紫色の月光

紫色の月光

第九話「凶悪な殺人鬼」





「お、気が付いたか」

 カイトの視界はどんどん良好になると同時、いくつかの人影を確認できた。
 ガレッド、リオンヘクト、更にはフィティングのメンバーも何人かいる。

「何でまだ此処にいる!?」

 起き上がると同時、カイトは怒鳴った。その行為によって何人かはびくついたが、他の何人かが言い返した。

「よく言うぜ。好きなだけ暴れておいてな」

「エイジ……!」

「おいおい、一年ぶりに会う親友にその目つきは無いだろ」

「五月蝿い、大体お前とはJ2コロニーやJ3コロニーで会っているだろうが」

「あ、そういえば」

 やはりカイトは敵意満々だった。
 何せ、此処は連邦軍に属している戦艦の中にある医務室だ。つまり敵の中にいると言う事になる。
 そんな状態なのだからカイトが周囲に敵意を向けるのはある意味当然である。

「でもね、それなら何でJ2コロニーでの戦いの時に僕等を殺さなかったの?」

「それは……!」

 シデンの一言の前にカイトは何も答えられない。
 確かに、あの時はやろうと思えばアークブレイダーもソウルサーガも破壊できたはずだ。

 しかし、出来なかった。

「僕、知ってるんだよ。君は何時だって一人で悩んじゃう。どんなに辛い時でも自分がやらなきゃならない、って思ってる」

「……」

 悔しいが、図星だった。
 一年前のシャドウミラーとの戦いの時だって結局一人で行動していた時間の方が長かったからだ。

「僕達はそんなに頼りないかな? 何でそんなに自分で解決したがるの?」

「それは……!」

「分ってる。巻き込みたくなかったからだよね。少なくとも、僕達の正体が人型の兵器と言う事は絶対に知られたくなかった。―――――僕達が傷つくと思ったから」

 全く、この男には敵わない。
 思っていることをそのまま言われてしまったのだから。

「でもね、僕達にだって十分に知る権利があるんだよ。だって、僕達仲間なんだから」

 シデンの脳裏にある言葉が過ぎる。それはJ2コロニーでカイトが言った言葉であった。

 世の中はな、何でも知ることが出来たら良いってもんじゃ無いんだよ!

 確かにそれも一理ある。しかしそれでも、

「――――僕は、何も知らないのは嫌だな」

 シデンの笑みを見たカイトは思う。
 相変わらず、笑う奴だ、と。

「……それなら好きにすればいい。俺は帰るぞ」

「会わないで、いいのか?」

「何だが?」

 不意にゼンガーに言われた言葉に反応する。すると、それにはエイジが答えてくれた。

「アルフレッドとか言う奴の娘だよ。――――お前、その人から後の事を頼まれたんだろう?」

「スバルの奴……!」

 余計な事をペラペラと、とカイトは拳をわなわなと振るわせる。その光景を見たメンバーは思わず固唾を飲んでしまうのだが、これでは話が続かない。

「それで、どうするんだ?」

「俺達は貴方の決定に従いますよ」

 そこで口を開いたのはリオンヘクトとガレッドの二人だった。
 スバルとトリガーがいなくて、リオンヘクトがいると言う事はサイラスを倒したのは多分リオンヘクトなのだろう、と、この光景を見たカイトは思った。

「会わないよ。会ったって、なんて言えばいいんだよ。『アルフレッド様は既に亡くなっております』か? それとも今までのことを話せというのか? ジーンの決戦に首を突っ込んで、結局殺されたあの光景をもう一度俺に話せというのか!?」

