つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

全て | カテゴライズ未分離 | 雑記ボックス | 社会人野球・総合 | その他スポーツ | 政治について | 雑感・日記 | 私の事、色々と | 対論記事(別名:一人伊東) | 筆者からのお知らせ | マンガ・読み物から学ぶ | 共産党の選挙結果 | 『思いの強要』に向き合って | コメントへのお返事 記事 | プロジェクト-B | 大農・船東野球部+高校野球 | 野球一般 | “変態”を嘲う | ツイッター縫い合わせ。 | 社会人野球2014 | 社会人野球2013 | 社会人野球2012 | 社会人野球2011 | 社会人野球2010 | 社会人野球2009 | 社会人野球2008 | 社会人野球2007 | 社会人野球2006 | 社会人野球1994~2005 | 社会人野球・軟式 | 社会人野球2015 | 社会人野球2016 | 社会人野球2017
2012年12月01日
XML
ここしばらく「立候補する事そのもの」「共闘論」について話かたりをしてきましたが、いい加減それにばんかかずりあってられないので、以下の文を私なりのまとめとします。

 まず共闘ってなんなのか。その基になるのが「何やるか」っていう要求なんですね。それは第一の基礎に。その要求実現に対して様々な行動とります。そういう意味ならわりかしすぐにできるし、その運動が発展すれば協力の幅は広くできる。それは当然です。
 その結果として選挙協力に至ることも当然と考えます。
 それでも「何でも」というわけにはいかないのもそん通りで。

 私が今一部に広がっている「共闘論」に関して納得しない理由語ります。
 一つは「数だけ揃えて“相手より上回る”だけで要求は実現できるのか」って部分です。
 93年非自民非共産の細川内閣、3年前の民主中心の内閣、イタリアの「オリーブの木」どうでしたでしょうか?たしかに数は集めましたが、要求に対して戦う体制が成っていなかった。そこを保守・反動派に突かれてただ負けるだけでなく、運動に期待をかけた人の失望まで買ってしまったわけです。

 本当に戦いに勝とう思ったら何が必要か言えば、それぞれの要求に対して向き合う人で作る多数派の形成。これは「議会内の多数」を形成するばんでなく、確固とした形での地域に住む人達の多数派を形成する事が必要なのかと。ただ単に表面上の力だけじゃない、確固とした力が。
 ここまでの事を考えると、要求が多岐にわたり、それをまとめて思いを託すには、その準備も、やり方にも足りないものは多すぎて、このまま推移したら「今確立している」運動までも壊される危険があると考えて「この形式によるやり方には身を置かない」態度をとりました。


 09総選挙の期待を裏切る民主党政権の転落に3・11後の惨状。生きることすらままならない苛政に怒り覚える人が増え、抵抗の行動起こす人が増えました。取り組む方向性が一緒なら他の問題で合わなくても取り組もう-大きい所では反原連呼びかけの反原発行動が代表例ですが、他の課題でも同じような動きが始まりました。

 しかしそれはまだ発展途上。一つ一つの問題で誠実な取り組みを見せるのは当然です。ワンイシューなら「一致する一つの問題」だけで取り組めばいいのですが、政治は…残酷な話言えば「複数多岐にわたる取り組みをしていかなければならないもの」です。何を基本に据えるのかは各々の団体によりますが「他の問題はどうでもいい」という事ですまされないものがあります。

 それを考えると、国政に自己の運動と連動できる独自の力を持つことが必要ですし、それを他に託すとなればそれ相応の約束事が必要です。ましてそれまで信頼関係を醸成できてこなかった相手なら尚更、そういう取り組みが。
 そういう意味で今回の共闘の作り方はどうだったのでしょうか。協力を求める人は多くいましたが、それを実行に移した人の一部による稚拙な行動でぶっ壊された、というのが見ていての感想です。

 考え方も成り立ちも違う勢力が共同行動を起こす際にはそれなりの打ち合わせが必要ですが、行動した人の一部(以下『コウドウ者』)のやり方は「あんた一方的に降りろ」。酷いのになると仲間にその交渉行かせていてその横で罵詈雑言かます人もいました。交渉の態度としては最低です。
 さらに「コウドウ者」は散々共闘求めたい勢力への偏見を助長した後にその勢力に対して電話・ファクス・リプライで圧力かけろと明示。善意から来る意見も含めてかなりの“電凸的抗議”がいきました。これには他党支持者からも「こんなやり方で話聞くわけないだろ!」との意見が出されました。
 基本的に政党の責任として全選挙区で戦うスタンスをとる所が相手なら、それ相応の準備が必要なはずでしたが、それもせず寸前になって「目的の正しさ」のために、という圧力をかける。成功目指すならその両方備えた行動をすることが必要ではないでしょうか。沖縄1、2両区で共産党、社民党の候補者の立て方は、沖縄の抱えている問題をアメリカの圧力の下で踏み潰されないで解決する運動(ああ長い)の積み重ねが生んだもの。70年代参院選でも共産、社会で宮城、神奈川選挙区・全国区でのバーターがなされたときもありました。(名称は当時)
 私は、基本的な考え方が違いすぎ、資本至上主義とは違う道を探る勢力が弱くなっている今の状況で独自の力を失わせてはわんない思いを持ちますが、同時にそれでも一致する点で誠実に行動する事も必要なのも認識。この2つは両立する立場にいます。
 この問題をこれ以上引っ張り続ける事は、折角ここまで育った運動を壊す事、“内輪揉め”に気をとられて「今までは賛成派」「悩んでいる人」「無関心層」に働きかける時をなくす事の2つから言って賛成できません。もう行動の軸を「多くの人に声かけっぺ」と言い始めたのはそういう理由です。

 「原発停止」を邪魔するのは「危険性を無視し原発で儲けたい」という勢力。ならその力を削ぐ方に力を入れた方がいいのでないでしょうか。二大勢力言っても全盛期の半分もとれなくなった、その力は市井に生きる人の力です。その思いに恃む呼び掛けを、対話を進める事が達成への道話してこの項を終わります。
 連投補足。

 自分等が立たなければ問題を解決するための選択肢がない…てのも。一連の動きを見て「戦い続ける根源」に気付いて戴ければ、と願います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2016年11月29日 12時13分30秒
コメント(0) | コメントを書く
[『思いの強要』に向き合って] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: