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紫色の月光
後編
神鷹・カイトは虚ろな目で二人を見る。頭は少々ボーッとするが、身体は動く。問題は無いだろう。
「何故、動けるの? 出力は高レベルだったはず」
アウラが彼に浴びせた電撃は、普通ならすぐに立ち上がることも出来ないほどの苦痛を与える代物である。しかし、先ほどのエリック、アルイーターの両名を倒したときの時差を考えれば、彼は電撃を受けてすぐに起き上がり、隣のビルからこちらに向かってきたことになる。
「答えは、これだ」
すると、その問いに答えるように彼は懐から金属片を取り出す。「Ω(オメガ)」と刻まれた、コアである。
「ダチのコアが、お前の電撃を中和してくれたみたいだ。お守り代わりとして取っといたんだが、本当に守ってくれるとは思いもしなかったぜ」
不敵な笑みを浮かべつつも、二人から視線を離そうとはしないカイト。最初から彼に電撃は通用しなかったのだ。
しかし、痛みとなれば別である。コアが電撃を幾分か吸収してくれるからとは言え、電撃が流れてくる場所は彼の身体に他ならない。
(もう食らわないぞ。今度はこっちが目に物見せてやる)
今は二人に集中する。倒れているエリックとアルイーターには悪いが、今は構っている余裕が無い。
(一瞬の隙が命取りだ。……速攻で決める!)
直後、カイトがカノン、アウラ両名の視界の中から消えた。それはまるで、カイトという存在がこの空間から消え去ってしまったかのような光景だった。
「!」
だが、実際は違う。
彼は二人の視力では追いつかないほどのスピードで回りこんだだけなのだ。
それにいち早く気づいたカノンが迎撃体制に入るが、間に合わない。
「遅い!」
先ずはカノンの足を払い、その後素早くアウラの車椅子を狙うが、
「!」
背後の転んだ状態のカノンが紫電の長剣をそのままの体勢で無理矢理一閃。結果的には縄跳びのジャンプのような感覚でこれを避けるも、今度は二つの殺人ヨーヨーが迫る。
「ちいっ!」
残像が残るハイスピードの動きでヨーヨーの不規則な動きを完全に回避するカイト。最早相手の攻撃速度を上回る勢いである。
「そんな……! なんで一発も当たらないの!?」
カイトが幼少時代に恐れられた理由は此処にある。銃弾すら避ける神速のスピードで敵を翻弄し、必殺の一撃で確実に相手をしとめる。
つまり、彼が狙うのはこの二人の決定的な『隙』である。
(避けるだけじゃ、倒すことは出来ない! 見つけるんだ、致命傷を与えることが出来る『隙』を!)
最初のターゲットはアウラだ。彼女は車椅子生活のお陰で戦闘経験が0。カノンと比べるとやはり狙いやすい。
だがしかし、彼女には変幻自在に動くヨーヨーがある。そしてもう一方から襲い掛かるカノンをかわしながら隙を作らないとならない。
(世話の焼ける弟妹だ!)
カノンの紫電の長剣をかわし、その直後にやって来たヨーヨーをすんでのところで回避。そしてこの瞬間、彼の眼は捉えた。
(今だ! がら空きの懐に、穴あけてやる!)
一歩踏み込み、背後のカノンとの距離を離す。更に一歩で完全にカノンを置いてけぼり。一気にアウラとの距離を詰めてしまう。もうヨーヨーでも追いつかないこの速度は、最早人間のそれではない。
「!」
アウラの真正面にカイトが迫る。俊足の速さでやって来た彼の一撃は、確実にアウラを葬るための物だ。受けたら死は免れないだろう。彼の素手での一撃は最終兵器の一撃にも並ぶのだ。
(せめて、一撃で終わらせてやる!)
外道の行く末は何処までも外道だ。ならば、最後まで外道らしく、血反吐を吐きながら苦しみ、生き抜いてやろうじゃないか。
世間が何を言っても、もうそんな物はハゲタカになった瞬間に割り切っている。
この大切な妹を、二度と起き上がらないようにぶち殺す。そうだ。本能のままに生きる『ハゲタカ』ならば出来るはずだ。
(所詮、兵器は兵器でしかないのか!? 一度壊れたら使い物になりゃあしない!)
