今晩は。
最近は夜になってから主だったツイートを始めるようになりました。いやはや、今日の岩手内陸部の天気は上下動激しいものがありました。晴れたかと思いきや雪、強風。一時また晴れたか思ったら雪がサー。いやはや参りました。残り数時間よろしくお願いします。
ツイッターのアイコンですが、再び人間体に戻していますね。真っ暗もいい加減飽きまして。イラストバージョンにしています。元々はのべつくまナシにかけられる「“一本化”強要」に対しての抗議であのアイコンにしていましたが何しても無駄なのは放っておくことにしますんで。疲れた、いい加減。
◆独自の立場をとると言うことは、プラスマイナス両面で多用な評価を受けるいうこと。
選挙協力ひとつとってもある方向からは「当選しなきゃ何も実現しない」からと協力を迫り、違う所からは「“既得権益”のお仲間」と暴走を成すための“間接協力”を迫られる。
政策の実現は当選しなきゃできない、と。まあ正解とド外れ両方ですね。
当選して立法府で力持てばその実現に大きな力になる。それは間違いありません。しかし一部を成すためにその勢力の根幹を破壊するようなやり方をとるなら“ド外れ”としか言い様ありませんね。その代表例は自社さ政権を作った社会党なのは言うまでもありませんが、他にも自民型政治からの脱却託されながら腰砕けになった民主党(生活の党に分裂した側も責任は逃れない)。
どっちにしたって「自民型政治」、言い替えれば「覇権・収奪主義からの脱却」を折ってくれた。
ここ10年、共産党に対して「選挙協力しろ」と迫る一定の勢力が居続けました。では彼らは共産党に…別な言い方すれば「協力を依頼する相手」の居場所は作るのでしょうか。
作りませんね。
彼らが一旦作った政権で社民党に対し何をした?これ書くだけでいいかと。
さんざん貢ぎ物をさせ(選挙、国会活動共の“片翼協力”)「お前らのやりたいこと少し叶えさせたんだから」と、その勢力が飲めない事を強要させる。そんなやり方に誰が乗れるか。世の中に併せ持つ清濁とは別物。付き合うてられません。
◆先日、ある意見でなるほろと思った人が、別意見ではゴリゴリの復古主義者だった、てなことがありました。いちいちそんなんでゲンナリ来るほどにはナイーブではないので「ああそうですか」で済ましましたが、それにしても、の「家制度の復活」とそれによる懸念解消図ろうとする人の多さを感じました。
母の入退院以来、そういう介護の問題は頭の中におくようになりまして。果たして介護保険だけでどんだけ賄えるやら。そうなるとあとは私がどうにかするしか。ただ、この状態を復古主義者の言うような「家族が頑張れ」主義だけで行動すると…この先はデリケートな部分になるので。「復古主義者」の言うような「家制度主義」で考えたら、私に自立の芽がなくなってしまうんです。
どこかの集落で家族を戸籍に「厄介」と記し、家政婦同然に扱った風習があったとききますが、イメージとしてはそれに近いものが頭に…。ここまで書くと「親不孝者が」とか言いたくなるでしょう。しかし一般的に考えてくださいよ。ずっとほぼ交代要員もなく一人が一つの仕事を四六時中する。心身共に欠陥持つ私がどこで壊れるかわからない。そのゆるくなさも分からずに「日本人なら親の介護は家族だけで」なんて語るな!
◆遅くの時間ですが起きています。何故かと言えばおねしょしたくないから。
俺も単純バカな一方で気難しい一面もありまして。昨日たまたま見かけた「市民派」の議員が、ずいぶん御大層な事を語ってくれまして。要は「アルミ缶などゴミを集めて出す奴等を免許制にしろ」と。これだけでは何言ってるかわかりませんね。
要はその議員様は何言いたいか言えば、そういう状態に陥らざるを得なかった人の蔑視だろ、としかとれなかった。「迷惑だ、平等性に反する、だから免許制にしてその枠からはみ出したら処罰だ」ってわけだろ。きれい事も行きすぎると吐き気するわ。
そこに見える目線ってのが「“汚ならしい”のは切り捨てる」しかねえんだよ。その状態にある人たちにどう生きる道作るか。それもナシに「迷惑だ失せろ」語るのは単なる排除でしかない。市民派語れば何でもプラス思うなよ。
“背骨のない市民派”は往々にして多数派におもねる。いい例見たわ。
思いは持っても“現場”知らないから、そこでつまづき起こすかもしれない。しかしな、未経験と不条理は全然違うんだよ!まあきれい事シミンハの現実見せつけられた事態でした。軽蔑の眼差し向けながら経緯を見守ろうと思います。
政治戦などに関しては月曜日の記事で触れることとします。 おやすみなさい。
6月11日・雑記BOX。 2017年06月11日
170303雑記ボックス。 2017年03月03日
退院したばかりの母のケア/エコエネのジ… 2016年11月14日