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2012年12月31日
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カテゴリ: 私の事、色々と
 今年もわずかって所で。私の人生の軸と言えば「野球」と「政治活動」。その2つに関してのある一週間の経験を記事にしてみます。

 所属チームの赤崎野球クラブ。都市対抗での復活第一戦こそ大敗を食らいましたが、クラブ選手権では県4強。急遽出場を決めたクラブカップ大会では県予選を2位で通過すると、東北予選優勝し本大会進出。本大会でも小樽、茨城GGを破り、函館太洋に破れたものの準優勝で1年を終えました。

 私はといえば社会人野球17年目の今年もチームの庶務係をし、応援もしていました。
 都市対抗では自チームのみならず沿岸の高田、釜石に元所属チームの北上の応援をさせていただきました。(宮古、久慈は来年都市対抗で赤崎戦以外時に)これだけでも驚かれましたが話は続きが。
 地元岩手で行われる都市対抗二次予選大会。学校の後輩3人が所属していた江刺を応援したのは同じ岩手のチームだからと納得すると思いますが、福島硬友、須賀川の福島県勢の試合まで応援したのは…過去に対戦歴があるという以上の理由がありました。

 福島で何が起きたか。地震、津波以外にもう1つ、原発の事故。目に見えぬ放射能、それでいて被害は「絶対的」かつ「回避手段」なく襲ってきます。だどもどんぐらいが安全って事は、正直未知。諸説色々語られていている状況は、近くに住んでいる方にとっては「ゆるぐない」のではないか。

 暫し野球から離れるが勘弁を。
 5月に自然型エネルギーの普及が進んでいる葛巻町に若い友人数人と行ってきた。潜在能力の一端は見てきたが、一方で乗り越えなければならない課題も多くあることも思い知らされてきた。実行するとなりゃ国家的プロジェクトが必要だってくらいに。
 で、その帰り道。話は自然エネから福島の現地で生きている人に思いが行った。

 更に、被災者に対しての心無い差別の実態も。
 ここで若い友人たちで決めたことはただ1つ。
 「各々の実態に向き合いながらよりそっていこう」と。そして「くだんない差別からは守る」と。
 それは都市対抗二次予選一週間前の話でした。

 江刺の応援は決めていましたが、この時点で福島2チームに関しては未定でした。
 それを一気に実行に傾ける事象が私のツイッタータイムライン上で起きていました。

 一部の人による「過剰反応」そして「現地に止まっている人への罵倒」。怒り沸騰するまで2秒要りませんでした。
 キレた理由
 「たしかに放射能の怖さはあるし、健康守る取り組みも必要だ。その中の1つで避難、疎開もあっていい。
 だがなぁ、それを実行しない人に対しての罵倒はないだろうがよ!


 嫌なんですね。人の悩みに向き合えず「オレサマノイウコトキケ」で迫る輩は。
 そういう輩は各々の存在、あるいは行動の理由をないがしろにする。それはイコールしてその人の否定。自己の正しさのために無慈悲に存在を否定する。
 孤独にさせられる事は、辛い。そこからどこどうつながって行ったのか自分でもわからないが、出した結論としては「えらそうな事言って突き放す人がいんなら、逆に俺は側にいるよ!てめえらが突き放した分もな」という…福島硬友、須賀川両チームには申し訳ない話、それが出発点でした。
 無論、03年に始めて全国に行った際、東北の決勝を戦った福島硬友、08年にクラブカップ大会行きを争った須賀川。両チームとも福島の社会人野球を支えているライバルチーム。リスペクトを持って向き合うチームです。

 迎えた都市対抗二次予選。車の故障もあり移動に難儀しましたが、前年に会っている福島硬友の応援団とはすぐにコンタクトがとれ、須賀川も応援する事に応じていただきました。図々しく入っていった私を受け入れていただき、真にありがとうございました。

 大会3日目は平日となり、応援に来る人は減りましたが、第一試合で福島硬友を、第三試合で須賀川を応援。企業チームが相手で差をつけられましたが、必死に食らいつきました。
 大会方式が変わり(※)、流しゲームは許されなくなった状況の中足跡を残す戦いを見せてくれました。

※去年までは「3チームワンデーリーグ→1位は第一代表トーナメント、2位は第二敗者復活トーナメント」だったが、今年から「4チーム3日間リーグ→各組1位と2位チーム最上位の4チームのみが決勝トーナメント」に。

 応援した試合のリサルトです。左が応援したチーム。
赤崎ク 215 江刺
高田ク 2-4 花巻
釜石野 4-5 盛友
北上R 025 JR盛
福硬 7ー3 八戸
福硬 0-6 駒形
須ク 011 TDK
江刺 010 JR東
福硬 □10 日本製紙
須ク 018 JR東
 …計1勝9敗。
 残念ながら勝った試合は1つだけでしたが、復活一戦目の沿岸3チーム、元所属の北上、対戦歴のある福島両チーム。各々に厳しい試合を一生懸命戦った。応援という形で共にできたのは本当に貴重な一時でした。

 この行動が正しかったかどうか。その後の論段でも様々な意味で被害者に辛く当たる様子を目の当たりにしました。そういう面々から見れば私の行為はよくて「自己満(足)」わるけりゃ…何て言われるんでしょうね。総じて言えば「意味ない」と。
 ほんでも、何か気にかかり、傍にいて応援したいという思い-放っとかれる事の辛さを知るがゆえ-に、こういう行動をとらせていただきました。頑張る仲間を応援したい、ただそんだけの思いで突っ走ってきました。
 そんでも、多くの方がこの行動を(存在は)認めていただき、ご協力いただいた。試合が終わったばかりの福島硬友メンバーが須賀川の応援をしていただいたり、あるいは教え子の試合を見に来た方が「リーダー一人でお疲れ様」と家族ぐるみで応援に加わっていただいたり。
 そして、大会3日目が終わり、帰宅のためにバスを待っていたとき。地元に戻る須賀川の選手たちを見ました。手をふって、声をかけていただき…言葉の中に「ありがとう」の声が。


 ありがとう…か。
 それはむしろ、私が言いたかった。

 私はただ、一生懸命に生きる皆さんの傍にいただけ。

 自分を受け入れ、共闘していただき、熱い一時を共にした。
 これに勝る喜びはありません。

 こうして過ぎ去っていった6月の第一週。
 能力不足は承知で、そんでも懸命に生きようとする人の傍に居る事が自分の存在価値と思って、今年も一年歩いてきました。
 どうにも生きづらい社会になりそうな状況ですが、雰囲気に負け黙っちまう事が本当の“負け”につながってしまいます。事あるごとに言い続けている「あきらめ悪く」。これを忘れないで2013年も歩いていく事にします。
 今後ともよろしくお付き合いお願いします。





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最終更新日  2014年05月05日 01時10分23秒
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