様々な思いがこめられた一撃。
彼女に対する思い出と、愛と、絆と、哀れみと、恨みと、こんな事になった訳のわからん事態に対する怒りを込めて、自分自身に言い聞かせる一撃だ。
「!?」
だが、カイトがアウラの身体を貫こうとした、正にその瞬間。
不意に、何処からか鈍器で頭をかち割られたかのような強烈な一撃が彼に襲い掛かる。
「な―――――――――に?」
ぐらり、と倒れこみ、そのまま屋上から足を踏み外す。
そのまま重力に逆らわずに落下していく彼は、近くを通行中の車の真上から叩きつけられてしまう。
一気にへこむ車の天井。頭から血を流して、ぴくりとも動かない状態になったカイト。
これを見た誰かが、思わず悲鳴を上げた。それを合図として、波紋のように次々と騒ぎが広まっていく。
そしてその光景を見て、満足そうな笑みを浮かべている男が一人。
「駄目じゃないか。人形は観客(俺)を満足させてくれなきゃあねぇ?」
まあ、それなりに楽しい『踊り』ではあった。しかし、満足するにはまだ足りない。
彼が満足する結果は、カイトではなく、エリックなのだ。故に、これ以上カイトが好き勝手するのは自分が許さない。
「お前の脳内に直接攻撃を叩き込むショックウェーブ。流石のお前も、不意のこの一撃には耐えられまい」
しかし、そうなると問題がある。
この舞台の幕を下ろすのは、自分の予定ではあくまでエリックだ。しかし、彼はカノンから受けたダメージで意識を失っている。
(もしもこのままお前がこの二人に殺されるなら、俺たちのターゲットはイシュになる。しかし、もしも此処でお前が勝てたら、イシュを倒す『鍵』になるだろうな)
だが、バルギルドはある事を確信していた。
カノンとアウラのコンビはエリックよりも強い。あのままカイトにやらせていたらどうなっていたかは判らないが、エリックの場合は全てにおいてカノンを下回っている。
(俺が強制的にあの二人のリミッターを解除したからな。以前までの二人ならまだしも、今のこの二人はエリックでは勝てない)
もしも勝てる要素があるとしたら、とバルギルドは一考する。
(それはやはり、実力とは関係ない『運』。もしくは『奇跡』かね)
そんな時だった。
「はーっはっはっは! 悪党達よ。この俺が来たからには、もう貴様らの好き勝手にはさせん!」
明らかに場の空気を読んでない能天気な声。
しかし、無駄に力強く、尚且つ無駄に目立つ声で叫んでいるその男は、もしかしたらエリックの勝つ為の要素である『運』の一つなのかもしれない。
その声が響いた瞬間、条件反射でエリックは飛び起きる。
身体のあちこちにダメージが残っているが、それでも動けないことは無い。
(待てよ)
動けないことは無いなんて事はないはずだ。あんな物騒な長剣をモロに受けたのだ。それで動けると言うことは、
(手加減してくれた………?)
しかし、彼が考える途中で、『あの男』の叫び声が全てを中断させる。エリックの思考も、カノンとアウラの行動も、アルイーターの気絶も、何もかも、だ。
「行くぞ! 疾風のようにいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
直後、どっからかノリの良い音楽が鳴り響いてくる。
それと同時、隣のビルの屋上からこちらを見下ろす形でポーズを取る男―――――ネルソン・サンダーソンが、無駄に気合が入った大声で吼えた。
「へえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいん!!」
無駄に喉の強さをアピール。
それと同時、ネルソンは両拳をがっちりとぶつけさせてから、再び叫ぶ。
「ぽりいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいす、めええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええんっ、ぱわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっど!!」
天地がひっくり返るかのような叫び声と共に、彼の身体が光に包み込まれ、場の視界を一瞬にして光で支配してしまう。要するに、変身する時の光が眩しすぎて目を開けてられないのだ。迷惑な事この上ない。
「…………!」
だが、カノンとアウラの動きを止めるのには十分すぎた。視界が封じられたことで、下手に動けなくさせているのである。
光が止んでいくと同時に、彼らは見た。
先ほどまでネルソンがいた場所に、青い装甲とマスクに身体を包まれ、しかも腹に『ラヴ&ピィス』と書かれている男がいるのを、だ。
(あれー? なんか前見たときと微妙に違うよ腹に書いてるのー!?)
