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2006年08月24日
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カテゴリ: 政治について


1・何で追い込まれる人が増えたのか

 最近のニュースでは、殺人事件が報じられない日は一日たりともなく、また、いろいろな場所ではいろんな理由にかこつけて「勇ましい発言」をする人が多くなっています。
 私は思うのです。こういう議論が現実になれば、まず死ぬのは「そういう世界になれば生き残る事が出来ない人」。次に死ぬのが私みたいな奴なんでしょうかね。拷問かけて家の前にポイ捨て、て感じで。その次に「仕方がないから時の流れに乗った人」と共に、今勇ましいことを言っている人が死ぬんですよ。

 ここ数年で、すっかり人情という言葉が失せてしまい、「自己責任」という名前の空虚なドライさが日本を覆いはじめようとしています。そうやって、いつも自分が追い込まれるから、そのはけ口として、より弱い立場の人に対して牙を向く人が増えている。そして、ストレスを溜め込んだ人は…。
 次々と安全装置(=社会保障)を切り捨てておいて、逃げ場をなくし、視野狭窄にさせて、とにかく自分から少しでも劣っていそうな人を見つけては、それを叩く事で自分を制御しようとする。さらに心の拠り所を大きいものへと持ってしまう。今の政権が支持率5割をキープしている「からくり」はこんな所ではないだろうか。政策を支持していない私から見たら、の話。

 どういう立場であれ、命や他人に対する態度が「軽く」なっている現状から、少しでも目を覚ましてもらいたいと思い、この記事を作ってみます。

2・「勇ましい議論-その状況を身の上において考えてみて欲しい」
 しばらく前から、中国・韓国・北朝鮮(『特定アジア』という言葉もありますが…)に対して、
あれが悪いのこれが悪いのとすさまじい勢いで語られ、「嫌韓流」とかいう本も注目を浴びている。さっき言った「はけ口」を先に触れた国に求め、更にひどいと「~は韓国人か」という事で嘲笑を浴びせる人もいる。正直オイオイだ。
 こんな調子で議論が一人歩きしてしまい、しまいには「中国(あるいは韓国)が日本乗っ取りを企んでいる」という意見が出るようになって来た。そして「~との戦争になる。日本人なら立ち向かえ」見たいな事まで書かれるのを見ると、それらの人の「熱」と反比例して、私の頭脳は覚めてしまう。先の3つの国との間に、問題点はあるにせよ、戦争にまで至るようなことはないんじゃないの、というのが私の考え。尖閣にしろ、竹島にしろ、千島・北方領土にせよ、昔からあった問題。それぞれの立場で言えば頭に来る事もあるだろうが、まずは納得いくまで侃々諤々やろうじゃないの、でいいでしょう。

 話がそれてしまいました…問題は、簡単に「戦争だ」といってくれる人達。ま、7月に北朝鮮があんな事しでかしましたし、北東アジア4カ国ではそれぞれで「不寛容なナショナリズム」が醸成されている、という面もあり、不安に思う人もいます。
 だけども、その解消に武力を使う?今までの歴史からいって、そういう解決の仕方で100パーセント満足に納まった、というのを聞いた時はありません。そして、そこには必ず「犠牲者」が出てくるのです。火曜日の日本テレビのドラマを見た方はいますか。要はあのドラマで示されたことなんですよ。

今の戦争、非戦闘要員が死ぬ割合が増えている、というのを聞いた時はありますか。
 そういう「不条理な死」が日常的になれば、感覚は麻痺してしまう。
 相手を殺さなければ、自分が生きられないという強迫観念が襲い掛かる。
 根本的で難だけど、人間は一度死んだら帰ってこない。
 死んだ人間もそうだけど、そうやって壊されたものは、二度と帰ってこないんですよ。
 戦争というものを、祭りか何かと勘違いしないでほしい。
 人の死というのに鈍感にならないでほしい。
 一人の死だって、回りに与えるダメージというのは計り知れないものがあるでしょう。それがあちらこちら中になる。そういう事に「戦争だ、こっちからぶっ潰せ」という人達は気付いていますか。