「誰もそこまで言ってないだろう。少し落ちつけ」

 苛立った口調で言うカイトを、ゼンガーは宥める様に言う。

「……あの人には本当に感謝している。あの人がジーンを助け出そうなんて言わなかったら俺はこの場にはいなかった」

 それはこの場にいるリオンヘクトにガレッドにも同じことが言えた。

 アルフレッド・ノーザンフィールドはNS社の社長にして、資金の提供者、そして一人の研究者としてジーンの研究に協力していた過去がある。
 しかしジーンのプロトタイプであるカイトを見たと同時、この計画自体がドンドン恐ろしく感じられるようになった。

 簡単に言えば、ジーンに愛着を持ってしまったのである。
 自らが作り上げた彼らを、果たして大量殺戮兵器にしてしまって本当に良いのだろうか、と考えたのだ。
 兵器とはいえ30ものジーンは皆アルフレッド達ジーン研究者の子供なのだ。確かに普通の人間とは違うが、それでも人間らしい生き方を進んで欲しかったのだ。

 そんな時、同じくジーン研究者であるアサド・シンヨウとユウジ・カミトリがジーン全員と共に脱走した。

 その時、彼は思ったのだ。

 逃げ出したジーンを守るのは自分の役目だ、と。




 そしてそれから数年の月日が流れたある日。
 連邦から縁を切ったアルフレッドはある事件をテレビで見た。

 日本でたった六歳の少年が殺人鬼として活動している、というニュースである。ナイフ一本で何人もの人々を殺し、更には警官隊までも返り討ちにしてしまった少年はニュースでこう呼ばれた。

 『ハゲタカ』、と。

 ただの六歳の少年が大の大人を相手に、ましてや警官隊を全滅させられるはずがないと思ったアルフレッドはそのハゲタカがジーンであると考えた。

(このままではいけない!)

 アルフレッドはその日からジーンを保護するために色々と行動を取ってきた。
 兵器として作られた彼等ジーンに人並みの生活を送って欲しい、と言うのがアルフレッドの願いである。しかし今のハゲタカは正に大量殺戮兵器として本来の目的をこなし始めている。
 急がなければ、全てが手遅れになる。そんな予感がした。

 そんな中、時間だけが過ぎていった。

 ハゲタカはどういうわけか全く噂も聞かなくなっていった。どうやら彼は殺人鬼として動く事を止めたようだ。それはそれで喜ばしい事である。
 しかしハゲタカの噂を聞いてから既に10年以上も経過している。そんな中、ついに連邦軍が本格的に動き出した。ジーンを次々に捕まえては様々な実験を開始したのである。

 恐らくはジーン達の身体が完全に成長するのを待っていたのだろう。流石に十年以上も経てば自然と身体は出来てくる物である。

 ならばここからが彼の戦いになる。
 ジーンを救い出し、彼らに人並みの生活を与える。それがアルフレッドの願いなのだから。



 しかし、そんな彼はアンチジーンによって殺されてしまった。
 本当に、あっさりと。虫けらのように。

「……本当に、あっけなかった。一撃で骨を砕かれたんだぜ?」

 カイトは静かに話していた。自分たちに後を託して逝ったあの恩人を思い出しながら。

「そして、俺たちに後を任せて逝っちまった……そんなあの人の為に、俺に何が出来るのかな」

 不器用な彼には、用済みになったジーンを抹殺すべくやってくるアンチジーンを全滅させるくらいしか考え付かなかった。

「………話は終わりだ。帰るぞ、ガレッド」

 カイトは静かに起き上がると、ガレッドの手を握った。

「カイト、お前は後どれだけ戦うつもりだ!?」

 不意に、エイジから質問が来た。
 しかしそれに対する返答は帰ってこない。残っているのは先ほどまでカイトが座っていた医務室のベッドに残った彼の体温だけである。





 2ヵ月後。

 地球のNS社のヨーロッパ支社にカイトはいた。今回の連れはテレポートが出来るガレッドと、秘書であるエミリア。そして本人の強い希望もあってアクセルが同行してきていた。