思わずツッコミの衝動にかき立てられるエリック。しかし、つっこんでる場合じゃなかった。
今の状況は、はっきり言って最悪だ。
カノンとアウラは能力も然ることながら、全てにおいて常識を覆す『最終兵器』と化している。
それに対抗できるであろう、彼らの兄であるカイトは既に戦線離脱。自分とアルイーターは負傷しており、しかも場の空気を全く読まずに現れたネルソン(しかも戦闘モード)。
(混沌としてきやがった……!)
だが、考えようによってはチャンスかもしれない。
今のネルソンは変身することで全てがパワーアップしている。つまり、『人間最終兵器』だ。
そして考えても見ろ。そんな彼こそが、今のカノンとアウラにぶつけるのにもってこいではないか。
「さあかかってこい悪党達! ポリスマン・パワードが相手になってやる!」
しかし、ネルソンは思いっきり自分の世界に入り込んでいた。先ほどの『悪党達』にはどう考えてもエリックとアルイーターが含まれている。頼むから少しは空気を読んで欲しい。
「…………」
しかし、その存在をカノンは興味深げに見ている。首を傾げながら虚ろな瞳で見られるネルソンは、思わずこう言った。
「む、最初に来るのは貴様か! いいだろう、かかって来い!」
自信満々で手招きするポリスマン。
それを見て反応したカノンは、紫電の長剣を構え、疾走。真っ直ぐポリスマン向かって突撃する。
「む!?」
ポリスマンの武器は己の肉体だ。槍をも飛び越えるような紫電の長剣相手では、リーチが違いすぎる。
「甘いわぁ!」
誰もが直撃する、と思ったその瞬間。
ポリスマンは両手で紫電の長剣を挟み、防いだのである。俗に言う真剣白刃取りという奴だ。
「………!」
力を込めるカノン。その力の入れ具合は、彼の周囲に出現する電撃のオーラの大きさが物語っている。
だが、ポリスマンは動じない。装甲を通じて流れて来るであろう電撃にもまるで怯んじゃいなかった。
「食らえ!」
剣を手放し、素早く鉄拳をカノンの顔面に叩き込む。
屋上内の空気を伝って響く鈍い音と共にカノンは吹っ飛ばされ、長剣(正確にはナイフだが)を落としてしまう。
「この俺を甘く見たな。このポリスマンは夕日に照らされて気合MAX。バナナも食してエネルギーMAX。ついでに全国の働くお父さんも疲労MAX」
何が言いたいんだろうか。
兎に角、甘く見るな、と言いたいのだろう。多分。
しかしこれはチャンスだ。ポリスマンの拳を顔面に叩き込まれると言うことは、それだけの大ダメージを受ける、と言うことになる。
自由に動き回るカノンの方にダメージを与えることが出来ると言うのは、車椅子のアウラがいるこの戦いでは大きい。
「………っ!」
しかし、カノンはすぐに立ち上がり、再び戦闘態勢に入る。
「何!? あいつ警部のパンチをもろに食らって何とも無いのか!?」
思わずエリックが驚きの叫びを上げるが、
「いや、よく見ろ」
其処で気づいた。
カノンの鼻から垂れる血。その流れが急に収まり、顔面パンチの形跡を一瞬で消し去ってしまう。まるで壊れたダムが、一瞬で修復したかのような光景だった。
「再生能力……!」
そういえば、初めてニックに最終兵器を見せられたとき、ランスもサイズも、今の原形を留めれないほどにボロボロだった。
しかし、それは時間の経過と共に徐々に再生していき、最終的には新品の電化製品のようにピカピカになったのである。
「まさか、あいつ等は再生能力を?」
量産型の最終兵器を心臓としているのなら、レベル4に似た異常現象や再生能力も頷ける。
しかし、だとしたら最大にして致命的な問題がある。
(どうやって倒せってんだよ! そんな連中を!)
