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2006年09月01日
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カテゴリ: 雑感・日記

 最近、ブロガー仲間(と私が勝手に思っているだけかもしれない)に、近い人の逝去記事が相次いで載った。ある人はお姉さん、ある人は友達、ある人はご子息の友達のお母さん…どうにも寂しい。人の死というのは「永遠の別れ」。思い出にこそ残りはすれども、新しい思い出を残す事はできない。もう二度と会うことができない。人生で一番厳しい「儀式」といえる。
 自分が、普段から心に留めている言葉がある。「愛別離苦」。人の死というのは、つらく、悲しいものではあるが避けられないもの。だけども、人間は、それをも糧として生きていかなければならないものだ、というものである。
 その該当するブロガーの皆さんが、どう現実に向き合って、乗り越えようとしているのか。その部分は色々だけども、私の見てきたブロガーの皆さんは、そういう「絶対的な悲しみ」を乗り越えて、前に進もうとしています。

 私自身も、今まで、何人も知っている人を亡くしてきました。気仙地区内の同級生だけでも6人。共産党関連ではもっと多くいます。その度に、その人と共に生きてきた事を誇りに思い、その故人に恥じない人間になろうと思って、生きてきました。だから、私は家に帰ったときに自らには塩はまきません。その人の思いまで背負って生きてやる、という意思表示です。塩をまくことが、その故人を「汚れ」として見るのが嫌で…。
 これが、私の「故人」に対する態度です。一般常識に入る部類は守っていますが、上の部分だけはどうしても譲れないでいます。ハイ。

 さて、私がよく見に行っている「お玉さん」のブログで、靖国参拝問題から議論が始まった中のコメント欄で「人を殺してはいけない」という言葉があるのを見ました。
 その答えを書く前に、人の死がどんなものか。「絶対の終わり」なんですよ。これがまだ、何十年と生き続け、人生生きるだけ生ききった、まあ、寿命といいますか。それならば、ある部分納得するものがあるんです。人によって違うのでしょうが。

 だけども、その人生を生きる過程の中で、自分はまだ生きたいのに、あるいは生きる条件があるのに、不条理にも、他人の意志が働いて「お前の命は奪うよ」とやられる事。これは納得できないものですね。まだ生きて、やりたいことも、かなえたい夢も、希望もあっただろうに、それをすることを許されず、不条理な死を迎えてしまう…。寿命とはわけが違うんですよ。故人本人も、その周りの方も納得すると思いますか!

その人の生きる事を 他人が断ち切る事には はっきりノーと言い続けたい。

 それが、どこか考えが捻じ曲がった奴だろうが、一国の総理大臣だろうがだ。
 ちゃんと憲法にもあるでしょう。「生存権」が。(今何条か調べます)
 色々理屈をつける人もいるけど「人を殺してもいい」なんてのに理屈なんてあるものか。あるとすれば、自らの犯罪を言い繕う--野郎の言い訳だけだ。

 くだらない理由をつけて、他人の「生きる権利」奪うのは、もうやめような。権利ってのはさ、他人の権利をも認めてこそ自分の権利も生きるもの。「権利」というだけで悪寒を覚える人は別にしてね。簡単に言えば、他人の事も考えましょうって事。

 これが、タイトルの答えになったかどうかは分かりませんが、考える一材料となれば幸いです。


PS 今日9月1日は「関東大震災」のあった日でした。防災対策…政治の側でやれる事は「消防・救急などの条件整備」。消防士の充足率が80%周辺ということを考えると、これはぜひ取り組まなければならない事です。
 と同時に、自分たちでも何が出来るか。何日かにいっぺん「地震が起きたらこうする」「津波が起きたらこうする」というシミュレーション…は大げさですね。そんな話を、家族で、友人で、職場の仲間ですることが、少しでも被害軽減につながるのかな、と思っています。
 ちなみに、津波が来たら高い所にすぐ逃げろ、という格言があります。それはその通りですが、普段からどうやったら、犠牲を少なく(ゼロに)できるか、ということは考えていた方がいいと思いますよ。そして、いざそういう事態になって、危機的状況に陥っても、考えることは「絶対にあきらめない」の一言です。絶望的な状況になっても、励ましあう。そういう事で頑張っていきたいです。
 ここの部分、勝手書いたかもしれませんが、普段災害が起きたらどうする、ということで考えている事を書きました。 


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最終更新日  2006年09月01日 22時24分54秒
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