 国と国の間には、いろいろな問題があり、戦争は一方から始まるという事も十分承知しています。だけども、それだったら「信頼」…少なくとも、気に食わないからと武力に頼ることはしない、という最低限のでいい。そういう信頼というものを「抑止力」に使ってもいいではないですか。いったん戦争が始まってしまえば、沢山の人間が死ぬ。その死の分だけ、人は悲しみ、苦しむ。そしてそれは憎しみに変わって、「殺した奴への復讐」へと結びつく。

 今そんな「くだらない」争いしている場合?人類はもっと他にやらなきゃならない事もあるでしょう。全地球的で言えば、貧困やら、自然破壊やら、たたかう相手は沢山いる。それぞれの「欲望」があるから、解決するのに多大なエネルギーが要るだろうけど。

 そして、こういう意見を「理想論」と嗤う連中には、8月15日に書いた記事をここでもう一度再掲載しておきたい。
 いままで物事発展させるのに、理想論でなかったものはなかったのでしょうか。
 2人の同意だけで結婚できること。 一人一人(正確には一家族一家族)自分の家を持ち、住む事。 何日かに一回休む事。 一日24時間は働かない事。 病気にかかったら、金の心配をあまりしないで治せる事。  男女、あるいは所得の有る無しに関わらずに政治に関与できる事。あるいは同じ権利を有すること。 最低限の生活を保障する事。 他人、あるいは権力者によって、強制的に殺されない事。

 さあどうですか。今でこそ当たり前とも言える事ですが、昔はみな理想論だったんですよ。だけども、それを形にして、どうしたらそれが実現できるかを模索して、運動して、こういう願いが、権利と成って、実行されるに至ったのです。それでも「そんなのは理想論」で片付けられますか。理想論がなければ、政治なんかいらないんですよ。


 勇ましい事を言う人にもう一度考えて欲しい。色々見聞きしている情報を元に、今の状況が危ないと、そういう考えに至った人もいるでしょう。真剣に物事考えたら、こういう考えに至った人もいるでしょう。でも、どんな考えであれ、今「~に鉄槌を」と語る事が、間接的に「人に死ね」と言っておいて自分は高みの見物している輩を高笑いさせている部分があるんです。だからでしょう。憲法にせよ、教育基本法にしても考慮もせず「変えちまえ」といえるのは。

 これ以上、私たちの暮らしを守る「安全弁」を壊す事を許したくない。色々な悪法を許してきてしまったけど、まだ現行憲法があるから、たたかえる根拠もある。だけども、それも外されて「国の言いなりになれ」という形の憲法に作り変えられたら…?どこかの北の国を笑う事はできなくなるんです。

 今、ノリだけでモノを書いている人、勢いだけでモノを書いている人には、何ぼかでいい、気付いてもらいたいのです。先に触れたドラマでもそうでしたね。「お前ら、自決しろ」と怒鳴っている人が、直後に銃撃を食らって死んだ事に…。そして、その陰で笑う連中がウヨウヨと。

 「そんなのは嫌だな…~には頭に来るけど、避けられるものなら戦争は避けたいんだけど」
 …と言うのなら、まずはそこから動いてみましょう。一歩も動かないのと、まず一歩動き始めたのとではまるっきり違うのだから。

(編集後記)…似た様な文章を8月15日に書いてしまっていたので、重なった部分もあったし、タイトルどおりの文章にならなかったかもしれません。昔から「テーマの決まった読書感想文」は苦手な私ですが、それが諸に出てしまいました。期待されていた皆さんには申し訳ない思いでいっぱいです。
 色々な不安があって、何かしてその危機から乗り越えたいというのは分らないでもないのですが、それを「他人を傷つける」事には求めないで欲しい、というのが不肖伊東からのお願いです。これ以上傷ついてうつむく人間を見たくないからね。
 今日はもう一つ書いて、終わりにします。冴えない長文にお付き合いいただいてありがとうございました。





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最終更新日  2006年08月24日 20時45分23秒
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