思わずカノンとアウラを睨むエリック。
だが次の瞬間、頭の中にカノンの声と思われる物が聞こえてきた。あの時、自分たちを殺してくれ、と頼んだ声だ。
(心臓を狙え)
心臓。
彼らの心臓は僅か握り拳サイズの金属片。しかも量産型とはいえ、最終兵器なのだ。とても狙って破壊できる代物とは思えない。
(頼む、やってくれ! ―――それが、ボクの最期の願いだ)
その瞬間、エリックは見た。
目の前にいる敵、カノンが、とても穏やかな表情で笑っているのだ。まるで全てを受け入れるかのような、とても優しい笑み。
「カノン、お前まさか……!」
意識があるのか。
そう尋ねようとした瞬間だった。
「危ない!」
横にいたアルイーターが飛び出し、アウラのヨーヨー攻撃を手袋の能力で受け止める。しかもその手を離そうとしない。がっちりと掴んだままの体勢で、じりじりと詰め寄っていく。
「妹の方は私に任せろ! お前はカノンを!」
言い終えると同時、アルイーターは疾走。人間離れしたその超スピードでアウラに迫る。
「!」
ヨーヨーをがっちりと掴まれた状態では、糸はもう邪魔でしかない。指にはめている糸を外し、掌をアルイーターに向ける。
それを見たアルイーターは、もう使用者とは繋がっていないヨーヨーを捨て、一気に手袋を前に突き出した状態で更に突撃。
それを見たアウラは、即座に掌から放電開始。アルイーター向けて巨大な稲妻を発射する。
「ふっ!」
だが、アルイーターは笑っていた。
何故か。
それは彼の手袋にあった。この手袋は相手の攻撃の『威力』を吸収し、それを相手に衝撃波として返す代物である。
しかし、今回のアウラの一撃はデカい。流石に手袋だけでは受けきれない大きさだ。吸収できたとしても、必ず吸収しきれない部分が溢れ、それがアルイーターを直撃するだろう。
しかし、彼の狙いは攻撃の吸収ではなかった。
狙いはただ一つ。車椅子への攻撃だ。
「受けてみろ! 君の、コンクリートすら砕く回転物の攻撃四回分の破壊力を!」
アルイーターの手袋は左右あわせて四回分の攻撃を吸収している。その威力を発射する向きはずばり、車椅子だ。
手袋から大砲のような馬鹿でかい轟音が響き渡り、アウラの真横にある地点を中心に衝撃波の渦が発生する。
「!?」
その近くにいるのは当然アウラである。
放たれた衝撃で、車椅子は一瞬で木っ端微塵。彼女は車椅子から吹っ飛ばされ、思いっきりコンクリートの屋上に叩きつけられる。
「あぐ……ぐ……!」
何とか起き上がろうとして力を入れようとするが、足が言うことを利かない。
これだから自分の足は嫌いだ。立ち上がりたいときに立てず、自分に惨めな思いをさせる。
もう壊れた車椅子なんていらない。立ち上がらない足すらいらない。
自分の言うことを聞かない、動かない足なんて、最初からない方がいいのだ。
幸い、目の前には兄が殴られた際に落としたナイフがある。
そうだ。
これさえあれば、こんな足とはおさらば出来るのだ。こんなもの無くなれば、手で這い蹲って兄を助けに行ける。力が無い自分でも、足の重さがなくなればどうとでもなるはずだ。
狂ったような笑みを浮かべながらアウラはナイフを掴み、自身の動かぬ足へと振り下ろす。―――はずだった。
しかし、振り下ろそうとするその力を、横から止める力が割って入ったのだ。
ネルソンことポリスマンが、彼女のか細い手をがっちりと掴み、ナイフを下ろすのを食い止めているのである。
「放せ! 何のつもりだ!? 兄さんを助けなきゃいけないんだ。放せ!」
すると、ポリスマンは静かに俯き、そして呟いた。
「その兄さんから頼まれたのだ。お前を、抑えててくれ、とな」
「何――――――――!?」
カノンを見てみる。
すると、彼は真っ直ぐエリックを見つめており、全てを受け入れるかのようにして両手を広げている。
「何故だ! 何故俺の思ったように動かない、カノン!」
バルギルドは全く予想だにしない展開を前に、驚きの表情を隠そうとしなかった。
彼ら兄妹の精神への攻撃は完璧だったはず。特にカノンの方はアウラの数倍のパワーでやっているのだ。壊れた心が戻るはずが無い。
「!!!!!!」
それと同時、気付いた。
先程、自分がぶっ飛ばしたはずのカイトの姿が何処にもないことに、だ。先程彼がぶつかった車を見てみると、其処にはもう、その姿は無い。
(まさか――――――!?)
