つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

全て | カテゴライズ未分離 | 雑記ボックス | 社会人野球・総合 | その他スポーツ | 政治について | 雑感・日記 | 私の事、色々と | 対論記事(別名:一人伊東) | 筆者からのお知らせ | マンガ・読み物から学ぶ | 共産党の選挙結果 | 『思いの強要』に向き合って | コメントへのお返事 記事 | プロジェクト-B | 大農・船東野球部+高校野球 | 野球一般 | “変態”を嘲う | ツイッター縫い合わせ。 | 社会人野球2014 | 社会人野球2013 | 社会人野球2012 | 社会人野球2011 | 社会人野球2010 | 社会人野球2009 | 社会人野球2008 | 社会人野球2007 | 社会人野球2006 | 社会人野球1994~2005 | 社会人野球・軟式 | 社会人野球2015 | 社会人野球2016 | 社会人野球2017
2010年03月31日
XML
カテゴリ: 政治について
 3月27日。本当に唐突ではありましたが、わたしはある行動に参加していました。

 「日本共産党かえるネット・青年キャラバン」

 その行事がある事を知らされたのは前々日の寄り合いの事でした。
 心筋梗塞を起こして以来、“身内”の集まり、あるいは裏方作業などには加わる事はできていたものの、こういう「人との関わりを持つイベント」に関しては今まで参加することができずにいました。
 それでも最近になってようやく就職に対する意欲が出るとともに、こういう「人との関わりを持つイベント」に対しての参加意欲も出るようになりました。
 そんな中で話されたこの「キャラバン」に、正直言えば瞬間的に反応しました。
 「就職の面接次第だけど参加する」と。

 翌日。めでたく(自虐)6度目の“敗戦”を迎えた私は次の日のキャラバン参加を決めました…が、服がロクにないので、何とかまともに着られそうな服を用意しましたが、それでもまだそういう場に着て行けるような状態ではありません。なので、あわてて母と2人がかりでアイロンをジュージューかけて、ようやく人並みの状態にしてキャラバン当日を迎えました。
 で、当日。


◇朝10時 アメリカンウェーブ前。
 ・司会 K君 ・弁士 K君、伊東。
 ・応援弁士 鈴木健二郎北上市議。

 まだ開店直前、という事もあって車の中で開店を待っている方々を前に宣伝をスタートしました。後で詳しく述べますが、ある程度頭の中で言う事はまとめて来たのですが、やはりマイク持って舞台の上に立つと緊張するものでして。ま、よく語れたものだと。
 聞いていただいている方は多くいましたが、敷地内に入ることはできなかったので多くの会話にできなかったのが残念でした。

◇11時 江刺・サンエイスーパー前
 ・司会 Kさん ・弁士 K君、伊東。

 移動途中のアナウンスをK君、Kさん、伊東で交代しながら行いました。原稿を勝手に変えてアドリブで語るバカ(伊東)一名。和気あいあいと語りながら着いた江刺は…雪が降りはじめていました。地元の方いわく「今日のサンエイは週末にかけての安売りで、いつも結構客来るんだ」と。やはり郊外型ストアの宿命?か、敷地に入れない、移動は車が多いで中々接触の機会は多くできないのばかり残念ですが、店外販売で待っていたお客さんが最後まで話を聞いていただいていた様子がうれしく思いました。

◇11時半過ぎ 水沢・コープ前
 ・司会 K君 ・弁士 若い人大集合、伊東。
 ・応援弁士 千田みつ子奥州市議。



◇13時半ころ 水沢・アテルイ前
 ・司会 Kさん ・弁士 若人2人、伊東。
 ・応援弁士 千田みつ子奥州市議。

 昼食を挟んで、天気がよくなるかな、と思いましたが全然天気は回復せず、雨に近い雪が降る中での宣伝となりました。アテルイは街中の中軸的店舗。春休みともあいまって、若い人も結構歩いていた様子がありました。
 この場所では帯同がここで最後になる2人と私が弁士となりました。2人とも「あまりしゃべりうまくないですよ」とは言ってましたが自分の思いを素直に出せていたのだからそれで二十分。いろいろ考え過ぎて話がゴッチャになった私が見習うことは多いです。中部地域での活動はここで終了。ここまで帯同していたたいたメンバーに感謝しつつ、引き継ぎの一関に移動し始めました。


 ・司会K君 ・弁士 伊東 ・応援弁士 高田一郎さん。

◇16時ころ 一関・関が丘団地
 ・司会K君 ・弁士 若人1人 伊東 ・応援弁士 高田一郎さん。

◇16時半ころ 一関・中田団地
 ・司会Kさん ・弁士 伊東 ・応援弁士 高田一郎さん。

◇17時ころ 一関・サティ前
 ・司会Kさん ・弁士 若人1人 伊東 ・応援弁士 高田一郎さん。

 一緒に歩いてくれた仲間との別れを乗り越え(言う事大袈裟なんだよ)約40分かけて一関に到着しましたが、ここで予想外の事態が。私と交代で入るメンバーが来られないと。なので腹くくって「よし、最後まで」という事で帯同しました。
 一関の新幹線の東側にある、複数の店舗が集まる郊外型のショッピング街で1カ所、住宅街で2カ所、最後は夕方のお買い物で賑わうショッピングセンターで宣伝をしました。

 一関に入ってからは天気も好転し、宣伝に道路際に出て来て、話を聞いていただいている方も多くありました。天気がよくなったとは言え、気温は低い状況の中10何分もの話を聞いていただいたことに深く感謝します。

 よくよく考えると、一日4時間も5時間も緊張状態の中活動するのも久しぶりで、最後の方は何とか気持ちだけで持たせたのですが、結果から言えば他のメンバーにフォロー入れられていたのが実際でした。いやはや。

 それでも何とか完走し、お世話になった2人のスタッフとはここでお別れ。地元メンバーも電車でそれぞれ帰宅の徒につきました。
 結果から言うと、私は全箇所で弁士を務めることとなりました。
 アンケート持って個人と対話する、という事がまだ不得手な事もありましたが、それでも「自分が何で共産党応援するか」という思いを、聞いた人が自分の身にも染みるような事を言わなきゃな、という思いで、足りない頭で言葉えらびながら語らせていただきました。話していて混線したりして、後の弁士、又は司会のメンバーにフォローしてもらう、という場面多々ありましたが、それでも一つのイベントを完走できたというのは、「失っていた自信を回復」するものになりました。

 今回のイベントには、多くの若い「共産党強くすることによって、世の中変えたい」という同じ思いを持った人が多く集まって活動しました。その中では年齢だけは一番上ですが、足りないところが多い点でも一番上の私にとって、彼ら、彼女らと一緒に行動できたことが一番貴いものでありました。

 私が抜けた班でも、残ったメンバーが頑張って、新しいメンバーも加えて積極的に活動している話も聞きます。まだ“国をとる”には少ないメンバーですが、それでも「世の中変えんべ」というメンバーが多くつながり始めているのがうれしい限りです。

 最後に。
 これは同じ岩手のメンバーの受け売りで、それに自分なりのアレンジを加えましたが 「ただ単にある特定の個人を、共産党を勝たせたいというだけでない。世の中を“労働者や生活者など、活きている人のため”の社会に変えるために歩き続ける。その旗手としての共産党を伸ばす」 ために、これからもどういう役割であれ道歩かせていただきます。

 今回一緒に行動していただいたすべてのメンバーの皆さん。
 つたない私の話を聞いていただいたすべての皆さん。
 大変お世話になりました。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010年04月17日 08時23分52秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: