紫色の月光

紫色の月光

第一話「臨時社長と記憶喪失のHUM」





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 漆黒の雷雲に包まれたある屋敷の中には一人のマッドサイエンティストが暮らしている。昔は名の知れた研究者だったらしいが、今ではその狂気により学会から追放されたその男の名前を覚えている者はいない。

「ふ―――――はははははははは!」

 屋敷の近くに雷が落ちると同時、一人のマッドサイエンティストは笑い出す。
 その瞳は狂気の色の染まりきっており、とても人間とは思えない物だった。

「やった! やったぞ! ついに完成だ!」

 男は素早い手つきでキーボードを操作する。それと同時に目の前にある巨大なモニタに映し出されるのはこの屋敷の地下に存在している巨大なカプセルだ。
 人一人をまるごと飲み込めるそのカプセルのサイズからは静かで、しかし凶暴な鼓動が響いている。

「殺してしまえ、殺してしまうんだ、<キメラ>! この天才である私を見下したこのくだらない世界を殺してしまえ!」

 狂気に歪んだ男はカプセルを開放する作業を行う。 
 それと同時、一人のマッドサイエンティストが生み出した『怪物』が誕生した。


 ○



<地球 リヴァレス・ジェード社>

 この場所のある地にて、リヴァレス・ジェード社(通称R・J社)と呼ばれる大企業が存在している。
 その企業は<ヴァリス>と呼ばれる機動兵器の量産で有名なのだが、最近では<レーガ>と呼ばれるタイプも製造されていき、次第に支社まで出していくようになっていった。

 そんなR・J社の廊下に一人の男がいた。

 男の名前は神鷹・快斗。年齢は20歳の黒髪の青年である。黒いズボンにジージャンを羽織っているその姿はとても正社員の姿には見えない。
 それもそのはず。この男はR・J社の正社員ではない。正社員ではないが、R・J社の支社の一つ、月光支社から呼び出された『臨時社長』なのだ。何で臨時なのかと言うと、この男は本来社長の位置にいるはずの男に社長の仕事の大半を押し付けられているからである。