バルギルドがある可能性を見出したその瞬間、後頭部に何か硬いものが突きつけられる。
そしてその直後に響く、ぞっ、とするほど背筋が悪くなりそうな小さな笑い。
「見つけた。プレイヤー」
振り返るまでも無い。この声は間違いなく、
「神鷹・カイト……! どうやって俺の位置を掴んだ?」
「簡単な事だ。カノンとアウラについていた妙な電波を辿ったのさ」
その言葉と同時、バルギルドは理解する。
「そうか、君のコアの能力も彼ら兄妹と同じ、電気関係か」
恐らく、最初から自分に狙いをつけていたのだろう。いや、もしかしたら気付いたのは車に叩きつけられた時かもしれない。
どちらにしろ、自分と言う存在に気付いた彼は、コアの再生能力で体力回復した後、自分を探し出して此処まで来たのだろう。
「プレイヤー。お前をこの場で殺せば、少なくともアウラは元に戻る」
カイトは銃口を後頭部から放さずに言う。
だが、バルギルドは笑いを堪えずに返答した。
「なら、『電波』の強さの時点で気付いているのだろう? 兄のカノンは、例え俺を殺したところで元には戻らないほど強力に精神を攻撃されている、と言うことが」
それはカノンの方がアウラよりも戦闘能力が高かったからだ。その方が、より一層殺人兵器としては向いている。
「……今は俺が電波ジャックでお前の電波をシャットダウンしている。だが、それも長くは続かないだろう」
だけど、と彼は続けた。
「俺は、カノンの決定に従う。……あいつの決めたやり方で、あいつを死なせてやりたい」
だが、そこで彼の話は終わらない。
次にやってきたのは疑問の言葉だ。
「だが何故だ。何故わざわざあの二人を狙った? 戦闘力を考えるなら、俺を狙えばよかったはずだ」
「まあ、最初はそのつもりだったよ。現に、あの二人と戦って、もし勝ったら君がああなる予定だったしね」
だけど、とバルギルドが続ける。
「ならどうしてあの兄妹相手には能力を使わなかった? 殺す気だったのに、手加減したってことはないよねぇ?」
「お前まさか……!」
気付いているのか。
カイトがそう思ったと同時、彼は再び喋りだす。
「量産型最終兵器、『コア』は元祖最終兵器と違って『エネルギー残量』が定められている。君はもう、コアのエネルギー残量が殆ど残っていない。今、こうしてカノンの意識を保つために行っている電波ジャックでさえ、君には相当な負担なはずだ。大した物だよ、本当に」
そんな使い物にならない兵器に、用はないがね。
彼が冷たく言い放つ一言を聞いた瞬間、カイトは思わず本音を叫んでいた。
ずっと思っていたけど、それでも言えなかった言葉だ。
「何故だ……何故、皆俺たちを放っておいてくれない!? 何故静かに過ごしてはならない!? 俺たちは、ただ静かに過ごしたいだけなのに……!」
決まってるだろ、とバルギルドは言う。
「それはお前たちが、『最終兵器(リーサルウェポン)』として生れたからだ。兵器としての本能がお前たちにある以上、誰もがお前たちを利用しようとし、誰もがお前たちを恐れ、誰もがお前たちを自由にはさせない」
そうだ、自分は知っている。
兵器としての本能。純粋な破壊。純粋な殺戮。
知りたくは無かったけど、知ってしまった。あの雨の日の荒んだ街、雷のフラッシュバックと共に。
「だけど、それでも俺は……残りの馬鹿な兄弟たちに、俺みたいになって欲しくない。あんな前例は俺だけで十分だ」
「ほう、だが手遅れだ」
見てみるといい。
既にカノンもアウラも兵器としての本能に目覚めた。ただ、それでも兄弟愛のような物は残っているようだが、それでも既に破壊をよしとする『兵器』であることには変わりない。
「……貴様は、誰だ?」
思わず、カイトは呟いた。
そもそもにして、何故この男はこんなにも最終兵器のことを知っている。自分たちの事も、何よりカノンたちを弄ったことも含めて、解せなかった。
「名前はバルギルド・Z。この戦いの目的は、あくまで俺たちの今後の活動方針を決定するに過ぎない」
