つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2010年04月08日
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 こんにちは。伊東です。
 いつもは、新聞を買ってまでは読まない自分ですが、昨日の「木村拓也さん逝去」に関しては「ニッカン」「スポニチ」「報知」3紙を買って、じっくり見させていただきました。やはり、まだ逝くには早すぎる人です。
 その一方で、全スポーツ紙の一面、さらに各紙4~5ページ使って木村さんを悼む記事が出ていました。
 一方、今日の赤旗には、まだ35歳の仲間がなくなられていた一文が掲載されていました。一年に一、二度「まだ若すぎるだろう」という記事を見る事が出来ますが、今回もまた…。残念です。

 何で“死”が悲しいか。
 一つ簡単に言えば「二度と会えない別れ」だから。
 もっと言えば「その人と二度と“同じ道を歩けない”“新しい思い出を刻む事が出来ない”」事だと思うんです。

 私自身がこういうのに敏感になるのは…小学生の時ですか。
 はじめて“居場所”となった一年次に在籍していた小学校から、二年に昇格する時に本来通う小学校に戻る事になったんですね。居場所を作ってくれた人との別れほど、さみしく、悲しい事もない訳で。小1の時のそのクラスは、私も含めると4人が、その一年の内に転校していくというクラスとなってしまいました。しかも、自分以外の3人は、私と仲のよかった人だっただけに、なおさら『別れの辛さ』感じてしまったんですね。


 時々書いてきましたが、見かけるんですよ。
 所属団体の何が嫌いか分かりませんが「死んでしまう事=永遠の別れ」そのものすらも嘲笑の対象にする人、いるんですね。
 そういうのは無視すれば一番いいのでしょうが、どうにも我慢ならなくて。
 一番カチンときたのは、これから新しい人生歩むという2人が、共に事故でなくなったとき。
 『“上役の趣味で媚売った”やつらが、勝手に死んだだけだ。ザマあ見ろ。』
 その発言した人の前に立って、気のすむまでぶん殴ってやりたいと思いましたよ。
 多分返り討ちにあうのでしょうが。

 よく「死は人を美化しすぎる」などとも言われますが、何も美化するわけではない。一緒に生きてきた人と、新しい何かを築く事が出来ない、ただそれだけが悔しいのです。
 昨日の木村拓也さん、今日の“35歳の仲間”の逝去。
 ただ、ただ残念な思いです。





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最終更新日  2010年04月08日 17時43分33秒
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