということに関して色褪せる事のない、強い心を持っている人達でもある。
 そのうちの一人の方と、農業の話の輪に加わることになった。一般的な農業のやり方とは少し違うが、いい物を作って、消費者の方に提供したい、という強い心がその人の話からあふれ出ていた。これまで9年の付き合いがあったが、一見淡々としている表情の陰では、その思いで長年農業に関わってきたという「自信と熱意」が、そのままその人の強さにつながっているんだな、というのが見えた気がします。

 もう一人は、今年になっての私の病気療養もあって、しっかり会うのは今年初めてでしたが、バイタリティは衰えていなかった。小沢一郎氏や北山愛郎氏、菅原喜重郎氏や志賀節氏といった全国区の政治家と、論戦で渡り合った経験はまだ健在だと感じる一方、自分がこの歳で縮こまっている場合じゃない、と感じさせられました。

 前に「目先の勝利ばかりを追い求めれば、目先の勝利は手に入れられるが、それ以上の勝利を得ることはない」という一文を書きました。この2人の先輩が示した道は、目先だけではなく、どう自分の人生に真剣に立ち向かわなければならないか、というのを考えさせてくれます。


 前々号、今号と、どうも文章が散らかってしまいました。前々号に関しては、余りにも酷い部分は修正を入れておきました。
 何にしろ、夏がやってきました。急激な気候の変化に体調が追いつかない部分もありますが、一生懸命生きていきます。今日はここまで。また次回お目にかかります。





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最終更新日  2006年08月04日 07時32分56秒
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