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2010年03月31日
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カテゴリ: 政治について
 昨日は一つ、嬉しい事がありました。
 仕事が休みの日にビラを配布していた堀越明男さんが「国家公務員法違反」に問われ、一審では「執行猶予つきも罰金10万円」とされた控訴審判決が東京高裁で行われ、無罪を言い渡されました。

2010年3月30日(火)「しんぶん赤旗」
ビラ配布 逆転無罪 勤務外活動 処罰は違憲
公務員の政治活動禁止「広すぎる」 堀越事件で東京高裁


 私はブログを開設して以来、「ある勢力だけ権利が認められない」という不平等・不条理に対しては、厳しい態度をとって来ました。
 2001年の小泉政権が発足後、「イラクに対する戦争への協力」が推し進められました。しかし、イラクに爆弾たたき込む事が、アメリカで起きたテロを解決する手段ではないのでは、という疑問はつきまとっていました。
 そういう反対意見を抱えたまま「“反テロ”への協力」に突っ走った小泉政権。当然、その反対派に対しては煩わしい、と思ったのでしょう。さまざまな事由つけての“弾圧”が行われました。

 移住地域を幅広く解釈して、ポストにビラを投げ込むだけで「不法侵入」と逮捕。公務員が以後との休みの日に、仕事と関係ないプライベートな時間でビラをまいただけで「国家公務員法違反」と逮捕。屋外での宣伝もさまざまな理由くっつけられて「宣伝をし続けたら逮捕する」という圧力をかけられた事も一度や二度ではありません。
 さらに加えれば、実態はこういう弾圧を「いや、宣伝する側の方が不法行為をしていたんだ」という理屈で押し通し、幅広く宣伝する、物事を伝えるという行為を狭くさせてしまった事が 「強者が発信する限られた強い宣伝手段を用いて思いどおりの状態を作り上げる」 一方で 「強者でないものが手軽な手段で物事を問う事を制限する」 状態を生み出しました。



 しかし、それは違うだろうと言うのは、いつも声高に上記のような言い分を聞くにつれて思うことです。
 「住居侵入」…ですか。確かに、家の中に入って「俺たちゃ共産党だ、このビラ読め!」なんてやれば、それはもちろん逮捕されてもいいでしょう。でも、これらの事件で対象になった「住居侵入」なるものは、居住地の廊下とか、集団郵便ポストを入れる場所にまで「不法侵入」の対象かぶせていい場所なのでしょうか。

 「公務員の政治活動」。公務員の中立性、と言うのは確かに考えられなければならないものではありますが、それはあくまでも『一公務員として、その職務に臨むにあたって』考えられるべきものではないでしょうか。そりゃ「赤旗取らなければまともな年金業務しないぞ」なんてやれば批判されて当然ですが、仕事を離れて、一人間として、業務をカサにきてする訳でもない行動に関しては、批判される覚えはないのでは。
 一部マスコミでは「共産党であること自体が業務に障る」事におわせた様な書き方をした所(※1)もありましたが、それはどの仕事取っても、共産党であろうが自民党であろうが、公明党であろうがそれぞれの業務はそれぞれ真面目に行う事は当然の話であって、どの党に入っているからこの仕事ダメだ(ま、共産党員が自民党勤務員になることはあり得ませんがそういう類のぞけば)なんてのは言うべきじゃありません。

※1 とは言え、いつもの書き方に比べれば抑制的ではありましたが。
↑打ち消し線引いた根拠は最後に。

 先に、チラシの各個配布を不法侵入とされ、最高裁で有罪が確定されてしまった「荒川庸生さん弾圧事件」の後で、どういう採決がなされるか、気にかかった所ですが、先進各国と比べての日本の「政治的自由」の立ち遅れを指摘した運動が実っての今回の結果となった事にうれしいものはありましたが、一つだけ、この裁判で不満に思うものがありました。
 それは堀越さんを有罪にせんとした公安警察の行動に関してです。
 堀越さんの行動を逐一監視する。居酒屋での語らいや、演劇鑑賞などプライベートな時間にも尾行し、カメラにおさめる。こうして取ったテープは33本に及ぶとか。
 やること他にありません?
 堀越さんは裁判の後に「裁かれるのは私ではなく公安警察です」と語りました。
 どこそこが相手だからそれをやっていい、なんては思わない事です。


 それは、政府や一部論壇が一体となって、アメリカでの“9.11”テロからはじまった『問題の解決には役に立たない報復戦争』に異議を申し立てた勢力に対して冷たい視線を浴びせて来ました。そのためにさまざまな理由くっつけての「犯罪行為」をでっちあげて。

 「一時の熱狂的な暴風」が過ぎ去り、素に戻った時に「この行動はしてはわんないものだった」という思いをすることは多々あります。今回の「チラシを配布しただけで罪人」というのも、それにあたるのではないでしょうか。

 最後に。言論の自由ってのは、ただ単に言うのが自由というだけでなく、伝える手段も確保されてこそそれが保証されるものです。その中でチラシという形態は、一番手軽にできるもの。誰もがマスコミで情報を発信できるわけでももなく、かといってコンピューター・インターネットに関してもまだ全国民がそれを使える、というわけではありません。それを考えれば、今でもチラシが、配布手段さえ確保できれば確実に幅広く情報を伝えられる手段として重要なもの。
 その反面、紙を使うもので資源に関して優しいかどうか、と言うのは問われるものだとは思いますが、それに関しては再生紙等手段はあるでしょう。
 「ある手段が有効」だからと「それ以外の手段」を排除することは、結果として「情報を伝える手段(=言論の自由)を狭めるもの」だ、という事をご理解いただければ、と思います。

『憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない』(※2) のです。そのことを心して、これからの問題に当たれれば、と考えます。

※2 日本国憲法第12条。

※1の補足。
 31日にこの事件を扱ったウェブ記事を見て回っていたら、次の記事に突き当たりました。

【主張】公務員の赤旗配布 適正さ欠く逆転無罪判決 - MSN産経ニュース3月30日配信

 この部分に関しては、拙稿の中でも 『公務員の中立性、と言うのは確かに考えられなければならないものではありますが、それはあくまでも『一公務員として、その職務に臨むにあたって』考えられるべきもの』 ではないか、という形で、この手の話には?マークつけています。それでは、公務員の方々は、すべからく現政権を支持しなければならないのでしょうか。それは違うでしょう。
 仕事は仕事、プライベートはプライベート。
 それで考えないと、行き着く先は「無条件の“国家への屈服”」ではないでしょうか。チト言葉が大げさかもしれませんが。

 この問題の扱い方に不安を持っていた2紙が、予想通りの行動(無視する読売、正当化する産経)を示したことに、残念な思いでいます。





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最終更新日  2010年04月01日 03時55分48秒
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