「……今後の活動方針?」
そう、とバルギルドは呟く。
「もしもエリック・サーファイスが『力』に目覚めたなら、現状維持。もしも目覚めなかったら、イシュ側にちょっかいを入れるのさ」
エリックは槍を構えたまま、意識を集中する。
カノンとの距離はそんなに無い。だが、僅かでも狙いが狂えば、彼に大きな痛みを与えてから死なせることになってしまう。
「カノン、ちょっとの間とはいえ、俺たちはダチだ。せめてもの情け。一撃で決めてやる!」
エリックが言い終えると同時、カノンは笑った。それは口元に笑みを浮かばせてみる程度だったが、とても嬉しそうな笑みだった。
(ふ、ふふふ……! 最期なのに、嬉しいこと言ってくれるじゃないか)
カノンの身体が震えだす。もうカイトの能力が限界に来ており、もうすぐ『兵器』に戻ってしまうのだ。
(早く! 時間が無い!)
「おう!」
口から言葉は無いが、今ならわかる。
カノンは最期だけは『デスマスク』でも『量産型最終兵器』でもなく、『カノン・エルザハーグ』でいたいのだ。
(ランスを介して、あいつの気持ちが伝わってくる。俺に出来ることは一つ!)
せめて、カノンの望みのままに殺してやることだった。
「警部、此処は悪である俺にやらせてもらうぜ。こういう汚れ役は、悪がやるものなんだ」
ネルソンを一瞥すると、彼は怪盗シェルの仮面を装着し、精神を集中させる。
目を見開き、カノンを確認。
槍を構え、疾走する。穂先が向く先にあるのはカノンの胸部。狙いは心臓だ。
「いっくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
槍を心臓目掛けて突き出す、正にその瞬間。
「!?」
カノンが動き出した。
しかも今までのような笑みはなく、ただの兵器と成り下がっている、恐ろしく冷たい顔だった。
(此処に来て、戻りやがった!)
だが、ここでブレーキは利かない。いや、『利かせない』。
此処まで来たなら、中途半端で終わらせたくは無い。カノンも折角の覚悟が出来たのに、このタイミングで中断されたくは無いだろう。
「くそったれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」
カノンは目にも止まらぬスピードでエリックに襲い掛かり、必殺の一撃を放とうと紫電を溢れさせる。まるでカノンの身体全体を電撃の鎧が覆っているかのような光景だった。
「届け、届くんだランス! もうあいつをこれ以上苦しめたくない!」
カノンの本音を聞いた今、もう後戻りは出来ない。いや、『したくはない』のだ。
「あいつはずっと悩んで、ずっと苦しんで、ずっと泣いてたんだ! 自分が兵器だって知って、何をどうしたらいいか分んなくなっちまう!」
その時、彼がどれほどのショックを受けたのかは、エリックには想像もつかない。
だが、急に自分たちが異端の存在だと知った時、そのショックは天変地異のレベルでは済まなかったはずだ。
「せめて、楽にさせてやるだけの手伝いはさせてくれ」
ランスの矛先がカノン目掛けて突撃。パワーを矛先に集中させることでランスの破壊力を高めている状態で命中すれば、いかに心臓が頑丈な金属とはいえ、無事ではすまないだろう。
だが次の瞬間、超高速のスピードで迫るランスの一撃を、間一髪でカノンが避けた。
土壇場になってランスの脅威に感づいた彼の反射神経が可能にした荒業だった。かなり無理な姿勢でかわしたため、体勢を崩してしまう。
すぐさま体勢を整えると、カノンはエリックに襲い掛かるが、
「!?」
そこで疑問に思った。
先程、エリックはランスの攻撃を回避されたのを目で見ていたはずだ。では何故、彼は体勢を変えずに、何時までもそのままの姿勢で微動だにしないのだろうか。
「……なんだ、これ?」
エリックが呟くと同時、その場にいた全員が見た。
ランスの穂先が、空中に突然出現した『穴』の中に吸い込まれて完全にその姿を隠しているのを、だ。