「…………」

 彼はある一室の扉の前で立ち止まると、こんこん、とノックをする。

「呼び出された神鷹だ。入るぞ」

 快斗は相手の返事も待たずに部屋の中に入る。何てずうずうしい奴だろう、それでも臨時社長か。

「……ノックしたのなら返事くらい待てよ」

 そしてその部屋――――社長室――――の主、ロディス・ジェードが快斗を半眼で見ながら言う。

「いるんだからいいだろう」

 しかし、それに対してこの男は面倒臭そうに応える。本社社長に対してのこの態度は本当に支社の臨時社長なのか疑わしくなる光景なのだが、それでもこの男は臨時社長なのだ。

「……お前は透視能力でも使えるのか?」

「使えるはずがないだろう」

「それもそうか」

 しかし、その社長本人は咎めはしない。何故ならこれが快斗と言う男だからだ。この男が敬語なんか使った日にはそれこそ世界が破滅する。

「それで、何のようだ。まさか雑談で『はい、ばいばい』なんてオチじゃねぇだろうな?」

「早速その話題で来るか。最初は雑談から入ろうかと思っていたんだが……」

 ロディスは少々デスクの上の書類の山と睨めっこをしてから、快斗を再び見る。

「実は一週間くらい前の話にさかのぼるんだが……生産されたヴァリスの一機に異常事態が発生してな」

「異常事態?」

「そう。簡単に言うならイレギュラーだろうな。まあ、暴れなかっただけ楽だったけど」

「暴れなかった? それならどうなったんだ?」

 快斗が疑問の声を上げると同時、後方の扉からノック音が聞こえてきた。
 その後に響いてくるのは透き通った女性の声である。

「あのー、呼ばれたから来たんですけどどうすれば……?」

 少々不安そうな声でその女性は扉越し状態でロディスに尋ねた。するとロディスは笑顔でこう答える。

「ああ、いいぞ。今丁度お前の話をしていた所だ」

 その言葉を来たと同時、快斗は驚愕の表情に一変した。
 丁度話していた話題と言えばヴァリスの話だったはずだ。と、言う事は今入ってこようとしている女性はまさか。

「では、失礼しま――――」

 女性が社長室に足を踏み入れると同時、何故か彼女は派手な音を立ててすっ転んだ。それこそ足元に段差があるわけでもないのに、だ。

「………もしかして、こいつそのヴァリスのHUMか?」

「そうだ。しかし……なんで転ぶんだろうな?」

 二人はこの奇怪な現象の前に突っ込む気力も無いようだ。
 すると涙目になりながらも女性は立ち上がる。

「痛ぁ……はっ!」

 すると、女性は何かに気付いて表情を一変させる。今度はなんなんだろうか、と思う快斗とロディスが見守る中、女性は感動に震えた声で言い放った。

「今のが『すっ転ぶ』と言う事なんですねぇ。感動です~」

 その一言を聞いた二人の社長は『ずだーん』と激しい音を立てながらその場に倒れた。ロディスに至っては椅子ごと倒れている。

「あれ? お二人ともどうかしたんですか?」

 きょとんとした目でこちらを見る女性。
 なんだろう。妙に調子を狂わされている。これが天然と言う奴なんだろう。

「………こいつぁ、確かに異常だ」

 快斗に言われるのも何だか心外だ。

「さ、さて。それとなく出鼻をくじかれたような気がしない事もないけど、お前にはコイツを引き取ってもらいたい」

「何だと!?」

 本社社長の一言に支社臨時社長はとっさに起き上がる。何となく押し付けられたような感じがするからだ。それも先ほどの光景を見た後だと特に。

「何故だ!? 何故あんな見るからに足手まといになりそうなのを引き取らなければならないのだ!?」

 快斗は力説する。それが本人に聞かれていると言う事をすっかり忘れているらしい。
 ただ、どうやら本人にも足手まといになると言う自覚はあるらしく、悲しいが何も言い返せていない。

「いや。お前も知っての通り、今は忙しいんだ。新型の開発もあるし」

「その言い分だとウチが暇みたいだろうが」

「実際暇だろう」

 その一言を聞いた快斗は今まで自分の支社でやっている事を脳内で確認してみる。
 先ず地下の穴掘り、畑仕事、釣り、事務所の仕事、エトセトラ、と。

 上げてみれば見るほど何だか本当に支社なのか疑わしくなってきた。

「………確かに、そちらと比べたら暇だな」

「よし、それじゃあ後は頼む」

 ロディスはそれだけ言うと逃げるようにして部屋から出て行った。どうやら本当に押し付けられたようだ。

「あ、それから暫らく外出するからそのつもりで」

 それはつまり返品は出来ませんよ、という事なんだろう。
 これを聞いた快斗は思わずがっくりと肩を落とすのであった。なんて事だろう。本社の社長と副社長が揃って留守の状態なのだから頼りに出来る奴がいない。

「あ、あのー……こんな者ですが、これからヨロシクお願いします!」

 そんな彼に追い討ちをかけるように金髪のロングヘアーで赤眼のHUMが行儀よくお辞儀をしてきた。その行為には『捨てないでくれ』と必死になっている様子が伺える。

「……で、お前、名前は?」

「え、ええと……リディアと名付けられては居ます。しかし、実は記憶喪失と言うものでして。何でも、元は何処かのプログラムの一つなんだそうですが、原因不明でこんなことになってしまったらしくて」

 これを聞いた快斗は思わず首を傾げる。
 記憶喪失のHUMなんて聞いたことが無い。一体リディアの元は何のプログラムだと言うのだろうか。と言うか、原因不明にしても程があると思う。これは幾らなんでも原因不明すぎるだろう。
 快斗が疑問に思っていると、リディアが彼の目の前にずいっと顔を寄せてきた。

「それで貴方に色んな所を連れて行ってもらって、記憶を取り戻せ、と言われているんですが……その前に是非とも行って欲しい所があるんです!」

「………何処だ?」

 力強く言ってくるリディアに対して快斗は半眼で言う。

「ええと……お腹が空いたので何処かレストランにでも足を運んでもらえないでしょうかー!!」

 快斗は溜息をついた。それは早くこの変なHUMから開放されたい、と言う純粋な溜息である。



 ○



<午後11時24分 ***街>

 夜の街の中を歩く影がある。闇夜の中に溶け込むような黒服を着用している彼の名はリオン。彼は自身の家とも言えるR・J社への帰り道の途中だ。
 しかし今は何となく外の空気を吸いたい、と言う事で散歩中なのだ。

