つなげ“希”動力-袖番号96、伊東勉のページ楽天版(更新停止。書庫ログ)

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2015年04月23日
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カテゴリ: 雑感・日記
 今晩は。皆様いかがお過ごしでしたか。私は木曜の仕事→家帰って洗濯3ラウンド→3ラウンド殴られ続けたボクサーのようにグロッキーという状態です。本格的なツイートはもう少し遅くから。今日もよろしくお願いします。

―しばらく時間が経ちまして―

 所用も一区切りつきました。疲れたびーのビタミンB(←すみません死ねば治ります)。今日明日のテーマは決まっていますので以下に。
・今日→「9条」の持つ意味とそれを踏み越える戦争法案
・明日→伊東発SNS設立10年―「軸」の社会人野球と社会活動をし続ける理由1

 ほんで、今日のテーマ「“9条”の持つ意味とそれを踏み越える戦争法案」で書いて参りましょう。あまり期待はしないでください。所詮伊東勉(benitoh96)ですよ。

 いま、安倍政権とこれからの日本の行方を巡ってガリガリの闘いをしています。改憲派の中で原始的な方々は言います。

 「9条があればそれだけで戦争ならない国にできるのか(以下略)」

 これには2つ、語っていきましょうか。まず第一に、護憲派の運動者で「9条があれば~」とだけ考えている人はいませんよ。ま、言葉として「9条あるから」と語ったとしても、それだけで、とは考えられない。白鳥は水面下でバタバタ足動かす言いますが、9条が示しているのは『戦争を問題解決の手段に使わないことを大原則』にするいうこと。それを実行さすとしたらあちこちバタバタせなアカンですわな。



 くだらない不満そらしゲームがあれよあれよと戦争の火種を大きくする。焚き火の始末もできないガキか、と思います。戦争なったら消耗品にされる市民労働者は各々の国の首脳を「戦争起こさせない」で尻蹴ったぐる(実際にはしないでね)行動が必要と思います。で、「戦争立法」がなんでそこら辺踏み越えているか…というと、要は「日本が米軍と戦争できる」状態を作る、これに尽きます。今までもアメリカは日本を「自らの戦争体制」に組み込もうという企みは山ほどしてきました。アメリカも「9・11」代表に向こう傷負ってますからね。

 自己の国民に負荷をかけられないが、戦争したい思うバカ●●の、間違えた●●どもの言うことは聞かなアカン(軍需産業の強さ)、そしたら「使い勝手のいいところ」に人も金も国富も出させりゃいい…て要求(対日要望)から始まっている。そこに安倍氏ら日本会議派が乗った。戦争立法の危険性は多くの方が触れていますが、さらに加えれば、「日米が本格的に戦争できる共同体制」できてしまえば、数多くの傷を負ってようやく気づき始めた「帝国主義的な戦争の愚かさ」を忘れ、長い歴史かけて紡いできた「非戦法制の積み上げ」をぶっ壊す危険性もあります。

 書いてしまってから言うのも難ですが、法案そのものは自分でまだ消化しきれず、その部分の記述からは逃げました。ただ、アメリカのやり口、安倍政権のやり口を併せれば、今回の「戦争立法」が「日本を守るため」と額面通りにとれない…こういう考えに至ります。ボコやらISやら物騒な勢力がやたら出てきていますが、かつての東西冷戦に比べれば対抗の仕様もあるでしょうに。それに元々はアメリカ覇権主義の落とし物。ここら辺で冷戦時代から続いたやり方変えて、本当の意味での集団安全保障考えたらどうですか、と思ったりします。

 危険性は様々出されていますが、戦争に対する危険性を軽く見るな、てのを基本に置きます。戦争は加わったらその相手につくものは全部敵に回る。「当たり前」言われるでしょうが、敵になったのが簡単に仲戻れるとは思わないことです。戦争は殺したり殺されたりで、それだけでも大きい理不尽。「勝ち続ければいいだろ」なんてのは、理不尽を麻痺させる作用しか持たない。それでいて死なせたり、苦しみを強要させた人らは、戦争では死なない。理不尽語ればもっとあるけど、それは皆様の探求に任せます。

 今号では「9条が持つ“ストッパー”」「日本にこの法を通させたい意図」を―結果的に―主題にして書いてきました。200年程度前は「戦争は権利」。主体的にやったものでした。しかし今は大っぴらにできるものではなくなりましたね。進んできた面もあります。一方で、犠牲になる人の幅も大きくなってきた(総力戦への組み込み深化=非戦闘員の犠牲)り、「戦争と経済の癒着」も。安保防衛語って悦入るのは勝手ですが、国士様気取りで犠牲を要求する側には立たない。様々な浪費を生む戦争をなくしていく方策を編んで生む方向でいきます。

 はい、毎度おなじみヨレヨレになりながら記事完成にこぎ着けました。私の記事は叩き台以上の価値はないから、あとは読まれた皆様がどう考え行動するか。拙稿はその鍬になれば結構です。本文ではつなぎ方が見つからず入れなかったのひとつ。戦争の理不尽で、戦闘続けば殺したり殺されたりで憎しみが交差するでしょう。

 もうひとつ。

 戦争の片ついたら、その「憎しみ」を忘れさせられようとさせられる。

 理不尽に理不尽が乗るわけです。戦争が終わると、終戦処理ってやつですか。その後に引きずらないための処置がなされるわけじゃないですか。それまでの戦争であのやろう、殺してやる、潰してやる…と思わされた心情と痛み、それを押さえつけなければならない。やむ得ないこととはいえ、個々人の心には大きな負荷ですよ。

 ちなみにこの記述をした意味ですか。間違っても「憎しみ恨みに沿うなら戦争し続けろ」ではない。そんな苦しみ与えるなら端から戦争するな、てことです。ちなみに一連の文は完全オリジナルではなく、受け売りであることをお断りします。





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最終更新日  2016年02月02日 01時52分52秒
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