しかも、穴の先が見えない。まるで別の何処かの場所へと消えてしまったかのように。
「――――――!!」
だが次の瞬間、カノンが突然口から血を吹き出し、倒れこむ。何の前触れもなく、突然。
それと同時、ランスを飲み込んでいた穴が消え去り、穂先の顔をエリックに見せる。ただ、それには『先程まで無かったはずの物』が『突き刺さった状態』だった。
(さっきカイトに見せてもらった金属片!? まさか――――)
そのまさか、である。
エリックの最終兵器、ランスは空間の穴を飛び越えて、直接カノンの心臓を貫いたのである。
「あれが、お前の言う力なのか?」
カノンの遺体に目をやってから、バルギルドに再び問う。
すると、返事は呆気ないほど簡単に返ってきた。
「そうだ。そもそもにして、邪神ドレッドの強大な力を封印できたのは、ランスの『心臓貫通』の一撃が決まったからこそ。完全に倒せなかったが、それでも封印するには十分なほどのダメージを与えたのだ」
「それを現代に蘇らせる為に、俺たちに目をつけたってわけか」
そして、その為にカノンが犠牲になった。『心臓貫通』の一撃と言うからには一撃でほぼ即死は免れない恐ろしい技だ。確かに犠牲がないと、この技は完成しない。
「戦いの中でこそ、成長がある。成長の中でこそ、この技は存在できる。違うか?」
「お喋りは終わりだ」
最早カイトにとってはどうでもいい話だった。
カノンが死んだ今、この男を野放しには出来ない。また何時、何処で自分たちを狙ってくるか分らない。彼にとって、とても辛抱なら無いことだった。
「今ココで、殺してやる!」
引き金を引く指に力がこもり、銃口から弾丸が放たれる、正にその瞬間。
バルギルドの口が開き、彼の動きをストップさせる。
「止めておけ。お前が死ぬことになるぞ」
とっさに銃口を下ろした、その直後。先程までカイトが銃を構えていた位置に、鋭い斬撃音と共に巨大な亀裂が入った。
もしも銃を下ろさなかったら、彼の腕が持っていかれただろう。何時の間にか真横に立っていた白髪の青年によって。
「兄貴はその程度じゃ死にはしねぇけどよぉ。普通黙って見ねーよなぁ」
白髪の青年、ソルドレイクはけらけら笑うと、兄貴、と呟く。
「もう満足だろうよ。行こうぜ」
「そうだな」
立ち上がり、涼しい顔でその場から立ち去ろうとするバルギルド。
彼は立ち去る手前、カイトの顔を見て言った。
「どうした? 殺さないのか?」
笑いながらバルギルドは言うが、カイトは硬直していた。
カイトは今、蛇に睨まれた蛙のように動けずにいたのである。
(なんだコイツは……本当にさっきまでの奴と同じ奴なのか!?)
まるで異質、まるで化け物、まるで悪魔、そして更に例えると言うのなら、
(そう、『神』! まるで慈悲なき強大な神のような恐ろしさを感じる!)
震えが止まらなかった。
あまりの恐怖を前に、足がすくみ、手が動かない。汗や吐き気も止まらなくなってくる。
絶対的な強さの方程式が、其処にはあった。
だが、バルギルドは気にも留めないように振り返ると、何事も無かったかのようにしてその場から立ち去っていった。
続く
次回予告
エリック「遂にイシュの大ボス、ウォルゲム・レイザムが最後の最終兵器を用意して動き出した! 目的は邪神復活のための生贄を揃える為の洗脳装置!」
アルイーター「この星とエルウィーラーの人間たちの危機を前に我々二人は休戦し、お互いの故郷と友人、家族の為にウォルゲムに戦いを挑む」
エリック「ところが、治療を終えたイシュの幹部二人、更にはイシュ製『ジーン』もやって来る。『心臓貫通』も上手くいかず、俺たちは絶体絶命に!? 畜生、こんな時に皆がいてくれたら……!」
アルイーター「次回、『人類最後の日』」
エリック「俺たちは、まだやりたいことが沢山ある!」
第三十三話へ
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