つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2012年03月21日
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 一週間経過。
 IBCラジオが通常体制に。その最初の番組『ワイドステーション』のオープニングテーマが流れた時に“ほっ”とため息がでたが、ゆるくない状況は、まだまだ続いていた。こんな時に精神的に自爆して、体調悪化させて強制休養とらされたバカが北上市に実在していたわけで。申し訳ない思いをしながら日々を過ごしていた。

 日曜日。
 昼間頃に一本の電話が。ディスプレイを見たら野球仲間の名前が。
 ここで感動の…といけば“ドラマチック”のだろうが、実際はそんなのとは無縁の実務的な話。しかし、これで大船渡方面にも電話をかけられる事が分かり、この後何人か、つながった友人と話をすることができた。(この部分は後に書こうと思っている記事と重複するのでここでは割愛します)

 この間、自身の車のガソリンはとっくに尽きていて、兄の車で家事をこなし、党事務所への移動は徒歩か自転車で。時には兄の会社で使う灯油・軽油を確保するためにガソリンスタンドに並んだり。母の透析も今まで週3回だったのが2回になり、その分体調維持が大変だった。ま、それは自分も同じだったが。

 北上はじめ岩手県内陸部でも津浪被害者に対する救援活動を、と行動をし始めた人もいた。『自分達も“災害被害者”だが、同じ岩手県人として放っとけない』と。しかし一方では『自分達も岩手県人だが災害被害者でもある』というのも一つの事実。その狭間に立ち、行動するにも葛藤や躊躇が先立ち、その部分で大変だったのを思い出す。

 震災から2週間経った頃、兄からガソリンの整理券をもらい、ようやく自分の車にガソリンを入れることができた。この頃になると、各ガソリンスタンドとも対応策が成されていて、トラブルが起こることは少なくなってきた。大体3時間も並べばガソリンは入れられる状況に。

 党活動でもガソリン確保が効を奏し、ようやく活動の基礎になる会議を開催。この間あったことを話し合った。しばらく会っていなかったメンバーから、職場での燃料や食料の確保に腐心した様子が。ここでも思ったことは『人が集まる機会の大事さ』を改めて感じることができた。



 花粉症に対する対応こそ“例年”どおり難儀したものの、一度大きく崩した体調も戻り、3月後半になるとガソリンなど燃料もまわるようになり、沿岸部への通行規制も解除するなど状況の進展が見られるように。
 4月になり、給与などが入るようになった時に長く暖めていた思いを実行に移す時がきた。

 一日も早く行きたかった故郷・ 大船渡、高田。一日千秋の思いでこの日を待ちました。

 バカ呼ばわりされるのを承知で言わせていただければ
 『できる事は多くないが、心だけは救いに行ってくる!』
 と。まぁ、この考えがいかに間違っていたか-私独自の理由で-はおいおい書いていく事にして…次回は“北上かわら版”に寄稿した記事を基に4月の大船渡行きの様子を書かせていただきます。





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最終更新日  2012年03月21日 09時25分15秒
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