つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2013年01月14日
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カテゴリ: 私の事、色々と
 お晩でございます。推敲している間に桑田真澄さんのお話が出ましたので、桑田さんと比べるとどうにも落ちる私の経験ですが、一つの経験談としてお読みいただければ幸いです。つっかえつっかえ作っていきます。

 私は社会人野球に加わって18年になります。同時に高校野球にも正式なコーチではありませんが現場レベルの責任で「OBの手伝い」として1994年~2003年までの10年間、大船渡農高のアドバイザーとして、その間約150人の野球部員と関わってきました。
 大農野球部は…はっきりいや当時の気仙6校の中で一番弱く、野球やるのは高校からという選手もいれば、中学時代補欠、あるいはレギュラーだったけど進路や成績などの事情でこの学校に回ってきて、必ずしも「模範的な高校球児」とは言えない面々の集まりでした。
 その一方で、目的を見いだせれば、重ねて悩んできた分爆発的な成長を見せる面々でもありました。自分もその成長力に驚く事も多々ありました。これを目の当たりにできるから学生野球の指導者はやめられないという気持ちはここからくるんです、はい。

 で、この10年間、自分で課していた方向性が一つありました。それは「暴力に頼らない」。“立派な考え”もってそうしたわけでもなく、ただ自分がやられたらやんたべな、というそれだけの考えでした。歳が近すぎたのもありましたし。甘い言われればそれまでですが。
 しかし、後付けの理由ですが、野球の実力では劣る自分が威張ってもたかが知れていますし、それよりは成長せんとする生徒のそばにいること(手伝い)をする事を考えました。
 「手はあげない」を心にしてはいましたが、思春期なりの悩み、あるいは人間なりの悩みもあり、そこから派生的にぶつかり合うことも多々ありました。ぶつかり合いはもは仕方ないからお互い思ったことぶつけ合うしかないですね。歳が近い分それが激しくなるのも仕方ないと。

 まあ、ゴキャゴキャ言い合えば感情のぶつかり合いになるから、マイナスの感情も出てきます。それを乗り越えたのは何だったか言えば「最終の決裂さえしなきゃどうにか」って事ですかね。日を置いて冷静になれば…あるいは第三者の助けを借りれば、保留含め解決持っていける。
 もちろん、心身ともに未熟な高校生。「おい、それは…」てな行動もありました。その時は「端から見て彼らがどういう状態か」をわからせる必要があります。ただし、そこに手を出す必要はありません。現実の指摘といずれ出るその結果を受け止めさせる事で十分。「手」は拗らせるだけです、と書いて、いったんこの項は閉じましょう。





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最終更新日  2013年01月22日 07時11分03秒
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