「しかし、ダーインスレイヴとアシュセイヴァーまで持ってきますか……」

 デスクに向かって作業する臨時社長ことカイトの横にいる秘書のエミリアは半ば呆れたように言う。

「何時、何が起きるかわからないからな。……必要最低限のつもりで持ってきた」

「確かに、アンチジーンの残りの数が半数になったとはいえ、まだナンバー6、4、3、2、1と厄介なレベルのアンチジーンが残っています。彼らが何時、どのようにして動いてくるのかが問題です」

「それじゃあ……駄目だ」

「え?」

 突然、デスクの上で作業していたカイトが立ち上がる。彼はエミリアの方に振り向いて、

「動いてくるのを待ってたら、駄目だと思う。今度は俺が奴等をおびき出す番だ」

 その後、カイトはごめん、と静かに呟いた。それと同時、エミリアの腹部にカイトの鉄拳が炸裂する。
 衝撃で意識が朦朧とする彼女は、薄れ行く意識の中でカイトの声を聞いた。

「もし、俺が帰ってこなかったら後の事は頼む。ガレッドは眠らせて隣の部屋に縛り付けてあるから、時間が経ったら縄を解いてやってくれ」

 それはガレッドがテレポート能力を使えるから施したのだろう。
 つまり、これから彼は最後の決戦に臨むつもりなのだ。その覚悟に満ちた眼が静かに物語っている。それを見た後、エミリアは静かに床に倒れた。

「アクセル、聞いているな!?」

「は、はい!」

 その鋭い叫びに反応したアクセルは急いで隣の部屋からやってくる。

「いいか、俺が行動を開始したら絶対にガレッドを起こすな。テレポートされたら迷惑だ!」

「そんな……! 何で今更!」

 アクセルは訴えるように言う。

「そうだな、確かに今更だ。でもな、やっぱり俺はこういうやり方しか思いつかないんだよ。……つくづく俺は悪者だ。こんな形でしかあいつ等を連邦から守る事が出来ないんだから、な」

 そういうと、カイトは静かに歩を進めた。
 その後、彼が再び社長室のデスクの上に立つ事は無かった。





 それから一日もしない内に、地球全体に衝撃な出来事が起きた。

 それは新たな人材を引き入れたフィティング艦内のモニタにも強制的に移し出される。

 全てのモニタに突然映し出されたのは黒い人影であった。どうやら強力な電波ジャックを行ったようだ。
 黒い人影はゆっくりと口を開き始める。

『地球の皆さん、こんにちわ。先ずは皆さんがテレビをお楽しみの中、突然このような映像を映し出す事をお詫びしたい』

 それは機械的な声のため、男の声なのか女の声なのか全くわからないが、艦内の一部のメンバーはこの声の正体に感づき始めた。

『さて、私はこれより連邦軍にあるメッセージを送りたいと思います。その為に皆さんを巻き込むことをお許し願いたい』

 黒い影は一息つくと、ややあってから再び話を始める。どうやら映像を見ている人々にざわつく間を与えたようだ。変な所で律儀である。

『連邦軍諸君、聞こえているだろうか? 私が用のあるのは、10人の中の残り5人とその上にいる連邦軍幹部のみ! 至急、その5人を日本の富士山まで向かわせろ。全員片付けてやる!』

 10人の中の5人と言うのは間違いなくアンチジーンの残りのメンバーの事だ。つまりこの男は常識では考えられないが何と挑戦状を叩きつけているのである。
 しかしそんなの来なかったら何の意味ももたない。

『無論、君たちが来ない事を考えてちゃんと対策もある。先ず、この図を見てもらいたい』

 黒の影がぱちん、と指を鳴らすと同時、モニタに世界地図が映し出された。学校の地理の授業でも使われる普通の世界地図である。

『君達が待ち合わせの富士山までに来るまでの時間は後10時間。―――つまり午後の6時だ。もしもそれまでに来なかったら、この世界地図の中にある都市をランダムで次々と壊滅させていく!』

