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2014年07月31日
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カテゴリ: 政治について
 今朝の朝日新聞に 菅原琢氏の「政権に関与してこそ護憲派」  。感想一言で言えば「きれい事ぬかすな」で片付けたい気持ちですが、さすがにそれじゃ乱暴なので、そう書いた理由を述べなきゃならないのでしょう。これまでの自分が知る限りの歴史と共に記します。

《護憲派変転の流れ》
・70年代⇒改憲派は自民党。しかし共産党、社民党はおろか公明党、民社党も革新勢力を意識していた。
・80年代⇒“社公合意”で共産党外しの常態化。“社公民路線”始まる。自民との馴れ合い。ただ根本的な立場で一線を。
・90年代前半⇒80年代からの“ミニ政党ブーム”も合わさり“日本新党ブーム”から新生、さきがけ等と“自民か非自民か”。これで政治の対立軸ぼやかされ、特に社民党に大打撃。一方“消滅を期待”された共産党は期待に応えず勢力維持。
・90年代半ばから⇒非自民8党連合政権は組まれ、後に新進党となったが「結局自民党と変わんねえじゃん」で、社民党の離脱もあり約3年で頓挫。ここで社民が自民党、さきがけと連立政権を組み存在意義を喪失。以降の分裂につながる。共産党がこの時期から伸長。
・90年代後半、00年代⇒98年参院選で共産党15議席に本格的に反撃に出た自民は創価学会や統一協会を利用し国民との離反策を講ずる一方で、「自民が倒れても大丈夫」なような二大政党を画策。表向き「自民の対抗勢力」装い、市井の運動家が集うも当初は無視に近い扱い。
・00年代半ばから⇒この間「非自民勢力」に吸合された勢力は存在価値をなくし、本格的に離脱する人も。独自に存在し続けた勢力(ぶっちゃけ共産党)も勢力維持が精一杯だが、00年代後半に市民に襲いかかった苛政は、自由主義的立場だった民主党の“転向”生むことに。


 こうして力を弱めさせられた護憲勢力。独自で力を伸ばそうとせず、時々の政局に安易に乗り、抵抗する足場をなくしていったのが、結果力を吸いとられ、いまの状態を生む現況に。「政権に関与してこそ護憲派」と題する記事が出ていたが、政治勢力としては力が弱まっている今現在でそういう態度をとれば、安易に壊される─そうでない言うなら公明党を見ろ─。ならばいま必要なのは“力をつけること”ではないか。
 政策実行の場となるのは政権につくだけでない。もちろんそれに就けるように力をつけることは必要。しかし“政権有りき”で立場折るような行動をしている余裕もない。これまで幾多の護憲あるいは革新政治を目指した勢力が安易な妥協をしては存在を失っていった。もうこれ以上は失えない。いま残っている護憲・革新勢力が“同じ轍”を踏んだら、その修復には何世代もの時間と犠牲が必要でしょう。確固とした立場同士での一致共同で新しい社会を作ることこそが必要。そういう意味でこれまでの歴史を見ていただければと思います。





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最終更新日  2014年08月01日 01時02分11秒コメント(0) | コメントを書く


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