「はぁ、すっかり遅くなったな」

 やはり散歩する時は朝かな、と彼が思った瞬間、突然背後から爆発音が響いた。
 彼が素早く振り向くと、閉店したデパートが激しく炎上している光景が目に映し出される。

「!」

 しかし彼の目は更に凄まじい光景を映し出す。
 炎上しているデパートの屋上に異形が立っているのだ。

 全長は大凡2m。まるで悪魔をイメージさせる黒い羽を背部から生やしており、顔はまるでSF映画にでも出てきそうなエイリアンともいえる歪んだ顔だった。

 その異形は自身に視線を送っているリオンの存在に気付いたのか、炎上していくデパートの屋上から一気にリオンの目の前へと跳躍する。

「な―――――!」

 突然こんな異形が現れたのにも驚きだが、更に驚きなのは自分の目の前に跳んできた事だ。まるで獅子のような牙を剥き、竜の様な爪を持つそれは確実にモンスターと言える。

「誰だ、お前!」

 相手に言葉が通じるかどうかも分らないが、それでもこのような相手なのだから聞かずにはいられない。

「―――――キメラ」

 すると、異形――――キメラは呟くようにリオンの言葉に応えた。
 しかしキメラはそのまま問答無用でリオンに襲い掛かる。その攻撃方法は他ならぬ拳だ。

「いきなりか!」

 リオンはこれを右に跳躍する事で回避する。かなり素早い動作で行われたそれにキメラは付いて行く事が出来ない。しかし跳躍し終えたと同時、先ほどまでリオンが居た位置にキメラの拳が炸裂した。
 轟音とともに訪れるのはコンクリートの破砕音である。

「!?」

 破壊されたコンクリートが霧のように散る中、キメラは再びリオンに襲い掛かる。
 しかもそのスピードは先ほどよりも数段上だ。

「くっ!」

 突き出された拳を上手く避けながらリオンは反撃の隙を伺う。

 隙が出来るごとにキメラの各胴体に拳を放つ。しかしその一撃一撃はキメラには蚊が刺した程度にしか効果がない。

(くそっ! まるで鎧だ!)

 幾らパンチやキックを放ってもけろっとしているんだから厄介だ。その硬さは正に鎧である。

「ぐおおおおおおおおおおおお!!」

 キメラが獣の如く咆哮を上げると同時、更にスピードを上げてリオンに襲い掛かってきた。

(速い!)

 先ほどまでとはまるで別人。
 リオンが驚異的に感じるそのスピードはそれこそロケットのように彼に襲い掛かる。

 キメラの拳が突き出される。
 先ほどまでは十分回避が可能だったスピードだったが、今は違う。

「が―――――!」

 リオンの腹部にキメラの強烈な拳が突き刺さる。そのダメージの反動で彼の身体は宙に浮くが、キメラはその隙を逃さない。
 次々と休むことなくリオンの身体に拳を叩き込んでいく。その攻撃スピードはまさにマシンガンだ。

「があああああああああああ!!」

 キメラはトドメとでも言わんばかりに全力の右ストレートをリオンの腹部に叩き込んだ。その激しい痛みを堪えるリオンだが、彼をあざ笑うかのようにキメラが彼の首を鷲掴みにする。このままへし折るつもりなのだろう。

「待て、キメラよ」

 しかしそこに待ったをかける声が出てきた。
 リオンは薄れていく意識の中、その声の主を見た。その場にいたのは一人の男である。外見年齢は大凡50歳前後と言った具合だろう。

「何でしょう、創造主」

「その男は中々に素晴らしい能力を誇っている。『寄生』しろ。そうすればお前は今よりも街中で動きやすいだろう。今までは姿の問題があったからな」

「了解」

 キメラが言うと同時、彼の胴体から無数の糸が生えてくる。それは一瞬にしてリオンに絡み付いていき、彼の抵抗を許さない。

「ぐ……!」

 しかし驚きの瞬間は此処からだった。
 キメラが一瞬にして紫色の光球に変化したのだ。もう先ほどの化物の姿なんて何処にも無い。
 その光球はゆっくりとリオンに絡まっている糸に繋がっていく。
 繋がった光球はそのまま何の抵抗もなくリオンの胸の中へと侵入していく。それと同時、彼に絡まりついていた糸が光の粉となって音もなく霧散した。

「ぐ……あ! あああああああああああああああああ!!」

 リオンの絶叫が木霊する。
 彼に襲い掛かってくるその感覚は例えて言うなら血液の逆流。世界の全てがひっくり返るかのような衝撃をそのまま体中で受けてしまった彼の意識は暗闇の中に支配されていく。

「新しい体の調子はどうだ?」

 男がリオンに問い掛ける。
 するとリオンは何事も無かったかのようにむくり、と立ち上がり、男に返答する。

「与えたダメージが残っていますが、問題はありません。すぐに治癒されるでしょう」

 リオンは――――キメラは静かにそう答えると、自身の新たな身体を眺める。
 特に問題は無い。足も普通に動かせるし、手も問題は無い。

「よし、それなら速い所移動するぞ。警察や軍隊にでも見つかったら厄介だからな」

「了解しました、創造主」

 そういうとキメラは自らの創造主を担いで闇の中へと消え去った。
 その場に残された物は、今は静かな戦いの跡地だけである。



第二話「美少女男」


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