今晩は。昼間にも少々触れてきましたが、今日は労働組合の会議で盛岡に来ていました。今まで参加した会議の中では一番規模が大きいものーというのは後で気づいたーでした。体力消耗してしまったので盛岡である程度休んでから自宅に帰ります。しばしお付き合いよろしくお願いします。春闘間近ですし、労働者に影響の及ぶ悪政も打破していかないと、という状況。労働組合としてどうたたかっていくかが話し合われました。で、自分も発言の機会が与えられましたが…「地域における悪政打破への取り組み」「労働者の会話から出てきた労働組合の“命と健康を守る活動”の意義」をテーマに。
しかし、文言を詰めきれない内に(どう締めるかまとまらず)出番が来た挙句に、マイクは故障。どうにもちぐはぐなものにしてしまい、終わった後、長年の付き合いある先輩からアドバイスを受けることになりました。この部分は受け止めて今後に生かします。
そして…どうしても発言したかった一言がこちら。
『(労働組合に入って行動する基は)身近な働く人が傷つく思いをさせない、その周りの人にも辛い思いをさせない』
―そういう部分で、組合員の会話から出てきた労働者の健康と命を守る取り組みを取り上げ、先の文言を入れたのでした。とはいえ、よく考えれば基本中の基本でもあるんですね。それをわざわざあの場所でいうかと。自分が恥ずかしくなってきました。いや、はやです。ま、こういう形で討議に参加できたのでそれだけは良しとします。
労働戦線のたたかいの最前線の姿をいろいろと聞きまして。ただ、聞いてみると、しばらく前に行われた「改悪」が、時間を置いて「まだマシだ」状態にされている物事も(それだけ改悪のペースがすざましい)。やはり、その都度その都度労組が「これはどうなんだ」と声を上げ、おかしい物事の改善図っていくこと無しには労働者が守れない、と。また、悪政打破の取り組みでこれまでの枠にとどまらない共同が広がっている様子も紹介されていました。
後、ゲストの方からも「民主主義」に対して貴重なアドバイスを。
『多様にある物事・意見をひとつに決めるのが政治。「“友”か“敵”か」で判断していくと、自分のやりたいこと進めたい場合「敵をなくせばいい」という思考回路にある。昔は「(敵の)頭をはね(てなくしていっ)た」。いまも「頭数をそろえればいい」。民主主義はイコールして「多数決主義」ではない。それだと独裁を生むことになる。多くの情報を元に討議を経て、その元で練りこまれて(やっと民主主義が機能する)。昔は代表制民主主義が「毒だ」という意見もあった。「敵を排除」しがちな民主主義の危険性を理解する。
民主主義を機能させるには
「運動」で世間を動かし
「選挙」で世間の意思を示し、大きな意思で取り囲む
ことが必要』
―と述べました。市民有権者のできることをしっかとやっていくことが必要、なんですね。
最初にも書きましたが、この部門では一番規模の大きい会議に参加したので、その『重さ』というのをいまさらに知ってビビッていますが、それとは別に「引いている暇はない」というのも事実で。これ以上ね、労組が黙ったり、力弱めていったんじゃ、すべての働く人の立つ瀬すらなくなってしまいます。
いま、岩国、八王子、宜野湾…選挙結果、いくつか出ていたりしますが「好まない結果」が出たからいって「恨んだ」り、萎縮することはしないし、「敗戦という結果」出されたからって、自分の持っている疑問や問題意識を変えることはしません。目にし、耳にし、現実に起こっている問題がある限りは。
「代表制民主主義が持つ性格」を認識しつつ、「身近な働く人が傷つく思いをさせないし、その周りの人にも辛い思いをさせない」という思いを元にこの道でも歩き続けていくことを、改めて記すものです。今日の参加の機会を与えていただいた方に感謝申し上げ、この項を終わります。

どんなどぎつい状況だって
晴れ間は見えるものですよ。
あきらめ何ぞ…で歩いていこう!
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