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2007年09月21日
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カテゴリ: 雑感・日記
 こんばんは。再び登場の伊東です。
 昨日の記事で時間切れになってしまい書ききれなかった事に関してここでは触れていこうと考えます。

 福岡での酒酔い運転による交通事故で3人の子供が亡くなられた事件から…一年ですか。この3人の「きょうだい」にあたる赤ちゃんが誕生した、というニュースを聞きました。また、別な場面では「光市の母子殺人事件」で、被害者の家族が集中心理の中で発言された、とのニュースも流れました。

 私は、以上に挙げた二つの事件で以下の記事を書いてきました。

《光市事件関連》2006年06月25日制作
 No162 やりきれない思い。


《福岡酒酔い死亡事故関連》2006年08月26日制作
 No244 兄貴へ/家族を一気に失う辛さ


 故意であれ、過失であれ、人の命が簡単に棄てられている状況が起きています。
 この二つの事件・事故をはじめ、いろいろな状況、舞台で。

 何か、世の中全体が、「切羽詰っている」状況にされている。
 「切羽詰っている」状況の中では、周りをぐるっと見渡しての判断ができない。

 とことん追い詰められて、もうどうしようもない(と思ってしまった)人のとる非常手段は2つ。『他人を傷つけて(言い換えれば『障害を除去して』)自分が助かる』か『自分自身を除去してしまう』か。このどっちかだ。

 だけども、問題の解決は、この両極端な行動を取るばかりが能ではない。
 他のやり方だってあるはずだが「切羽詰っている」状況にある人間がそんなことを考える余裕なんてあるわけがない。そこで必要なのは『自分を外から見つめる人』…言ってしまえば家族なり、友人だが、その人達も自分達が生きるので精一杯、という状況では、頼る事もできない。で、結局は「切羽詰った状況に身を置く」ことになってしまう。

 回りの人間とかかわる、というのは、いわば当人とその周りの人とが「認め合っている」という状況が…『その人の肯定』という感情があるから関わる事ができるわけだが、そういう関係が、気づきにくくなっているのも今の状況か。

 私自身の事を2つ、話させていただくのをお許し願いたい。
 まず、私が対人関係を築くまでの事。
 社会人になる前に信頼関係を築いた人というのは、一度や二度、大ケンカをしたときがある。それも半端ではない。そのケンカの後一日二日ツーンとなるほどのケンカだ。
 だけども、一日二日ツーンとしても、お互い必要な存在だ、と思っているからやがては仲直りする。そして、そういう事を通じてお互いの『距離感』をつかむ事ができるのだ。どういうふうにしたらいい付き合いができるか、という意味で。そういう経験をしてきたから、社会人になった後も…時々行き違いを起こす事はあっても…大多数の人とは普通に付き合う事ができるようになったわけだ。

 そして、もう一つ。
 こうして築いた人間関係が、悪い事をしそうになった時のストッパーの作用を果たすわけだ。ぶいっちゃん、すみませんね。再び使わせていただきますよ。


※ここには私のケログ時代に書いていた記事を載せる予定ではありましたが、画面が現れないので、後に条件整いましたら記載する事にします。



ふと魔が差す瞬間に誰かを思い出す事が出来る人は幸せなんです。私も学生でバイトやってる時(雇われてる側の時)には一瞬ですが、バレないやろ?って思う瞬間がふっと頭をよぎったことはあります。しかしやっぱり身内であれ、友人であれ、信頼という文字であれ、誰(何か)かを思い出すと出来ないですね。人間ってやっぱ弱い時もありますからね。誰かや何かのお蔭で助かっている時も多いですよね。
>「悪いことはできねぇ…」
いい人との出会いがこの言葉を思い出させたのでしょうね^^
らんきーブログ  「許すという事」 2006年5月3日記 私の書いた感想文に対するお返事です。




 人間何ざ弱いもので、こんぐらい良いだろ、という思いが頭をよぎる事がある。
 その誘惑に負けてしまった結果がこの事故であり、事件。
 やった行為を許す気はないが、そういう行為を誘発させてしまった自分含め世の中の人間も「他人事のようにぶっ叩く」だけで良いのか、という思いをしています。

 他人から存在価値を認められない人間が追い詰められて、やがてキバをむく。
 人間社会が真っ白白の綺麗もんではない事は、重々承知していますが、だからといって簡単に「世の中こんなものよ」で片付けるのは、勘弁してほしい、の一言です。

 相変わらず「大船渡から東京に行くのに、秋田行って新潟行って福井通って京都から国道一号線通る」ような話し方ですみませんが、要点まとめりゃ

◎悲惨な事故・事件で繰り返させたくないと思ったらまずは『塊より始めよ』。自分自身しっかりすんべ。そして他の人に必要な事言って広げればいい。

◎自分と違うからと平気で追い詰めるな。追い詰められた人間は凶暴な手段もいとわずにキバをむく。


 だから、私は「加害者の行動は認めない」と同時に「彼らに対するバッシングの和には加わらない」事にしています。あんなの許さない、と思ったら自分がしなきゃいい。周りにもさせなきゃいい。それが広がれば、もっといい。
 もう少しいいものの書き方見つかれば、また書いていく事にしますが、今日はこんな一文を書くのが精一杯です。あ、言い忘れていましたが「被害にあった人がかわいそう」というのは大前提だし、これから先長い人生を歩むはずだった3きょうだいと一人の子、そして成長を助け見守るはずだった母親の無念を考えると…その行動自体はやはり認めるわけにはいきません。

 でも、そういう事を目にした自分達がどう動いていくか。
 この犯人達をぶっ叩くことでは先には進まない。
 そこからどう自分達が動いていくか。
 そこを考えていただきたい、と思います。


 今日も拙文をお読みいただきましてありがとうございました。
 気候が変化しやすい季節です。
 お気をつけてお過ごしください。

 大津留さん、いつもトラックバックありがとうございます。

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最終更新日  2007年09月21日 20時07分35秒
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