「何だと!? 何考えてやがるあの馬鹿野郎!」

 その恐るべき発言を聞いたエイジは思わず怒鳴った。しかしその声はやはりカイトには届かない。

『無論、私は本気だ。私の機体は一撃でコロニーすら消滅させる事が出来る。都市を壊滅させる事など造作も無い事だ。――――気に入らない奴は富士山に来て核ミサイルでも何でもぶち込んで来い。間違いなく早死にする事になるだろうがな』

 黒の影が得意げに言うと、彼は再び指を鳴らしてみせる。それと同時、世界地図は一瞬にして映像から消えた。

『では待ち合わせに呼ばれた5人の戦士達。自分でもわかっているはずだから、早めに来いよ。―――――でないと、いずれお前達も死んじゃうぜ?』

 その言葉を最後に、電波は正常に戻った。

「………これで終わりにする気だね。彼は」

 シデンが呟くように言うと同時、残りのタイムリミットが10時間を切った。





「あの馬鹿、何を考えている!」

 カイトの家ではテレビを見ていたエリオットが怒り狂っていた。彼は誰にも相談せずに今回の事を実行に移したのだ。

「幾らなんでも地球の人々の命を盾にするか!?」

「じょ、冗談……ですよ! 兄さんがそんな事をするはずが」

 スバル達は青ざめた顔でエリオットを見るが、彼は未だに怒ったままだ。

「いや、あいつは本気だ。――――時間通りに残りのアンチジーンが来なかったら、本当に地球上を目茶苦茶にするつもりだ!」

「そ、そんな……」

「ユイ、ガレッド達に連絡を入れろ! 大至急奴を止めに行くぞ!」

「は、はい!」

 普段からは想像も出来ないようなエリオットの叫びによってユイの混乱しきっていた頭は覚醒する。ガレッドがいればテレポートでカイトのダーインスレイヴの元までいけるはずだ。そうすれば彼を止めることが出来るかもしれない。

 しかし、無情にもその電話が向こうに繋がる事は無かった。



 ――――――約束の時刻まで残り5時間。



「………」

 カイトはダーインスレイヴの暗いコクピットの中で一人、敵が来るのを待っていた。この場所に自分がいると知ったのだから彼らは自分を殺す為に確実にやってくるはず、というのが彼の読みだ。

 しかし読みが外れてやって来なかった場合は、本当に都市を次々と壊滅させていくつもりだ。
 例えそれで何人もの人間が死んでしまおうとも構わない。既に大量に人を殺している自分が今更何を戸惑う必要があろうか。

 だが、これでもう二度とあの家に帰る事は出来ない。
 そしてこの戦いで、彼は死ぬ覚悟が出来ている。全てが終わった後、彼は死ぬつもりでいるのだ。

「……俺一人では地獄には行かない。貴様等全員道連れにしてやる!」

 彼は心の中で謝った。
 今を生きる家族に、友に、恩人に。
 死んでいった恩師に、友に、ライバル達に。そして父、アサドに。

(ごめんなさい、カイトはこれより修羅となります。もう二度と貴方達に会う事は無いでしょう。しかし、それでも俺はあいつ等には平和な暮らしを送ってもらいたい)

 カイトの脳裏には楽しく朝食をとる家族の姿があった。

 エリオットが、エミリアが、リオンヘクトが、トリガーが、ガレッドが、アキナが、スバルが、ユイが、アクセルが。そしてシデンにエイジ達もその中にいる。

 しかしそこに自分の姿は無い。
 何故なら自分はもうその中にいる資格が無いのだから。

(恐らくこれが最後の戦いでしょう。そして俺は――――ハゲタカの名と共に歴史の教科書に名を刻みましょう。凶悪な殺人鬼として)

 しかしその前にやることがある。
 目の前にやってくる一つの影。そこからやって来る三つの光を倒す事だ。

 それは約束の時間の3時間前の事だった。




第十話「生きる理由」

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